そうして仕事を再開した俺だったが、まぁ当然というべきなのか、思いの外終わらない。
そもそもここの班は人が少ないし、この時期は特にスポーツニュースなんかもシーズン始まりということで積極的に放映されるため、相対的に各個人の仕事量も増えるというわけだ。傍迷惑な話である。
ちら、と時計を見やると、文字盤は22時を指していた。手帳を見て、デスクに積まれた残りのタスクを見て、それから今開いているタブを見て、これは終電逃すなと半ば確信する。
というか、このままでは局内で適当に一夜を明かすことになるのではないか。そんな最悪の想像をしてしまって、すっかり気落ちした様子で項垂れていると、ガラガラと隣の椅子のキャスターが引かれる音がした。
この間はちゃっかり定時で俺より先に帰ってたくせに、今更どういった風の吹き回しだろう。そんな俺の考えなどつゆ知らず、彼は隣のパソコンの電源をつけ始める。
優しいのか優しくないのか。無愛想な言い回しは相変わらずである。
伊勢崎は俺のデスクに乗っかっていた書類の約半分を手に取ると、そのまま自身が座っている席にそれらを乗っけた。
普段はこんなもんじゃないけど、と喉まで出かかった言葉は飲み込んだ。後輩の仕事のほとんどを肩代わりしてやっていることなど、言ったら言ったで先輩風を吹かせたがっているようでなんだか気恥ずかしいから。
伊勢崎はその言葉を聞いて、心なしか目を丸くしたあと、何かを言おうとして口を噤んだように見えた。そのままふいと視線をモニターの方に向け、黙々とキーボードを打ち始める。
『雄貴くん、ああ見えて結構優しいんですよ。なんだかんだ周りに気配ってるし、荷物とか持ってくれるし』
……ああ、今なら美武の言っていた意味もわかるかもしれない。なんだかんだ言いつつ、コイツは根が優しいやつなのだ。
俺もとっとと自分の分の仕事を終わらせよう。ぐっと伸びをして、改めてパソコンと向き合った。
パソコンを閉じ、思いっきり机に突っ伏す。後輩からの労いの言葉も耳に入らないぐらい、心も体もすっかり疲れ切っていた。
顔だけを壁の方に向けて時計を見れば、時刻は23時。幸い終電には間に合いそうだし、少しだが余裕もありそうだ。
なんだかんだ新入社員の歓迎会も出来ていなかったし、と付け加えつつ。果たしてコイツが誘いに乗るのかどうか訝しげに思っていたが、予想に反してあっさり首を縦に振ってみせた。
所変わって居酒屋。同じく残業終わりのリーマンたちで店内が和気藹々としている中。俺はといえばテーブルを挟んで伊勢崎と向かい合っていた。
まだ入店してそんなに経っていないはずなのに、どんどん積まれていく皿。ジョッキももう数杯空になっている。
仕事も手伝ってもらったし、今日ぐらいは多少良いものを頼まれても目を瞑ってやろうかとは思っていたけれど、いくらなんでも量で攻めてくるとは思っていなかった。
まぁ、それも伊勢崎らしいっちゃらしいか。そう思い直して、俺は僅かに口角を上げた。
はぁ、とひとつため息を吐いて、手元にあったジョッキを取り酒を流し込む。喉が灼けるのも気にせず、少しふわふわと意識が混濁していくのを感じながら微睡んでいた。
急にどうした、と言わんばかりのジト目をこちらに向けてくる彼を尻目に、俺は知らず知らずのうちに言葉をぽつりと溢していた。
伊勢崎は少し怪訝そうにこちらを見つめる。それもそうだ、唐突にこんなこと言われたって困惑するに決まってる。
俺、ちょっと酔ってんのかな。どこかぼんやりする頭の隅で、そんなことを考えていた。














編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!