第85話

相思相愛
3,913
2024/05/07 22:25



〃帰ろう?…グガ〃
〃うん、帰ろう。みんなで〃






🐻
「……ん、……」


頬を伝う涙の温かさで
テヒョンが眠りから覚めた。

何だかずいぶんと
長い夢を見ていた気がする。


消毒の独特な匂いと
規則正しく落ちる透明な点滴の粒。

🐻
「……病院?」



よく見ると
なかなかに広い部屋だ。

ホテルのスイートみたいに
豪華なドレープカーテンの向こう側に
月と星が光る美しい夜景が見えた。


🐻
「………夜……?」


頭がぼーっとして、
ついでに体が痛くて怠い。

だけど、身を置くこの空間が
静かで柔らかくて、とても温かい。

久し振りに味わうような
不思議な安心感。 


🐻
「あれ……、俺、何で……」
  

窓から光る月が
テヒョンを見ながら小さく笑った。


全く醒めなかった頭が
ゆっくりと動き始める。


目を擦りたくて
手を動かそうとすると

何故か、右手が動かない。



🐻
「………え……?」
 


目線を重い方にずらすと

テヒョンの右手を強く握りながら
ベッドの横で椅子に座って

うたた寝をする
ジョングクの姿があった。


🐻
――――グガ、、?



何がどうしてここに居るのか
テヒョンの頭は、まだわからない。


だけど。

側にいるジョングクの
コクリコクリと動く頭と

強く握ってくれる手の温もりに
テヒョンの心が暖かくなった。



愛おしそうに
ジョングクを見つめながら

握られたままの右手の指先で
テヒョンがジョングクの頬を撫でる。


🐻
「……え……」

よく見ると、
ジョングクの頬が濡れている。


🐻
――――涙?


少しだけ身体を横に向けると

ジョングクの腕にぐるぐると
包帯が巻かれている事に気が付いた。



🐻
「………あ……、」


――――――――ドクン。


そのジョングクの姿を見て
テヒョンの身体に寒気が走った。


唐突に、記憶の蓋が開く。


CMの撮影現場、
ガヤガヤとした人混み
静まり返った控え室のフロア
冷めた目で笑う、あの練習生。
音も無く砂の中に落ちていく秘密基地。




〃全て、ジョングクに見届けてもらいます〃



そして。



――🐰『誰も飛ばない。俺たちも、お前も』



意識を飛ばす直前に見た
床を滑る鋭いナイフの光。

🐻
「……あ…、え?……」



走馬灯のように蘇る、
ジョングクが走って来る姿。

ぼんやりと耳に残る
警察の車の様なサイレンの音。


🐻
「え?!グガ?!」


全てを思い出したテヒョンが
勢い良く身体を起こした。

ガタガタと震えが走る。

🐰
「うわ、」

うたた寝をしていたジョングクが
急に動いたテヒョンに
驚いて目を覚ました。


🐰
「え、ヒョン?起きた?」


思い出してしまった記憶に
震えながら言葉が出ないテヒョンと

それを不安そうに見つめるジョングク。




目と目が合わさった、
1秒後。

テヒョンの呼吸が強く乱れた。

🐻
「…は、…はぁ、」



🐰
「ヒョン?ヒョン大丈夫?」
🐻
「グガ?……怪我、それ、え?」
🐰
「ヒョン、」
🐻
「何で、俺、どうして、スマホ捨てたのに」
🐰
「ヒョン、落ち着いて」
🐻
「嫌だ、グガ、来ないで、置いていかないで」


朦朧とした頭に
鮮明な記憶が混ざって
テヒョンが混乱して取り乱す。






🐰
「ヒョン」




ジョングクが
テヒョンの身体を強く抱きしめた。




🐰
「どこにもいかないよ」




突然襲ったパニックに
テヒョンの荒くなった呼吸と鼓動。

抱きしめられても尚、
身体の震えが止まらない。

🐻
「……はぁ……はぁ……」


その全てを包み込む様に
ジョングクが優しく背中を撫でた。

🐰
「ここにいるよ、大丈夫」

愛しい人の優しい声。
いつもと変わらない温かな胸。

🐻
「……はぁ、……はぁ……」



2人の体に
隙間が見当たらない程に
強く抱きしめるジョングクの胸の中で

テヒョンが少しずつ
平静を取り戻していった。


🐰
「帰ってきたよ、みんなで」


聞こえるのは、お互いの心拍と

チクタクチクタク
優しく響く、時計の針の音。









そのまま
随分と長い時間、
  
ジョングクが
テヒョンの背中を撫で続けた。


🐻
「………グガ………」

――――――あったかい。



テヒョンの身体から
少しずつ震えが収まって

緊張が解けた腕が
ジョングクの背中を緩く抱きしめた。


🐰
「落ち着いた?」
🐻
「ん。……ごめん……」


抱き締めるジョングクの手が
テヒョンの髪をゆっくりと撫でる。

🐰
「無事で良かった」


広くて豪華な病院の個室で

月明かりに守られた2人が
お互いの無事を確かめ合った。


🐰
「どこも、苦しくない?」
🐻
「ん。……グガ、腕…怪我してる?」
🐰
「大丈夫だよ、ただのかすり傷」
🐻
「包帯、こんなにぐるぐるなのに?」
🐰
「そう。ぐるぐるだけど、かすり傷。」
🐻
「……うん」
🐰
「もう。大変だったのはヒョンの方だよ?どこも痛くない?」
🐻
「ん。頭がぼぼぼぼーーってするくらい」


ジョングクが
テヒョンの言い方にクスっと笑う。


救急車でこの病院に運ばれてから
なかなか目が醒めなかったテヒョンに
ジョングクがようやく安堵した。



🐰
「ぼぼぼぼーーーって、してる?」
🐻
「ん。ぼぼぼぼーーーってしてる。」
🐰
「いつもより?」
🐻
「ん。いつもより」
🐰
「ビックリしたら治るかな。」
🐻
「ん。ビックリしたら治ると思」





その瞬間。





ジョングクの唇が
テヒョンの唇に触れた。





🐻
――――え?



その柔らかくて温かい感覚に
ピクッとテヒョンの身体が跳ねた。


何が起こったか
よくわからないうちに
ジョングクの優しい唇が離れていく。


🐻
「……グガ……?」


目を開くと
テヒョンの顔の前に
最愛の人の優しい微笑みがあった。




🐰
「どう?治った?」




甘い目をして笑うジョングクに

今のキスが
〃愛〃という名前がつくものだと

―――テヒョンが悟った。






今度は喜びに
声を震わせながら。

テヒョンが
ひときわ甘い声で囁いた。


🐻
「治ってない」


そのまま、

今度はテヒョンが
ジョングクを引き寄せて
その唇に、甘くて優しいキスをする。






長い間〃片想い〃の部屋に居た
2人の心を挟む厚い壁に




ゆっくりと
〃両想い〃の扉が現れた。






―――カタン、と音が鳴って



2人の足元に
その扉を開ける〃鍵〃が落ちる。






🐰
「ヒョン」

唇を離したジョングクが
テヒョンの潤んだ瞳を見た。

その美しい眼差しに
導かれるかの如く

ジョングクが
〃愛という名前の糸〃で
テヒョンへと言葉を紡いだ。





🐰
「好きです」






ジョングクの澄んだ眼差しに
テヒョンがイタズラっぽく微笑む。


🐻
「それは、……あの日のしりとり?」


懐かしい練習生時代の
在りし日の愛しき思い出に
クスッと2人が笑い合った。

🐰
「うん、そう。あの日のしりとり。」

 
そう言って
もう一度ジョングクが
テヒョンを強く抱きしめた。





🐰
「あなたの事が、好きです。」


🐻
「だめ。やり直し。」


テヒョンが
ジョングクの肩に顔を置いて
その背中をきゅっと抱きしめる。

🐰
「え、やり直し?」
🐻
「ん。グガ?名前…、名前で呼んで」
🐰 
「……え?」
🐻
「ヒョンじゃなくて。もう一度。名前で。」



テヒョンが自分に何を伝えたいか
わかってしまったジョングクが

その瞳に
澄んだ色の涙を浮かべた。

 
ひとつ瞬きをして、
その涙がジョングクの頬を伝う。





🐰
「好きです。テヒョン……ア?」







🐰
「10、9、」


カウントするごとに
ジョングクの瞳から
ポタポタと涙が落ちた。


🐰
「8、7、」





🐻
「6、5、」

テヒョンの瞳からも
涙が溢れて止まらない。






🐰
「4、」


🐰
「3、」



ゆっくりと

2人を迎えに来た
〃両想いの扉〃が開いていく。




🐻
「2、」








いち。








時が、
止まった。




🐻
「あいしてるよ、グガ」






ついに交わった
あの幼き日の愛しい言葉遊びに

2人の純真な涙が合わさって
お互いの心を甘く濡らした。


🐰
「俺も。」

〃愛してる〃を
先に言われたジョングクが、
ゆっくりとテヒョンの肩を押す。

そのまま
柔らかいベッドに寝かせて
テヒョンを上から組み敷いた。


🐰
「俺も、愛してる。」
🐻
「……ほんとに?」
🐰
「うん。本当に。」



―――――――心から。
あなたの事を、愛してるよ。




そのまま、
上から再びジョングクが
テヒョンの唇を追いかける。



こんな日が来るなんて
思っても見なかった。





月が見守る
優しい時間の中で

兎にも角にも、幸せな2人が


もう二度と終わりの来ない
深くて甘い、キスを交わした。








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