〃帰ろう?…グガ〃
〃うん、帰ろう。みんなで〃
🐻
「……ん、……」
頬を伝う涙の温かさで
テヒョンが眠りから覚めた。
何だかずいぶんと
長い夢を見ていた気がする。
消毒の独特な匂いと
規則正しく落ちる透明な点滴の粒。
🐻
「……病院?」
よく見ると
なかなかに広い部屋だ。
ホテルのスイートみたいに
豪華なドレープカーテンの向こう側に
月と星が光る美しい夜景が見えた。
🐻
「………夜……?」
頭がぼーっとして、
ついでに体が痛くて怠い。
だけど、身を置くこの空間が
静かで柔らかくて、とても温かい。
久し振りに味わうような
不思議な安心感。
🐻
「あれ……、俺、何で……」
窓から光る月が
テヒョンを見ながら小さく笑った。
全く醒めなかった頭が
ゆっくりと動き始める。
目を擦りたくて
手を動かそうとすると
何故か、右手が動かない。
🐻
「………え……?」
目線を重い方にずらすと
テヒョンの右手を強く握りながら
ベッドの横で椅子に座って
うたた寝をする
ジョングクの姿があった。
🐻
――――グガ、、?
何がどうしてここに居るのか
テヒョンの頭は、まだわからない。
だけど。
側にいるジョングクの
コクリコクリと動く頭と
強く握ってくれる手の温もりに
テヒョンの心が暖かくなった。
愛おしそうに
ジョングクを見つめながら
握られたままの右手の指先で
テヒョンがジョングクの頬を撫でる。
🐻
「……え……」
よく見ると、
ジョングクの頬が濡れている。
🐻
――――涙?
少しだけ身体を横に向けると
ジョングクの腕にぐるぐると
包帯が巻かれている事に気が付いた。
🐻
「………あ……、」
――――――――ドクン。
そのジョングクの姿を見て
テヒョンの身体に寒気が走った。
唐突に、記憶の蓋が開く。
CMの撮影現場、
ガヤガヤとした人混み
静まり返った控え室のフロア
冷めた目で笑う、あの練習生。
音も無く砂の中に落ちていく秘密基地。
〃全て、ジョングクに見届けてもらいます〃
そして。
――🐰『誰も飛ばない。俺たちも、お前も』
意識を飛ばす直前に見た
床を滑る鋭いナイフの光。
🐻
「……あ…、え?……」
走馬灯のように蘇る、
ジョングクが走って来る姿。
ぼんやりと耳に残る
警察の車の様なサイレンの音。
🐻
「え?!グガ?!」
全てを思い出したテヒョンが
勢い良く身体を起こした。
ガタガタと震えが走る。
🐰
「うわ、」
うたた寝をしていたジョングクが
急に動いたテヒョンに
驚いて目を覚ました。
🐰
「え、ヒョン?起きた?」
思い出してしまった記憶に
震えながら言葉が出ないテヒョンと
それを不安そうに見つめるジョングク。
目と目が合わさった、
1秒後。
テヒョンの呼吸が強く乱れた。
🐻
「…は、…はぁ、」
🐰
「ヒョン?ヒョン大丈夫?」
🐻
「グガ?……怪我、それ、え?」
🐰
「ヒョン、」
🐻
「何で、俺、どうして、スマホ捨てたのに」
🐰
「ヒョン、落ち着いて」
🐻
「嫌だ、グガ、来ないで、置いていかないで」
朦朧とした頭に
鮮明な記憶が混ざって
テヒョンが混乱して取り乱す。
🐰
「ヒョン」
ジョングクが
テヒョンの身体を強く抱きしめた。
🐰
「どこにもいかないよ」
突然襲ったパニックに
テヒョンの荒くなった呼吸と鼓動。
抱きしめられても尚、
身体の震えが止まらない。
🐻
「……はぁ……はぁ……」
その全てを包み込む様に
ジョングクが優しく背中を撫でた。
🐰
「ここにいるよ、大丈夫」
愛しい人の優しい声。
いつもと変わらない温かな胸。
🐻
「……はぁ、……はぁ……」
2人の体に
隙間が見当たらない程に
強く抱きしめるジョングクの胸の中で
テヒョンが少しずつ
平静を取り戻していった。
🐰
「帰ってきたよ、みんなで」
聞こえるのは、お互いの心拍と
チクタクチクタク
優しく響く、時計の針の音。
そのまま
随分と長い時間、
ジョングクが
テヒョンの背中を撫で続けた。
🐻
「………グガ………」
――――――あったかい。
テヒョンの身体から
少しずつ震えが収まって
緊張が解けた腕が
ジョングクの背中を緩く抱きしめた。
🐰
「落ち着いた?」
🐻
「ん。……ごめん……」
抱き締めるジョングクの手が
テヒョンの髪をゆっくりと撫でる。
🐰
「無事で良かった」
広くて豪華な病院の個室で
月明かりに守られた2人が
お互いの無事を確かめ合った。
🐰
「どこも、苦しくない?」
🐻
「ん。……グガ、腕…怪我してる?」
🐰
「大丈夫だよ、ただのかすり傷」
🐻
「包帯、こんなにぐるぐるなのに?」
🐰
「そう。ぐるぐるだけど、かすり傷。」
🐻
「……うん」
🐰
「もう。大変だったのはヒョンの方だよ?どこも痛くない?」
🐻
「ん。頭がぼぼぼぼーーってするくらい」
ジョングクが
テヒョンの言い方にクスっと笑う。
救急車でこの病院に運ばれてから
なかなか目が醒めなかったテヒョンに
ジョングクがようやく安堵した。
🐰
「ぼぼぼぼーーーって、してる?」
🐻
「ん。ぼぼぼぼーーーってしてる。」
🐰
「いつもより?」
🐻
「ん。いつもより」
🐰
「ビックリしたら治るかな。」
🐻
「ん。ビックリしたら治ると思」
その瞬間。
ジョングクの唇が
テヒョンの唇に触れた。
🐻
――――え?
その柔らかくて温かい感覚に
ピクッとテヒョンの身体が跳ねた。
何が起こったか
よくわからないうちに
ジョングクの優しい唇が離れていく。
🐻
「……グガ……?」
目を開くと
テヒョンの顔の前に
最愛の人の優しい微笑みがあった。
🐰
「どう?治った?」
甘い目をして笑うジョングクに
今のキスが
〃愛〃という名前がつくものだと
―――テヒョンが悟った。
今度は喜びに
声を震わせながら。
テヒョンが
ひときわ甘い声で囁いた。
🐻
「治ってない」
そのまま、
今度はテヒョンが
ジョングクを引き寄せて
その唇に、甘くて優しいキスをする。
長い間〃片想い〃の部屋に居た
2人の心を挟む厚い壁に
ゆっくりと
〃両想い〃の扉が現れた。
―――カタン、と音が鳴って
2人の足元に
その扉を開ける〃鍵〃が落ちる。
🐰
「ヒョン」
唇を離したジョングクが
テヒョンの潤んだ瞳を見た。
その美しい眼差しに
導かれるかの如く
ジョングクが
〃愛という名前の糸〃で
テヒョンへと言葉を紡いだ。
🐰
「好きです」
ジョングクの澄んだ眼差しに
テヒョンがイタズラっぽく微笑む。
🐻
「それは、……あの日のしりとり?」
懐かしい練習生時代の
在りし日の愛しき思い出に
クスッと2人が笑い合った。
🐰
「うん、そう。あの日のしりとり。」
そう言って
もう一度ジョングクが
テヒョンを強く抱きしめた。
🐰
「あなたの事が、好きです。」
🐻
「だめ。やり直し。」
テヒョンが
ジョングクの肩に顔を置いて
その背中をきゅっと抱きしめる。
🐰
「え、やり直し?」
🐻
「ん。グガ?名前…、名前で呼んで」
🐰
「……え?」
🐻
「ヒョンじゃなくて。もう一度。名前で。」
テヒョンが自分に何を伝えたいか
わかってしまったジョングクが
その瞳に
澄んだ色の涙を浮かべた。
ひとつ瞬きをして、
その涙がジョングクの頬を伝う。
🐰
「好きです。テヒョン……ア?」
🐰
「10、9、」
カウントするごとに
ジョングクの瞳から
ポタポタと涙が落ちた。
🐰
「8、7、」
🐻
「6、5、」
テヒョンの瞳からも
涙が溢れて止まらない。
🐰
「4、」
🐰
「3、」
ゆっくりと
2人を迎えに来た
〃両想いの扉〃が開いていく。
🐻
「2、」
いち。
時が、
止まった。
🐻
「あいしてるよ、グガ」
ついに交わった
あの幼き日の愛しい言葉遊びに
2人の純真な涙が合わさって
お互いの心を甘く濡らした。
🐰
「俺も。」
〃愛してる〃を
先に言われたジョングクが、
ゆっくりとテヒョンの肩を押す。
そのまま
柔らかいベッドに寝かせて
テヒョンを上から組み敷いた。
🐰
「俺も、愛してる。」
🐻
「……ほんとに?」
🐰
「うん。本当に。」
―――――――心から。
あなたの事を、愛してるよ。
そのまま、
上から再びジョングクが
テヒョンの唇を追いかける。
こんな日が来るなんて
思っても見なかった。
月が見守る
優しい時間の中で
兎にも角にも、幸せな2人が
もう二度と終わりの来ない
深くて甘い、キスを交わした。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!