第9話

#8
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2024/12/21 10:00 更新
「____ってことだから、お昼過ぎに病院に行くよ。」
「はーい。」
お父さんのことは、前おばあちゃんからほんの少し聞いただけ。一向にぼやけたままの姿のお父さん。
記憶障害で入院。
記憶がどこからの記憶なのか、それは毎日コロコロと変わっていくらしい。
お姉ちゃんの名前すら、覚えてない時もあるのだとか
お姉ちゃんが産まれた頃の記憶の時、はたまたそれ以前の記憶の時、お父さんが売れていた頃の記憶の時…
お姉ちゃんは、お父さんにどこまで覚えているのかを毎回聞いて、それに合わせて会話をしているらしい





時刻が12時を回った頃、軽くお昼を食べて、大きめのバッグにお父さんの着替えを詰め込んだ私達は、病院へ向かった
まふゆさんは今日はお勉強。
看護師さんに案内された病室に入ると、4つのベッドがあった。
その1番左奥。上半身を起こして、窓越しの晴天をただただ眺めている男性が目に入った
「…あなたの下の名前、あの人がお父さんだよ。」
「…あの人が……」
お父さんがいるベッドのそばの丸椅子に向かうお姉ちゃん。
腕を軽く引かれ、私も向かう。

「…お父さん、おはよう」
「………えぇと、あなたは…?」
「………奏」
「…奏…さん、ですか」
「なんだか懐かしいような気がします。前どこかでお会いしましたか…?」

今日は、お姉ちゃんのことを忘れているみたいだ。
「…そうかもしれませんね。」
必死に堪えて、堪えて、喉から無理やり声をひり出しているような声。
お姉ちゃんの険しいような、寂しいような横顔。
「…あ、紹介しますね。私の妹のあなたの下の名前です。」
「あ…宵崎あなたの下の名前です。はじめまして」
「妹さん…どうも」
「……そうだ、今日は妻の誕生日なんですよ。」
「この姿のままじゃ、お祝いなんて出来ないけれど…」
寂しさを逃がすように、手を組んでは緩めてを繰り返す。
「奥さんは、どんな人なんですか?」
これは私が知りたかったこと。
お父さんよりかは記憶にあるけれど、まだまだ分からないままだった。
「妻は……妻は、とても優しい人です。生まれつき体が弱いのにも関わらず、家事も、看病も、全てこなしてしまう…言ってしまえば、高嶺の花です。」
「そんな高嶺の花が、私を選んでくれた。」
「…そうだったんですね。」
「誕生日プレゼントには、ブレスレットをあげようと思っていたのですが……」
諦めが混じった声でそう言った。


「…実は、見せたいものがあるんです」
お姉ちゃんが口を開いた。
それと同時に、ベッドシーツの上へ置いたのは、木製フレームで飾られた1枚の写真だった。
「…!これは___私と妻、それと……子供…?」
そう、この写真は、お姉ちゃんが産まれた記念で撮ったの家族写真。
「おかしい、私達に子供はいないはず…」
その言葉に悪意は決してないのだろうけど、お姉ちゃんはそれを聞いて少し肩を震わせた
「……きっと、親戚のお子さんなんじゃないですか?…良く撮れていますね。」










青空の終わりと夜空の始まりの間。
人の少ないバスに揺られ、家へ帰る。
隣に座るお姉ちゃんは…ずっと、下を向いたまま。


「…大丈夫、私はお姉ちゃんの傍にいる。ずっと。」
お姉ちゃんの小さな手に私の手を重ね、寄り添う。


微かな嗚咽と共に、お姉ちゃんは身体を私に寄せて、





「ありがとう。あなたの下の名前」







と、そう囁いたのでした。

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