第4話

oblivion
1,101
2022/09/18 07:46
「…一ヶ月、だそうです。」

それからまた2週間ほど後の、3回目の面会。2回目はみんなで行って遊んだだけだった。今回は面会というよりは僕がむしろ呼び出される形で強制的に来させられたために平日で、1人だけ。目の前で1回目の面会みたいに手をいじながらそう言うヘチャンの言葉が、何を意味しているのかはなんとなくわかってしまった。

「…そっか。」

だからと言って、前みたいに感情に任せて騒ぎ立てることもなく。ただ流すように受け入れようと、僕はそう一言だけを言う。ヘチャンもそれに一度「うん」と頷いた。

「…これからどうするの?」

そう聞くと、ヘチャンはやっと気まずさから解放されたと言う顔をしながら、けれども僕の態度が予想外だったのか半分は驚きを滲ませて、ベッドの脇にあるサイドテーブルの引き出しから何かを取り出した。

「これ!」
「…カレンダー?」
「そう!」

満面の笑みのまま見せてきたのは今月と来月の2枚だけのカレンダー。何やら色々なことが書き込まれている。
“みんなでゲームする!““先生に許可もらえたら外に出て遊ぶ!““ロンジュナとデート♡“
いろんな予定がカレンダーに書き込まれている。

「その日にしたいこととか、全部書いて、これ全部やろうと思って!だからお前も付き合ってね!!」

屈託なく笑う顔に、なんとなく呆れにも似た気持ちが湧いてきてしまった。前向きなのか呑気なのか…それはないか。でも今こうして笑っているその顔が、なぜか今まで見てきた中で1番晴れやかなものに見えてしまう。エネルギーというのか、なんというのか。とにかく何か前向きな雰囲気が溢れていて、心底楽しんでいるように見えた。僕はそれをみてひとつ、ため息をつく。

「いいけど、デートって書くのやめろ。付き合ってないし。」
「うわロンジュナ冷たっ!こんぐらいいいじゃん。」
「よくない。書き直して。」

よく見るとカレンダーの中には僕だけ名指しで書かれているものがいくつかある。それがなんだか照れ臭くて、サイドテーブルに置いてあるマーカーペンを無理やり渡せばヘチャンは渋々カレンダーに手を伸ばす。書き直すかと思いながら見て入れ歯、なぜかもうひとつハートを付け足した。

「おい」
「んへへ」

突っ込んでもそう笑う様にまた毒気が抜かれてしまったようになって、僕はまあいいかと諦める。にしても、行き当たりばったりで生きてきたように見えるのにこういうと気になって急に計画が立てられるようになるのか。いや、かなり身勝手な計画だけれど。それでもそういう形で頑張っているとも感じられる姿は少しいじらしかった。

「お前意外と女々しいことするんだね。」

仕返しのつもりでそんなふうに言ってやれば、

「女々しいって言うな!!!!」

と途端に顔を真っ赤にして枕を投げてきた。それを笑いながら受け流そうとするとどうやら本気で気にしてしまったようで、顔の赤みがまだ引いていない。

「みんなと、ロンジュナとやりたいこといっぱいあるんだから…仕方ないだろ、」

………そう言う言い方をされると言い返すのも野暮な気がしてきちゃうからやめてほしいんだけど。
時間は刻一刻と過ぎ、今までなんら変化を感じなかった一日が実はすごく短いと感じるようになった。あれから何回もみんなと、もしくは僕1人で面会に行って、外出許可が降りた日には一緒に外に出て遊んだりもした。秋からもう冬になりつつあるのに、みんなとても元気にはしゃいでいた。

「体調にはあんまり影響なくて、薬で誤魔化しごまかしで行けるみたいだから。」

前に行っていたその言葉は本当らしく、出かけて激しく動いたりして遊んでもヘチャンは前と変わらない笑顔で笑っていた。
2人だけで出かけたりもした。デートなんていうほどのものではなくて、いつの間にかとっていた博物館と美術館の特別展示のチケットを持たされて、一緒に行ったり。絵なんて興味ないだろうと思っていたのに美術館の展示の一つ一つに夢中になっているのがなんだかおかしく思えてしまったけれど、ある天気によって歓声が変わることもあるというし、その一環なのかもしれない。いかにも西洋絵画のお手本のような綺麗な絵の具で書かれた絵を見流ヘチャンの目は、ひどく真剣だった。僕もそこまで絵に興味があるわけではなかったはずなのに、それに釣られるように眺めていれば案外楽しくなってしまう。凄い。もしかしたら僕も、少なからず「それ」に影響を受けている1人なのかもしれない。その日ヘチャンは、特に気に入っていた絵が小さなストラップになっているのを見つけて、ご機嫌で買っていた。
そうしていれば、時間はどんどん過ぎて行く。カレンダーのばつ印を気付けば一緒に付けるようになっていた。ひとつ、ふたつ、みっつ。いろんな色のペンで、ひとつひとつバツをつける。一ヶ月まで、あと半分になった時、カレンダーは次の月に変わった。
次の月のカレンダー写真は、夜の海だった。それと同時に病室から外の景色を見れば、丸裸になった木が見える。季節は間違いなく冬だった。冬なのに、海の写真。誰もいないこの海は冬の海のなのだろう。紺色のインクを溶け切るギリギリまで流し込んでいったような色に、奥の方で光る月が見えていた。綺麗な写真。月が海に反射して、道ができているみたいだった。

「その写真、好き。」

そう言いながら笑うヘチャンは、この写真が好きだからこのカレンダーを買ったと言った。先月のカレンダーをピリピリ破いて写真が綺麗に見えるようにしたあと、ヘチャンにそれを渡せば嬉しそうに笑っていた。

……そういえば。
今からだいぶ昔、それこそ2、3年前ぐらいに、海に行った記憶がある。確かあの時は秋で、海の水はちょっと冷たくて。それで。

「…ロンジュナどうしたの?旧にぼうっとしちゃってさ。」

そうだ、確かこいつと言ったんだ。理由は今でも思い出せないけど、突然海に行って、何かを話していたように気がする。その時なぜかこいつはよくわからないことを話し始めて、それで…。

「…あれ、」
「?ロンジュナ?」



__「ロンジュナ、お前が____」




「…ううん、なんでもない。」

なんとなく、何かを忘れているような気がした。

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