パタパタと早歩きでグラウンドを通り抜け、職員室へ向かう。ドアからもう重苦しい空気が滲み出ていたけれど、開けるとここだけ山頂かなと思うくらい酸素が薄く感じた。皆さんもれなく休日出勤だからか目が死んでいてため息ばかりだ。
入るのが躊躇われるほどの空気に怖気付いて入口で立ちすくんでいると、後ろからぽんと背中を押された。
死んだ魚の目、という形容詞がピッタリの目のまおりが「ははは」とから笑いをしながら私の横をすり抜けて職員室へと入っていった。
私だって本当ならほっくんと一日オフを満喫するはずだったのに…。耳が垂れ下がって寂しそうだったほっくんの顔を思い出しながら私もまおりの後を追った。
全員に集合をかけた教頭先生の話を聞き終えると、最初から重かった空気にさらに暗雲が立ち込めた。
ここ緑川高校は全国に10数校の系列学校が存在している。私たちはその関東圏の1つに勤めている訳だけれど、どうやらその系列学校間で「教師交換会」というものをやるようだ。
つまるところ探り合いというところだろう。それはいいんだけれど、問題がひとつ。
誰が行く?ということだ
うちは大阪の人と交換らしく、2週間大阪に行かないといけない。出張だ。
面倒事に自ら名乗り出てくれる神なんているわけなくて、皆んなが皆顔色を伺いあっている状況。
もちろん私だって絶対に行きたくない。とてつもなく面倒臭いってわかるもの
結局無言の時間が10分ほど続き、酸欠状態になりかけていたところで教頭先生が渋い顔をしながら立ち上がった。
チラリと横のまおりに目をやると、「どんまい」と口パクされた。サッカーの全国大会は交換会とバッチリ被ってるから、まおりは関係ない人だ。
なんの顧問もしていない私はもちろん前に出なきゃいけなくて、渋々1歩を踏み出した。
私含めて予定がない人は4人だけ。しかももれなく全員女性の既婚者子供ありの先生ばかりで
彼女たちには学校に用事はなくても家庭での役割がある。独身でなんの予定もない、身軽なのは私だけ。
「あなたよね?」という3人の視線がチクチク痛い
これは、もう
ハハハッとから笑いして、心の中で盛大にため息をついた。
齋藤あなた、初めての大阪は仕事に決まりました
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!