第10話

Ep.9 … 2017.11 The First Step Forward
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2026/02/11 04:35 更新
そこからの日々は、たとえ夢で彼女たちに会うことができても、その温かい気持ちだけを受け取ることにした。
時々見かけるStray Kidsの情報は相変わらず霞がかかっていて、そこにあることは認識できても、内容を理解することはできなかった。俺とウジニヒョンが脱落する悪夢も、あれ以降、見ることはない。
夢の情報に振り回される必要はない。そう、彼女が言ってくれている気がした。



彼女の優しさに守られて、俺はただ、温かい子どもたちとの夢から、力だけをもらっていた。そうすることで、少しずつ俺の気持ちは落ち着きを取り戻していった。


夢の中のあの子たちを守り育ててきたように、メンバーたちを守り切り、全員でデビューしたい。


それが、ミノを失った結果で得た、俺の決意だった。




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「チャニ、今は時間がないから、お前は編曲に集中したほうがいいと思う。ラップはジソンとチャンビンの2人にやらせよう」
「あ、네.」


ミノの脱落後、サードミッションはYGエンターテインメントとのバトルだという知らせが届いた。ラップチーム、ボーカルチーム、ダンスチームに分かれ、対決をする。

YGでの本番の前に、PDニムが練習室に現れて、中間発表をすることになった。
スリラチャが自身のラップ曲、『マトリョーシカ』を披露したあと、PDニムの口から告げられたその指示に、クリスがあっけにとられながらも承諾の返事を返す。
その横でジソンとビニの顔に、一気に戸惑いと不安が広がるのが、見て取れるようにわかった。


「ところで、なんでラップチームに、あなたが入ってないの?」


さらに続いたPDニムの声に、メンバー全員の視線が俺に向かってくる。


「あー、この曲はスリラチャが公開した曲なので」


不思議そうに首を傾げているPDニムに俺がそう答えれば、


「そう。でも、今回はチャニが編曲で抜ける分、代わりにあなたが入りなさい。お前の実力ならチャニの代わりでも不安がない。わかったね」
「……はい」


PDニムの言葉に唖然とした気持ちを隠すことができず、返事が遅れる。
PDニムはあまり気にした様子はなく、じゃ、次はボーカルチーム、と進行を続ける。
練習室の端に戻ってきたジソンとビニが俺の隣に並んで座った。


「ヒョン…」


ぎゅっとジソンが俺の服の袖を掴んで不安そうに見つめる。
俺はその目を見返し、何も言わずに頷いた。複雑な気持ちは、俺も同じだった。



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「クリス、5分だけいいか」


その日の夜、深夜に宿舎に戻ってきたクリスに声をかける。
ラップ曲の編曲、ボーカルチームへの参戦、全員のダンスパフォーマンスの監督、ものすごい量の仕事をこなし、クリスは毎日午前様で帰ってくる激務の日々を過ごしている。
そんなこいつには申し訳なかったが、どうしても話がしたかった。


「うん、大丈夫だよ。ラップチームのことだよね」
「ん。正直、複雑すぎて消化できてない」
「複雑なのは、バトルでラップを披露すること?それとも、スリラチャに入ってしまったこと?」
「PDニムはなんでもないことのように入れって言ったけどな」
「あなた、俺はラップチームから外されたことは悔しいと思っている。でも、あなたが俺の代わりにスリラチャの歌を歌うことは気にしてないよ」


クリスの疲れ切った顔に微笑が浮かぶ。
こいつの言っていることは言葉通りで、疑う必要なんかないくらい、本当にその点に関しては気にしていないのだろう。
むしろ、呑み込めていないのは俺のほうだ。

スリラチャで活動するときはその名の通りずっと3人でやってきていたこいつらを、俺はいつも真横でみてきた。その苦労も、喜びも、真横で、だ。


「他の曲なら、俺だってグダグダいったりしねぇよ。でも、あれは...『マトリョーシカ』はスリラチャの曲だ。お前が抜けて、俺が入るのは違うだろ.......」


たとえ一回きりのことでも、今回のバトルだけの話だとしても、多忙なクリスを助けるために決められたことなのだとしても、簡単に「はい」とは言いたくなかった。


「あなた。今回のことはジソンとチャンビンにとっても初めての挑戦で、戸惑いも多いと思う。俺はあいつら2人でも十分やっていけると信じているし、そのぐらい頼もしいプロデューサー仲間だと思ってる。でも、その2人の後ろにあなたが立っていてくれるなら、もっと心強いよ。ジソンとビニを、助けてあげてくれる?」
「........俺が、スリラチャに割り込むのは、これっきりだ」
「I know bro.」


唇を噛みしめる俺の背中を、クリスの手が優しく叩いた。



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遂にきたYG本社の前で、そのビルを見上げる。
会社の威信をかけた戦いだ。PDニムに恥をかかせるわけにも、負けるわけにもいかない。

周りのメンバーをみれば、クリスにチャンビン、ジソンやウジニヒョンはこのバトルを楽しみにしている様に見える。
喉の調子がよくないスンミン、脱落候補にあがっているジョンイン、ヒョンジン、リクスは緊張した面持ちだ。

俺は今、どちらの顔を浮かべているのだろう。
自分でも分からなかった。



PDニムと共にYGの練習室に入れば、1列に並んだあちらの練習生たち。
その中に懐かしい顔がある。ジョン・ウン、去っていった仲間の1人で、でも違う場所で夢を追い続けている。ジョン・ウンの目の前に立ったクリスの顔に柔らかい笑みが浮かんだ。

挨拶が終われば、お互いに抱き合うクリスとジョン・ウン。クリスの背後から近寄れば、俺を目に入れたジョン・ウンがその目を細める。


「久しぶりだな」
「あなた!また会えて嬉しいよ!元気だった?」
「おう。お前も元気そうでよかったよ」


クリスに続いてその身体を抱きしめれば、ジョン・ウンの手が背を叩く。こうして仲間に再会できると、悲しみだけだった仲間たちとの別れも、悪いものだけじゃないんだなとわかる。
俺の後ろに静かに近づいていたジソンもまた、嬉しそうにジョン・ウンに挨拶をして、俺たちのバトルは和やかなスタートを迎えた。



バトルの1番手は、俺とチャンビンとジソンのラップ、クリスによって編曲された『マトリョーシカ』だ。スタッフからマイクを受け取りながら、その隣に座っているクリスと視線が合う。


「Good luck, あなた」


その俺を信じ切っている穏やかな顔に、俺もまたにやっと笑って頷く。


「ジソナ、ビニ、行くぞ」


後ろに控えていた2人に声をかければ、緊張と興奮がにじみ出た顔で見つめ返してきた2人の目は、それでも自信と欲でギラギラと光っていた。


まったく、頼もしいやつらだな。


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曲が終わった瞬間、目が合ったジソンとビニの顔は、とてつもなく晴れやかで明るくて、すべてを出し切った満足感に溢れていた。俺たちは軽く手を叩き合い、すぐにPDニムたちに向き合い、評価を待つ。


YGの代表からもらったコメントは称賛と言って間違いなく、俺たちのパフォーマンスは大成功に終わった。


壁際に1列に並ぶメンバーたちのもとへ笑顔で戻る弟たちの背中を見ながら、ぐっと胸が詰まる。
ジソンもビニも社内では、ラップのレベルは突き抜け、ラップだけでなく歌もうまい。それに加えてプロデュースも行なっている。スリラチャとして活動するなかで俺との距離も近くなり、本当の弟のように可愛い、自慢の弟たちだった。そして今日改めて、


誇らしいな。


心の底からそう思ったんだ。


その後もスンミンとジョンインが抜けたボーカルグループも、ウジニヒョンの活躍で大成功を収め、1番評価が厳しくなるだろうと思っていた9人でのダンスパフォーマンスもとてもいい評価を受けることができた。
サバイバルが始まってから、初めて、俺たちは誰か失う不安や恐怖が残らない形でミッションをクリアすることができた。



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宿舎の部屋に戻ってきたあと、俺とクリスは2人して大の字でベッドに倒れ込んだ。


「はぁーーっっっっっ!」


同時に大きなため息が上がって、どちらともなく顔を見合わせて笑ってしまう。


「なんだよ、俺ら息ぴったりじゃねぇか」
「ははっ、ほんとに!」
「Today was awesome, wasn’t it?」
「Yep, it was awesome……🇯🇵お疲れ様、あなた」
「🇯🇵おまえもな」


お互いの穏やかな声がゆっくりと空気に溶ける。
見慣れた天井を見上げながら、俺は目を閉じた。
この1週間酷使し続けた身体と心が限界を迎え、強烈な眠気とともに意識がだんだん薄れていく。


「なぁ、クリス」
「Mm?」
「I'm really, really proud of them—not just Jisung and Changbin, but all of them.... 俺、あいつらと、絶対にデビューしたいよ」
「Me too, あなた. Me too.」


優しいクリスの声を最後に、俺は眠りに落ちていた。



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今日の俺は、公園に立っていた。
少し離れたブランコで遊ぶ上の子の背中を、パートナーが押している。
俺の視線は50cmほど前の下の子に向けられていた。
最近、歩き始めたその子が今、一人で立って、こちらを不思議そうに見つめている。

俺は何も話さず、その姿をじっと見つめていた。
しばらくこちらを見つめていた子どもが、一歩を踏み出す。
ふらふらと右に左に揺れる体に、つい出そうになる手をぎゅっと握りしめて耐える。

よちよちと確実に一歩を踏み出して、近づいてくるその姿に、胸がぎゅうっと締め付けられる。
その小さな手が、ようやく自分の足に触れた瞬間、その体をぎゅっと受け止めて、抱きしめる。


「あー!」
「できたね。ーーちゃん。いっぱい歩けてすごいね」


まだ言葉にならない声をあげる下の子は、それでもにこにこと楽しそうに笑っていて、抱き上げたその体をもう一度きつく抱きしめながら、心の底から、その成長が嬉しかった。

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