境界は静かに揺れていた。
さっきまで安定しかけていた空間が、ばぁうの言葉ひとつでまた呼吸を変える。
「意味を持たないまま、受け入れる」
その言葉が、この場所では異物みたいに響いていた。
しょうが小さく呟く。
『意味を持たないって……じゃあ、僕は何になるの』
ばぁうはすぐには答えない。
代わりに視線を遠くへ向ける。
「何にもならない可能性がある」
しゆんが息を飲む。
「それって……消えるのと違うの?」
ばぁうは首を振る。
「違う」
「“誰かに定義されない状態”になるだけだ」
てるとは少し考える。
「それってさ、自由ってことじゃないの?」
ばぁうの目がわずかに細くなる。
「自由はそんな綺麗なもんじゃない」
「ここではただの“空白”だ」
空間の奥で、ひびがもう一度走る。
今度は映像ではない。
声だった。
ばぁうの声。過去のばぁうの声。
『救えなかったなら、見なきゃいい』
『関わらなきゃいい』
『そうすれば壊れない』
しゆんが振り向く。
「これ……」
ばぁうは静かに言う。
「昔の俺だ」
空間に過去が流れ込む。
ばぁうが誰かを見捨てた瞬間。
助けられなかった選択。
背を向けた記憶。
そのすべてが、この境界に記録されている。
てるとは眉をひそめる。
「ここって……人の後悔が集まる場所?」
ばぁうは否定しない。
「後悔だけじゃない」
「選ばれなかった選択の残り全部だ」
しゆんが小さく呟く。
「じゃあ僕たち、ずっと“残り”の中にいたんだね」
しょうがゆっくり顔を上げる。
『残り……』
その言葉を反芻する。
でも、そこに拒絶はない。
ただの理解だった。
ばぁうは続ける。
「しょう、お前は“祈られすぎた残り”だ」
「しゆんは“期待されすぎた残り”」
視線がてるとへ向く。
「お前は」
少し間。
「“背負おうとしすぎる残り”だ」
てるとは一瞬固まる。
「それ、褒めてる?」
「事実だ」
即答。
空間がわずかに歪む。
でも崩れない。
むしろ整理されていくように揺れている。
しゆんが一歩前に出る。
「じゃあばぁうは?」
全員の視線が集まる。
ばぁうは少しだけ黙る。
そして静かに言う。
「俺は“切り捨てた残り”だ」
沈黙。
その言葉だけが妙に重かった。
てるとは小さく息を吐く。
「それ、全部同じ場所に集まってるってこと?」
ばぁうは頷く。
「だから境界だ」
「全部が途中のまま混ざってる」
しょうがゆっくり言う。
『じゃあ……ここから出るには』
ばぁうは視線を上げる。
「一つだけ方法がある」
空間が静かになる。
ばぁうは続ける。
「“誰かの意味で生きるのをやめること”」
しゆんが小さく息を飲む。
「それ、さっきの続きだね」
ばぁうは頷く。
てるとは少し笑う。
「じゃあさ」
全員を見る。
「もう答え出てない?」
しょうの目が揺れる。
しゆんが静かにうなずく。
ばぁうは何も言わない。
でも、否定もしない。
境界が大きく揺れる。
ひびが走る。
今度は崩壊ではない。
再構築の兆し。
ばぁうが低く言う。
「決めるのは俺たちじゃない」
視線がしょうに向く。
「お前だ」
しょうは静かに息を吸う。
そして初めてはっきり言葉を選ぶ。
『僕は……』












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。