第5話

あなたの歪を願う クロロetシャル
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2025/11/20 14:29 更新
 クロロのひとことで発足した旅団が今の形に落ち着くまでには、当然大変な紆余曲折があった。
 活動の中で共有される内に自然と強固なものになっていく共通の理念や規則は皮肉にも異分子を生み出す切っ掛けになるらしい。つまるところ結成当初のメンツを除いて団員が割と流動的に入れ替わっていたそんな時期があるのだ。
 当時シャルナークが耳にした退団理由は本当に様々である。まずコンスタントに方向性の違いというのはよく聞かされた。バンドマン気分で犯罪集団に加担するな。あとはメンバー間での不和、刺青が思いの外ダサいから辞退、近々結婚の予定があるから。などなど、こんな集団にふらふら引き寄せられるような倫理観の欠如した奴らが聞いて呆れる。ていうか最後に至っては本当に理解が出来ない。生き方を矯正してまで手に入れた安定に一体どれほどの値打ちがあるんだろう。オレたちのような悪人は、どんな善行を積んだってもう二度と人の道には戻れないのに。愛がなんだって言うんだ。生きていく上でそれが一体なんの足しになるんだか教えてほしい。

 足溜まりにしている倉庫の中二階はクロロのお気に入りの場所だ。ところどころ天井が抜けていて、そこから雨のように陽の光が差し込む。天気が悪いと本物の雨もぼたぼた降り注ぐけれど。
 その隅にいつからかバネのいかれたソファが運び込まれていて、積み上げられた段ボールの上にどれだけ磨いても曇りの取れないオイルランプがぽつんと立っている。恐らく夜にここで過ごすこともままあるということで、宛ら野良猫だ。彼の数ある寝床のすべてを把握している人間なんか多分この世にはいないのだと思う。お世辞にも整った空間とは言い難い場所だが、調度品のようにおとなしいクロロは不思議とここによく馴染んでいた。
 態々カンカンと大きな音を立てて階段を上がってきたくせになかなか何も言い出さないシャルナークを訝しげに見つめる双眸。獣と対峙するときのような沈黙に勝てないのはいつだってシャルナークのほうだ。
「クロロはいいわけ?」
「いいって、何が」
「あんなふざけた理由でいちいちメンバー交代許可してたら、オレたちの情報漏れまくりかもよ」
 釈然としない様子のシャルナークを一瞥して、クロロはそれを鼻で笑った。
「……いいんじゃないか、別に。自分の手の内全て見せたわけでもないだろ。もったいぶって手札を隠しているのはお前だけじゃないだろうし」
 まあこれはオレも含めてだけどな、そう続けてクロロはあははと笑う。何が面白いのかよく分からないし、面白くないのはそれだけじゃない。クロロのそのあっけらかんとした態度。くだらない理由で己を装飾したまま去っていく人間を続けざまに見送って、腹が立ったりしないんだろうか。自分たちの活動目的を軽んじられているような不快さを感じてどうにも溜飲が下がらない。去る者追わずにも限度がある、この煮えるような不快にはクロロも大いに加担しているとシャルナークは思った。
「まあ、ほら」
 クロロは手にした新書の表紙を指先で撫でて、言葉を選ぶ。甚だ理知的な見目をしているくせにとんでもない遅読家だから、もう何日も同じ本を携えている。周囲がどれだけ目まぐるしく変わっても、クロロはいつも静かだ。そういえば彼の泉が波立つその様をシャルナークはもう何年も見ていない。
「お前だって、恋人が出来たら分かるんじゃないか」
 耳を疑うような台詞だった。本や映画の登場人物のようにクロロは言った。呆れるでもなく、揶揄するでもなく、静かにそうと言い切った。
「自分よりも大切な何かのために、形振り構わず生きたくなったりするのかも、」
 天井から差し込む光がクロロの輪郭を曖昧にする。彼はすこしだけ微笑んでいるように見えた。あまくざらついた声が愛を説く、きれいで明るい言葉だけを用いて。
 確信した。愛の本質を理解していないのはクロロも同じなのだ。そして内心安堵した。自分より遥かに達観して見えていたこの男も実のところ「人を狂わせる恋慕」などとは遠いところに立っているらしい。
「はあ……そうだね、団長の言う通りかも。団長はいつも正しい」
 表情こそ変えなかったものの、白々しい手のひら返しを流石に不審に思ったようでクロロはぽかんとシャルナークを見上げた。しかしもうこのことについてこれ以上議論するのはあまりにも不毛だと思うのだ。
 驚くべきことにこの胸の中にはまだ知らない感情があって、受け止めたことのない衝動がある、らしい。クロロが自分と同じ場所からそれらを眺めているのだと分かると途端に気持ちが晴れやかになった。
「じゃ、もしオレがそうなっても絶対に引き止めないでね」
 何パターンかの返答を予測しつつ、ニヒルな笑顔とともに念押しする。クロロは面食らったように瞬きを繰り返してから表情を綻ばせた。
「……それは約束出来ないな。お前を引き止める理由なんて山ほどあるし」
 淡々と告げられた言葉は予測していたそのどれとも違う。真意の程はさておき、その横暴な言葉が相手の心をどれだけ揺さぶるのかクロロは分かっているのだろうか。分かっているんだろうな。だってそういう顔してるし。
 その理由とやらが気になるものの、彼の口から直接それを聞く機会は多分一生来ない。隙だらけの横顔を見下ろして、そうシャルナークは思うのだ。

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