私の母は、男がいないと生きていけない人だった。
物心ついた時から父以外の複数の男性が家を出入りしてたし、それをおかしいと思ったこともなかった。
でも、小学生の時。
母が父と離婚し、別の人と再婚した。
その相手が、思い出したくもないようなクズで、幼かった私の背中を蹴ったり、腕を殴ったり、腹に根性焼きもされたかな。
お母さんはもちろん見てみぬふり。
助けを求め、お母さんに縋った時に目を逸らされて初めて絶望を味わった。
あれは、一生忘れられない。
でもその男は小さい私の体だと痛ぶり足りないのか、母にまで手を出した。
私の時は知らんぷりしたくせに、自分が痛めつけられることにはてんで弱かった。
結局母とあの男から逃げ、また、知らない男性の元へ居候することになった。
それが中1の時。
次の再婚相手はすごくいい人だった。
再婚相手には連れ子がいて、私のお兄ちゃんになった。
そう、それが深津一成。
お父さんになった人は温厚で、暖かく、私を心から愛してくれる人だった。
かずくんもそうだ。
以前の私が置かれていた環境に配慮して、転校した中学では一緒にお昼を食べてくれた。
最初は男性そのものを恐れていたから、お父さんにもかずくんにも壁を作っていたけど、その必要はなかった。
二人とも、すごく優しかった。
私はそんな2人が大好きだった。
でも、かずくんに対する愛が、お父さんとは違うことに気づいた。
中3の時だった。
私はその気持ちに気づいてからもかずくんに想いを伝えることはなかった。
一緒にいれるだけで幸せだったから。
でも一緒にいれなくなる日が来るなんて思ってもいなかった。
高2の春。
家に帰ってくると、母が荷物をまとめていた。
お父さんとかずくんの姿は見えなかった。
そんなこと聞かなくてもわかっている。
いつものことだろう。
でも私の頭はその事実を受け止めたくなくて、でも受け止めるしかないことも知ってる。
歳には合わない、甘ったるい話し方が今日はやけに癪に触った。
また、自分のこと言ってるの?
私の人生どうなるの?
アンタのせいで、アンタのせいで、わたしの人生めちゃくちゃなのに。
やっと、幸せになれたと思ったのに。
出た。泣き落とし作戦。
でも私はこれにめっぽう弱い。
親が子に縋る。
こんな惨めな姿に耐えきれないからだ。
せめて。2人の顔を見る前にここを出たかった。
見てしまったら、きっと、泣いてしまう。
出たくないって、駄々を捏ねてしまう。
どうにもならないことを嘆くような母みたいな女にはなりたくなかった。
乱雑に荷物をカバンに詰め込む。
服。化粧品。教科書。スマホ。
涙が落ちないよう、顔に力を入れながら素早く荷造りした。
本当は泣き叫んでしまいたかった。
手に取った教科書もぶん投げて、この部屋をめちゃくちゃにしてやりたいくらい、私の心は荒んでいた。
そんな思いを少しでも発散するように、わざと大きな足音を立てながら階段を降り、母のいる玄関へ向かった。
ドアを開け、迎えにきた母の彼氏の車に荷物を乗せる。
もう、この家には戻れない。
昨日までの幸せな生活が嘘だったように一変して、もう、心が疲れていた。
不意にくる涙を堪えて、車に乗り込もうとしたその時だった。
深刻な顔で駆けてきた。
来ちゃ、ダメだって。
その時の私はもう限界で
涙でぼやけた視界で彼を捉えていた。
そう言った瞬間、母と母の彼氏がゲラゲラと下品に笑い出した。
こいつら、クズだ。
そう言うとかずくんはいつまでも涙を拭っている私の腕をとって、車とは少し離れた場所で話し始めた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!