彼女の表情が変わった気がしたけど、俺はさらに続けた。
恐る恐る訪ねる彼女に俺は真剣に答える。
いつも凛とした様子で俺の前にいた彼女の表情が、今日はいつもと違っている。
それは何かに耐えるように平静を装っていても、隠しきれなくなっているのが、俺にも理解できた。
俺の視線から逃げるように、彼女は下を向く。
そして、絞り出すように言葉を紡いだ。
肩が震えるのを目にして、俺は即座に席を立った。
そして、彼女の隣に膝をつくと、ゆっくりと顔を覗き込む。
すると、彼女は瞳いっぱいに涙を浮かべていて・・・。
それを見た俺は涙をそっと指で拭き取った。
子供に言い聞かせるように、頭に手を置き、優しく告げる。
尚も身体を震わせ続ける彼女を前に、俺は両手を広げて名前を呼んだ。
ハッとして顔を上げた彼女の腕を引き、胸元に収め、そっと髪を撫でた。
彼女が必死に抱えてきたものが何かははっきり分からないけど、それでも、その状況が限界を迎えていたのは紛れもない事実だったんだろう。
それはとめどなく流れる涙が物語っていた。
それから、彼女は緊張の糸が切れたかのように、俺の胸でひとしきりに泣いた。
何の言葉を発する訳ではなく、ただただ泣いていた。
彼女が落ち着いた頃には、お店に入ってだいぶ経ってからだった。
ゆっくりと俺から離れ、持っていたハンカチで涙を拭う。
再び問いかけた俺に、彼女は深々と頭を下げた。
顔を上げた彼女の目は、明らかに分かるほどに腫れ上がっていた。
俺は彼女を部屋に残し部屋を出ると、偶然通りかかった店員さんに声をかけて、おしぼりを貰った。
それを手に再び部屋に戻ると彼女の前に座り、前髪をかきあげて、おしぼりを瞼(まぶた)へと当てる。
目が見えない分、瞳から伺える感情がなくて、彼女の気持ちまでは察することは出来ないけど。
ただ話口調がいつもよりだいぶ落ち着きを取り戻してる気がする。
落ち着いているとはいえ、仕事の時の事務的なものとも違って、やわらかい印象だった。
そう言うと当てていたおしぼりをとり、ようやく俺と視線を合わした。
2人とも笑顔を取り戻してから、食事をとって、たわいも無い話をして。
時計はもうすぐ21時になろうとしている。
車に乗り込んで、彼女に住所を尋ねると、予想通りきょとんとした表情を見せた。
走り出す車の中で、俺たちはなんの言葉も発することなく、その空間に身を委ねていた。
お互いに距離が近く感じ始めた俺たちにとって、その空間はやけに居心地が良かったから。
数十分走って、彼女の家の前に車を停めると、彼女は頭を下げてこう言った。
差し出した手をゆっくりと握り返し、彼女は答えた。
精一杯の彼女の返答を経て、俺たちの関係はまた一つ変化したのだった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!