できれば、奇跡的に木の枝に引っかかって落ちたとかで、気絶していた展開を望みたい。実は無事だった優秀な副官が手を回して、運んでくれていたとかだと、なおいい。
だって今寝ている場所はこんなにもあたたかく柔らかい──はっと目がさめた。軍での起床宜しく飛び起きる。
髪に飾ってあった大きな生花が落ち、結っていた髪がほどけて肩からこぼれ落ちた。握って開いてみた手のひらは、やはり記憶より小さい。金糸の刺繡で意匠を施してある深紅の羽布団に埋まっている足も、短い。
ふと風を感じて、裸足で寝台からおりた。分厚いカーテンの隙間から日光が差しこむ窓の外を、背伸びをして覗く。見覚えのある中庭だった。
続きの奥の部屋から入ってきたのは、先ほど夢に出てきた相手だった。
ハディス・テオス・ラーヴェ──夢よりもまだ若い。だが見間違うことなどありえない、隣国ラーヴェ帝国の美しき皇帝。
思わず両手で拳を作った。今が六年前ならば、まだラーヴェ帝国と開戦していない。だから今は、敵ではない。わかっているが、ジルはこの皇帝の圧倒的な力を戦場で目の当たりにした記憶が生々しく残っているせいで、警戒がとけない。
そんなジルの様子がわかっているのかいないのか、ハディスはつかつかと歩いてきて、目の前にしゃがんだ。
時計の秒針の音が響くだけの、沈黙が部屋中に広がる。人並み外れた美貌にひたすら見つめられ、頰がつらないよう頑張っていると、ややあってハディスが言った。
警戒も忘れて呆けてしまった。だがハディスはジルをじっと見つめて視線をそらさず、返事を待っている。その一途な瞳に、実家にいる軍用犬がなぜか思い浮かんだ。
どうしたものか迷っていると、怪訝そうにハディスが眉をよせた。
突然、抱きあげられた。そのまま有無を言わさず、先ほどの寝台まで運ばれる。
丁寧にジルを寝台におろすハディスの動作は、気遣いに満ちていた。
寝台のすぐそばに置いてあった室内靴を手に取り、ハディスがひざまずいた。ぎょっとしたジルに、靴をはかせようと素足を取る。さすがに悲鳴をあげそうになった。
この男は皇帝だ。子ども相手でも、戯れがすぎる。
満足げに下から微笑まれ、雷に打たれたような衝撃が全身を襲った。
他に類を見ないような美しい男の微笑とくれば、もはやそれは攻撃である。撃ち抜かれた胸をおさえてジルは内心で歯ぎしりする。
はっと我に返った。自分はこの男に求婚したのだ、そして──どうなったのだろう。
だが、乱暴に開かれた扉の音がジルの質問をさえぎった。鎧の音が響き、両開きの扉を挟んで鎧の兵隊が並ぶ。物々しい雰囲気に、膝をついていたハディスが立ちあがった。
挨拶もなく部屋に踏みこんできたのは、ジェラルドだった。ハディスが目に入っていないのか、荒々しい歩調でまっすぐこちらへ向かってくる。
横からハディスがわって入った。ジェラルドが冷ややかに応じる。
びっくりして顔をあげた。そんな話、聞いた覚えはないのだが──ああでもと両親の顔を思い浮かべた。















編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。