第7話

第一章 発令、竜帝攻略作戦 4
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2022/09/11 09:00 更新
 できれば、奇跡的に木の枝に引っかかって落ちたとかで、気絶していた展開を望みたい。実は無事だった優秀な副官が手を回して、運んでくれていたとかだと、なおいい。

 だって今寝ている場所はこんなにもあたたかく柔らかい──はっと目がさめた。軍での起床宜しく飛び起きる。

 髪に飾ってあった大きな生花が落ち、結っていた髪がほどけて肩からこぼれ落ちた。握って開いてみた手のひらは、やはり記憶より小さい。金糸の刺繡で意匠を施してある深紅の羽布団に埋まっている足も、短い。

 ふと風を感じて、裸足で寝台からおりた。分厚いカーテンの隙間から日光が差しこむ窓の外を、背伸びをして覗く。見覚えのある中庭だった。
ジル・サーヴェル
ジル・サーヴェル
……ここは王城……の、客間か?
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
ああ、よかった。目がさめたのか
 続きの奥の部屋から入ってきたのは、先ほど夢に出てきた相手だった。

 ハディス・テオス・ラーヴェ──夢よりもまだ若い。だが見間違うことなどありえない、隣国ラーヴェ帝国の美しき皇帝。

 思わず両手で拳を作った。今が六年前ならば、まだラーヴェ帝国と開戦していない。だから今は、敵ではない。わかっているが、ジルはこの皇帝の圧倒的な力を戦場で目の当たりにした記憶が生々しく残っているせいで、警戒がとけない。

 そんなジルの様子がわかっているのかいないのか、ハディスはつかつかと歩いてきて、目の前にしゃがんだ。

 時計の秒針の音が響くだけの、沈黙が部屋中に広がる。人並み外れた美貌にひたすら見つめられ、頰がつらないよう頑張っていると、ややあってハディスが言った。
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
もう一度求婚してほしい
ジル・サーヴェル
ジル・サーヴェル
……はい?
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
これが夢じゃないと確かめたい
 警戒も忘れて呆けてしまった。だがハディスはジルをじっと見つめて視線をそらさず、返事を待っている。その一途な瞳に、実家にいる軍用犬がなぜか思い浮かんだ。
ジル・サーヴェル
ジル・サーヴェル
(ろ、六年後とずいぶん印象が違うような……)
 どうしたものか迷っていると、怪訝そうにハディスが眉をよせた。
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
どうして返事をしない? ……ひょっとして、まだ具合が悪いのか?
ジル・サーヴェル
ジル・サーヴェル
え……あ……わ、わたしは、どうしてここに……き、記憶が曖昧で
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
気絶したんだ。……まだ無理はさせないほうがいいな、失礼
ジル・サーヴェル
ジル・サーヴェル
へっ!?
 突然、抱きあげられた。そのまま有無を言わさず、先ほどの寝台まで運ばれる。
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
眠れないかもしれないが、横になっていたほうがいい
 丁寧にジルを寝台におろすハディスの動作は、気遣いに満ちていた。
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
それとも、何か軽く食べられるものでも用意したほうがいいかな。ああ、起きているならこれを。足元が冷えるだろう
 寝台のすぐそばに置いてあった室内靴を手に取り、ハディスがひざまずいた。ぎょっとしたジルに、靴をはかせようと素足を取る。さすがに悲鳴をあげそうになった。

 この男は皇帝だ。子ども相手でも、戯れがすぎる。
ジル・サーヴェル
ジル・サーヴェル
こ、皇帝陛下にそこまでしていただかなくても、自分でできます!
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
遠慮しなくていい。僕は妻にはひざまずくんだ。じっとして──ほら、できた
 満足げに下から微笑まれ、雷に打たれたような衝撃が全身を襲った。

 他に類を見ないような美しい男の微笑とくれば、もはやそれは攻撃である。撃ち抜かれた胸をおさえてジルは内心で歯ぎしりする。
ジル・サーヴェル
ジル・サーヴェル
(お、男は顔じゃないとはいえ、正直、好みの顔だ……どこにも隙がない! しかも顔だけじゃない、線が細く見えるが筋肉のつき方も姿勢も素晴らしい、全身が強い……! どうしてこんな男がわたしにひざまずいて)
 はっと我に返った。自分はこの男に求婚したのだ、そして──どうなったのだろう。
ジル・サーヴェル
ジル・サーヴェル
あのっ……
 だが、乱暴に開かれた扉の音がジルの質問をさえぎった。鎧の音が響き、両開きの扉を挟んで鎧の兵隊が並ぶ。物々しい雰囲気に、膝をついていたハディスが立ちあがった。
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
向こうも君の目覚めを待ち構えていたようだな
ジル・サーヴェル
ジル・サーヴェル
え……
ジェラルド・デア・クレイトス
ジェラルド・デア・クレイトス
ジル・サーヴェル! どういうことか話を聞かせてもらおうか
 挨拶もなく部屋に踏みこんできたのは、ジェラルドだった。ハディスが目に入っていないのか、荒々しい歩調でまっすぐこちらへ向かってくる。
ジェラルド・デア・クレイトス
ジェラルド・デア・クレイトス
君は何を考えている。私の話も聞かずに逃げたあげく──
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
ジェラルド王子。こんな小さな子をいきなり質問責めにするなんて、無粋だよ
 横からハディスがわって入った。ジェラルドが冷ややかに応じる。
ジェラルド・デア・クレイトス
ジェラルド・デア・クレイトス
失礼。ですが、ラーヴェ帝国には関係のない話です。大体、あなたの客間は別にあるはずですが、なぜこちらに?
ハディス・テオス・ラーヴェ
ハディス・テオス・ラーヴェ
婚約者が倒れたら心配して見にくるのは当然じゃないか
ジェラルド・デア・クレイトス
ジェラルド・デア・クレイトス
あなたと彼女は婚約などしていない。国王も彼女の両親も認めないだろう。それに、彼女と婚約するのは私だ。そう内々に話が決まっていたのだからな
 びっくりして顔をあげた。そんな話、聞いた覚えはないのだが──ああでもと両親の顔を思い浮かべた。
ジル・サーヴェル
ジル・サーヴェル
(絶対に忘れてるな、お母様もお父様も……)

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