第2話

プロローグ第二話:凶兆
2
2026/03/07 21:21 更新
 数日後、私はまだ眠い目をこすりながらエンナに連れられて里を歩いていた。
この里は「溶岩回廊ゲヘナ」という火文明の端っこにある場所で、鍛冶屋が盛んな里なんだと以前エンナから聞かされた。

ゲヘナの朝は速い。あちこちから蒸気が吹き出し、職人達の鎚音が一定のリズムを刻みながら鳴っている。

「ほら!着いたよリアお姉ちゃん!!」
エンナに連れてこられたのは多種多様な鎧や武器が揃った「鍛治市」だった。
「凄い…こんなに沢山…」
思わず声が出てしまうほど素晴らしい物ばかりだった。

豊富な品揃えに目を奪われていると何処からともなくエンナが目を輝かせながら一つの鎧を持って来た。
どうやら私に試着させたいようだ。でも………
「ちょっと…肌が見えすぎじゃないかな…?」
胸元は大きく開き、腕の所は装甲なし。
足の露出度も高いし、身軽さを追求したのだろうけど、いくらなんでも軽装備すぎる。
これを着て戦ってもあっという間に粉々になってしまうだろう。

「むぅ…強い女の人はみんな着けてるのにー…でもリアお姉ちゃんが言うなら仕方ないか〜」
とエンナも残念がりながらも納得した様子だ。

 次に、エンナは一本の剣を持って来た。
シンプルながらもしっかりとした作りで、初心者でも扱いやすそうなデザインをしていた。
試しに持ち上げようと握ってみたものの、ビクともしなかった。
身体中がミシミシと悲鳴をあげているのを感じる。
 暫くの沈黙の後、漸くエンナが口を開いた。
「……………剣はまた今度にしよっか」
「ぜぇっ……はぁ………っ、そうしよう……」

 鍛冶市を出て、エンナと一緒に家に帰ろうとしていた時、ふと側を通りかかった初老の男の人たちが声を潜めて何かを話しているのが一瞬だったけれどハッキリと聞こえた。
「……なぁ、最近里の奥の森が騒がしくねぇか?」
「ああ、最近じゃあ"SS級"の魔物が出たなんて物騒な噂も聞くぜ。馬鹿げた話だ。魔王様が消えてから半世紀、そんな化け物が現れるはずがねえのにな」

 SS級。昨日、おじさんが言っていた「ありえない」存在。
おじさんの話を聞いた時はまるで御伽噺の様だと楽観的に考えていたけれど、もし本当にそんなものが実在するとしたら、私は一体どうなってしまうのだろう。
そんな不吉な事を考えながら、私はエンナと手を繋いでエンナの家へと向かった。

「あっ!危ないっ!!」
エンナの叫び声に思考が弾け飛ぶ。エンナの視線を追うと、そこには建築中の足場から赤く熱された鉄骨が一本、近くで遊んでいた子供達の頭上に落下していく光景があった。

弾かれるように、私は全速力で走り出していた。
「………っ、止まれ!」
強く、強く念じたその瞬間。
───世界が"止まった"。
世界が灰色に染まり、音が消え、鉄骨が空中で静止している。
私は無我夢中で駆け出し、子供の襟首を掴んで数メートル先へと引きずる。

 ドゴォォォォン!!!!!!!!!!
2秒が経過し、凄まじい轟音とともに鉄骨が地面に突き刺さる。
「……え?あ、あれ?いつの間にあんなところに…?」
「助かった、の……?」
呆然とする子供たちと、それ以上に目を見開いているエンナ。
「ねぇ、リアお姉ちゃん…今のって…?」
「………分からない。でも、身体が勝手に」
今、私は何をした…?ほんの一瞬、世界が私だけのものになった様な……
「…とにかく、子供達が無事で良かった。さ、帰ろ。エンナ」

 酷く乱れた呼吸を整えながらこの場を去ろうとしたその時、里全体を揺るがす様な地響きが轟いた。
それは、火山の噴火でも、溶岩の流動でもない。もっと生物的で、底知れない脅威を纏った─『咆哮』。

「あ、あはは…冗談、だよね?ただの地鳴りだよね…………リアお姉ちゃん……」
エンナの顔から血の気が引いていく。

 平和なスローライフの幕が、内側から食い破られる……そんな胸騒ぎがした。

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