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第1話

6,816
2025/08/12 09:00 更新
高垣 沙朱
もう少しで貯まりそうなの

通帳を見ながら携帯を握り直す。
後輩
沙朱さあやちゃんが出さなくてもいいものなんだし、無理しないで』
高垣 沙朱
何言ってんの。ずっと憧れてた結婚式だよ? 家族になれるお祝いの場だよ? 多少無理しても絶対に渡すから。心配しないで幸せになって

児童養護施設にいた頃の後輩が3か月後に結婚する。
お互いの境遇も分かり合える彼女は、私にとって唯一家族と呼べる存在だ。
後輩
『沙朱ちゃんこそ幸せになって欲しいよ。彼氏と別れてから随分経つんじゃない?』
高垣 沙朱
私はいいよ。相手が私のことを好きなのかって不安になることに疲れちゃった。私は可愛い後輩とか友達が幸せになってくれたらそれでいいの
後輩
『波長合う人とかだとそんな探り合いもないんじゃない? ほら、高校の時、駅で会って紹介してくれた男の先輩いたよね?』
高垣 沙朱
あー。高梨伊央里たかなしいおりくんね
後輩
『そうだそうだ。高梨先輩! すごい沙朱ちゃんのこと気にかけてくれててさ。それに高垣さんって苗字で呼ばれてたのにいつの間にか沙朱ちゃんって呼ばれてたし、見てきた中で1番仲良さそうだった』
高垣 沙朱
確かに嫌なことは言ってこないし、意外と思ってることが顔に出てるから気楽だったかも。まぁでも、今はもう話してないよ

耳がビリビリと震えるような大きな声で“勿体ない!”と言われて、思わず耳から携帯を遠ざける。
このまま聞いていたら後輩のカプ厨が発動してしまう、と挨拶もそこそこに通話を切った。
高垣 沙朱
すぐ恋愛に結びつけて騒ぐんだから、あの子は

伊央里くんか。懐かしいな。元気だろうか。
高校を卒業してからもう6年近く経っているし、私のことなんて忘れられてそうだ。

カレンダーを眺めると、もう明日から9月に入ることを知る。
高垣 沙朱
そういえば明日、中途採用の人来るんだっけ

確か男の人だって言ってたような。
間違っても教育係にはなりませんように、とどこにともなく手を合わせた。
翌日。
朝礼が始まってすぐ、課長が新人が入ると紹介を始める。
周りに立ったお姉様方がきゃいきゃいと楽しそうな声を出しているので、さぞ素敵な男性なんだろうということだけは分かった。
私は関わることもないだろうと思い、課長の話を右から左に聞き流す。
課長
じゃあ教育は高垣たかがきに任せるか

バッと一気にこちらを刺す視線に、一瞬何が起きたのか理解するのが遅れた。
高垣 沙朱
……私ですか?
課長
今、比較的手が空いてるだろ

私の周りにも手が空いていそうなお姉様方がたくさんいるんですが……なんて言える訳もなく、しぶしぶ了承する。

朝礼の連絡事項も終わり、新人さんが課長に背中を押されるように私の隣に立った。
高垣 沙朱
あ、じゃあ自己紹介からします。高垣沙朱です。よろしくお願いします

そう言って、分かりやすいように首に下げている社員証を見せる。
高梨 伊央里
高垣先輩! よろしくお願いします!

よく通る元気な声に謎の懐かしさを覚えながら、ようやく新人さんの姿をぼんやりと視界にとらえた。
高梨 伊央里
高梨伊央里です!

私の真似をするように社員証を見せて笑う顔が、昔の記憶とリンクする。


【海月!? 綺麗だね! 手作り? キラキラで可愛いじゃん! 丁寧に作っててすごいね】


私が作ったアクセサリーをすごい熱量で褒めてくれた、昨日後輩とちょうど話していた男の子。
高梨 伊央里
あ、その顔。思い出した?
高垣 沙朱
思い出したというか全然覚えてたけど……。え、伊央里くんだよね?
高梨 伊央里
そうそう。同じ高校だった高梨伊央里だよ
高垣 沙朱
ここに私いたの知ってた?
高梨 伊央里
いや、本っ当に偶然! さっき課長がさ……じゃないや。高垣さんのことを指名した時に気付いたんだよ
高垣 沙朱
そうだったんだ……。とにかく元気そうでよかった

“目も合わないし、嫌われてるのかと思った”と悪戯っぽく笑われて、関心が無さすぎたことを少し申し訳なく思う。
高梨 伊央里
とりあえず高垣先輩。足を引っ張らないように気をつけるので、これからよろしくお願いします

そう差し出された手を、“こちらこそ”と握り返した。

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