第28話

こころの過去
12
2024/03/01 15:00
             ⁂
……目を覚ます。




網膜に刻み付けられた日光で、しばらく視界が悪かった。



だんだん目が慣れてきて周りが見えるようになると、こころは不審がるように眉をひそめて、瞬きを繰り返した。
______ここ、どこ?
こころ
(私は確か、あの白い建物で…)
そこまで考えて、こころはひたいに手を当てた。
眉間にしわがよる。
……白い建物って、なんだっけ?





まあいいや、とこころはベッドの上で体を起こす。
…起こそうとした。






途端、ビリっという鋭い痛みがこころを襲った。
こころ
……っ‼︎
突然の痛みに、こころは思わず顔をゆがめる。
ベッド に横たわったまま、しばらく痛みに耐えた。
そうしているうちに、こころは「思い出してきた」。
……そうだ、なんで忘れていたんだろう。
右手をそろそろと上げて、首にさわる。




____私は、正体不明の症状をかかえていたんだった。






その症状が出始めたのは、今から5年前の朝だった。


こころが朝起きようとすると、首が動かせなかったのだ。
無理に動かそうとすると痛くて、怖かったのを覚えている。
あの時、なかなか起きてこないこころを心配した母が来てくれてよかった、と今になって思う。




……こころ、大丈夫?
あの時、こころの母が心配そうに声をかけてきた。
ベッドの上のこころは、不安げに天井を見上げていた。
こころ
……
……救急車は呼んだから、無理に動かないでね
…救急車。その言葉はこころをさらに不安にさせた。
____今日、学校なのに。遅れちゃう。
徐々じょじょにサイレンが聞こえてきても、こころはそんなことを考えていた。








あの症状のために初めて訪れた診察室。
……
こころは首を固定されて、車椅子に座っていた。
なにもかもが初めてのことで、動いていいと言われても体がこわばって動かなかった。
横で肩に手をおく母とともに、中年の医師が画面と向き合っているのをじっと見つめる。



沈黙が怖くて、少し足が震えていた。
 
…レントゲン写真を見ても、何も異常がないんですよね
しばらくの重い沈黙のあと、低い声でそう言われた。
……症状というのは、首が動かない、無理に動かそうとすると痛い、でしたね
医師からじっと見つめられ、こころは頷こうとする。
しかし首を固定されていたため、慌てて「はい」と言った。
医師はこころを安心させるように微笑み、続けて言う。
一応他の検査も受けていただきたいのですが、よろしいですか?
それは、こころの母に向けられたものだった。
…はい。よろしくお願いします…



そして、こころは様々な検査を受けた。

そして受ける度、看護師の人の表情が険しくなっていった。








……これでも異常なし…
医師のつぶやき声が、診察室に響く。
そしてしばらくの沈黙。
医師がカルテか何かをめくる音がその場の唯一の音だった。
………
母が食い入るように医師を見る様子が、こころの視界の端に映った。





どのくらい時間が経っただろうか。
不意に、医師がこちらに向き直った。
…原因不明なので、こころさんは念のため入院という形が良いかと思われます
それを聞いた瞬間、こころの心臓が突然速く脈打ち出した。
____にゅういん。その言葉が上手く変換できない。
なのに意味はよくわかって、こころは思わず母を見上げる。
…あの、原因不明なら、ひとまずは家で様子見とかは出来ないんでしょうか?
母は落ち着いた声で話していた。しかし肩に置かれた手の震えから、動揺は読み取れる。

医師は、真っ直ぐにその目を見た。
今のこころさんに何が出来て何が出来ないのかを調べたいと思っているんです
突然の話にはなりますが、入院についても考えてみてください、と医師は言った。冷静な声だった。
……わかりました
母も、そう言わざるを得なかったのだと思う。
















…そしてこころは、2週間入院することになった。

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