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……目を覚ます。
網膜に刻み付けられた日光で、しばらく視界が悪かった。
だんだん目が慣れてきて周りが見えるようになると、こころは不審がるように眉をひそめて、瞬きを繰り返した。
______ここ、どこ?
そこまで考えて、こころは額に手を当てた。
眉間にしわがよる。
……白い建物って、なんだっけ?
まあいいや、とこころはベッドの上で体を起こす。
…起こそうとした。
途端、ビリっという鋭い痛みがこころを襲った。
突然の痛みに、こころは思わず顔を歪める。
ベッドに横たわったまま、しばらく痛みに耐えた。
そうしているうちに、こころは「思い出してきた」。
……そうだ、なんで忘れていたんだろう。
右手をそろそろと上げて、首にさわる。
____私は、正体不明の症状をかかえていたんだった。
その症状が出始めたのは、今から5年前の朝だった。
こころが朝起きようとすると、首が動かせなかったのだ。
無理に動かそうとすると痛くて、怖かったのを覚えている。
あの時、なかなか起きてこないこころを心配した母が来てくれてよかった、と今になって思う。
あの時、こころの母が心配そうに声をかけてきた。
ベッドの上のこころは、不安げに天井を見上げていた。
…救急車。その言葉はこころをさらに不安にさせた。
____今日、学校なのに。遅れちゃう。
徐々にサイレンが聞こえてきても、こころはそんなことを考えていた。
あの症状のために初めて訪れた診察室。
こころは首を固定されて、車椅子に座っていた。
なにもかもが初めてのことで、動いていいと言われても体がこわばって動かなかった。
横で肩に手をおく母とともに、中年の医師が画面と向き合っているのをじっと見つめる。
沈黙が怖くて、少し足が震えていた。
しばらくの重い沈黙のあと、低い声でそう言われた。
医師からじっと見つめられ、こころは頷こうとする。
しかし首を固定されていたため、慌てて「はい」と言った。
医師はこころを安心させるように微笑み、続けて言う。
それは、こころの母に向けられたものだった。
そして、こころは様々な検査を受けた。
そして受ける度、看護師の人の表情が険しくなっていった。
医師のつぶやき声が、診察室に響く。
そしてしばらくの沈黙。
医師がカルテか何かをめくる音がその場の唯一の音だった。
母が食い入るように医師を見る様子が、こころの視界の端に映った。
どのくらい時間が経っただろうか。
不意に、医師がこちらに向き直った。
それを聞いた瞬間、こころの心臓が突然速く脈打ち出した。
____にゅういん。その言葉が上手く変換できない。
なのに意味はよくわかって、こころは思わず母を見上げる。
母は落ち着いた声で話していた。しかし肩に置かれた手の震えから、動揺は読み取れる。
医師は、真っ直ぐにその目を見た。
突然の話にはなりますが、入院についても考えてみてください、と医師は言った。冷静な声だった。
母も、そう言わざるを得なかったのだと思う。
…そしてこころは、2週間入院することになった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!