和也side
和也「……え、骨折……?」
診察室で聞いたそんな言葉に、思考が停止してしまう。
朝早くからの仕事の日、寝ぼけてたんかスタジオに向かう階段で上から落ちてもうて。
今まで感じたことないような痛みが左足首に走って、マネージャーさんに支えてもらいながら病院まで来たんやけど…
「完全に折れている訳ではありませんが、深くまでヒビが入ってます。…酷い怪我ですね」
和也「そん、な……」
今日はお昼からライブのリハーサルがある。明日は夜に一公演ある。
怪我なんてしてる場合じゃないのに。
和也「…ちょ、ちょっと待って下さい。あの、僕明日ライブで、」
「ドクターストップ、というより……きっとその怪我じゃ、松葉杖無しでは歩くことも難しいと思いますよ」
和也「っ…」
目の前が真っ暗になる。
骨折?酷い怪我?
松葉杖が無いと、歩くのも難しい…?
「とりあえずギプスで固定しましょう。出来るだけ左足には負担をかけないように、気を遣いながら生活して下さい」
ギプスを巻き終わり、松葉杖をつきながら診察室を出る。
お会計を済ませマネージャーさんが待つ駐車場に行けば、俺を見て運転席から飛び出してきた。
「大橋!?…怪我、どうだったんだ?」
和也「………ヒビ、入ってるって、…」
「ヒビ、って………分かった、とりあえず今日のリハと明日の公演は出るの見送ろう。全員に連絡するから…」
和也「っ、待って、ッ!」
ライブの当落をドキドキしながら待ってること。俺らに会うために一生懸命可愛くなろうとしてくれてること。俺らを見て泣いて喜んでくれる子がいること。俺らに会うその数時間を、大事に大事に想ってくれていること。
エゴサが日課の俺は、全部全部知ってるから。
だから、絶対に穴は開けたくない。
和也「お願い、リハはちゃんと調整しながらやるからっ…やからライブは、明日の公演は出させて、お願い……っ」
「…いやでも、ヒビ入ってるんじゃ……」
和也「ちゃんとする。最後まで、ちゃんとやり切るから。迷惑かけんようにするから、やからっ…」
「そういうことじゃないんだけど…………じゃあ大橋」
和也「っ、はい…」
「………今日のリハは、音声確認の歌チェック以外全部見学すること。本番ギリギリまで足に負担かけないこと。明日の公演が終わったら、仕事セーブするから絶対に休むこと。…これが守れるなら、やれるだけやってみろ」
和也「っ、ほんまに、?ほんまにええの、ッ?」
「俺が言ったこと全部守れるならな。無理させたくないんだけど…大橋の気持ちも、痛いくらい分かるから。」
和也「っ、ありがとう、ありがと…ッ」
明日の一公演を乗り切れれば、次の公演は来月やから。
とにかく明日だけ。明日さえなんとかなれば。
和也「……ぁ、あの、メンバーのみんなにはっ」
「分かってる。…捻挫とでも伝えとくから。」
和也「…ん、ありがと、…」
車で今回の会場に向かいながら、病院で巻いてもらったギプスを外す。
捻挫じゃギプスなんて巻かんやろうし。
「ん、着いたよ。…メンバーとスタッフには捻挫だって伝えたけど、本当にやるんだな?」
和也「…ん、やる、……絶対やり切る」
「……分かった。やってこい」
もう一度お礼を言い車を出る。
さすがになんも無しじゃ歩けんくて、松葉杖は持ったままやけど。
いつもより倍以上の時間をかけてメンバーが集まる楽屋の前に着いた。
ガチャ
和也「、おはよぉ」
駿佑「大橋くんっ!…足のこと聞きました、大丈夫ですか、?」
流星「松葉杖って…相当酷い捻挫なん?」
和也「んー、今はちょっと痛いからさ、リハは歌以外出来ひんと思うんやけど…でもまぁ大丈夫よ、明日は出れる」
謙杜「そっか……無理せんといてくださいね、?」
恭平「ほんまほんま、大橋くんすーぐ無理するんやから」
和也「ふは、…うん、ありがとうな」
楽屋に着くなり駆け寄ってくる年下組が可愛くて、つい頬が緩んでしまう。
そのままぱたぱたとステージへ向かう4人を見て俺も会場に行こうと身体の向きを変えた瞬間、誰かに左腕を掴まれた。
和也「………だいちゃ、」
それは、ものすごく真剣な目をした大ちゃんと…後ろには、同じような表情をした丈くんで。
あぁ、やばい。バレてまう。
大吾「……なぁ、ほんまに大丈夫なん?…あんたがそんな怪我するなんて、相当やと思うんやけど」
和也「………朝な、スタジオ行こうとした時階段から落ちてもうて…」
大吾「階段から落ちた!?…え、それでほんまに捻挫だけなん?」
和也「……うん、ちょっと重めの捻挫やって。まだ落ちてすぐやからさ、今は痛いけど…明日には、ちゃんと動けると思うから」
大吾「ほんまやな?……あんたの言葉、信じてええんやな、?」
和也「……もぉ、信じてくれたらええやんかぁ、笑」
丈一郎「………大橋、俺の目見て」
和也「…っ、」
丈一郎「…その怪我は、捻挫なんやな?俺らに嘘ついてへんな?」
和也「…………ほんま、やもん」
丈一郎「…っ、はー……」
丈一郎「……ええわ。リハ行くぞ」
…バレへん、かったんか?
何も言葉を交わすこともなく俺の歩幅に合わせてくれる2人に、少しだけ不安になった。
謙杜「あ!3人ともー…もう、待ってましたよ?」
丈一郎「ごめんごめん、リハやろか」
大吾「はっすん客席座っとき。また歌の時上がってきたらええから」
和也「ん、ありがと」
客席に座り松葉杖を置けば、ピコン とスマホが鳴る。
ロック画面を見れば、それは丈くんからのメッセージで。
和也「丈くん…?」
ふとステージを見上げても、もうスマホなんて持ってない。
なんやろう…とトーク画面を開けば、2通のメッセージが見えた。
丈一郎:今日、リハ終わったらお前の部屋行くから
丈一郎:せめて俺にだけは隠さんといてくれ、頼むわ
和也「……っ、」
あぁ、もう…
和也「なんでいっつも…」
こうも隠したい嘘であればあるほど、見破られてしまうんやろう。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!