──風が、吹いていた。
息吹は、しばらく何も言えなかった。
目の前に広がっているのは、映像でしか見たことのなかった世界。
空。
雲。
太陽。
そして、人間がかつて暮らしていた街。
崩れた道路。
草に覆われた建物。
遠くに見える、傾いた高層ビル。
十五年前までは、ここにも人々の生活があった。
学校があって。
会社があって。
店があって。
家があった。
今では、その多くが自然と瓦礫に埋もれている。
思わず、息吹の口から言葉が漏れた。
気を引き締める。
今日の任務は、探索部による地上調査の護衛。
新人である息吹にとっては、初めての実戦だ。
少し離れた場所では、探索部の隊員たちが機材を確認している。
そしてそのさらに後ろ。
蒼は腕を組んで立っていた。
特に何も言わない。
ただ、全員を見ている。
息吹は少し緊張しながら剣の柄を握った。
水色の刀身。
オルタイト製の剣。
その言葉を聞いたときのことを思い出す。
――オルタイト。
アビサルが現れてから、地中や地上のあちこちで見つかるようになった特殊鉱石。
色によって性質が違う。
自分の剣に使われている水色は、エネルギー密度と重量のバランスがよく、加工もしやすい。
だから武器に向いている。
蒼の双剣には青と橙。
青はエネルギー密度が高くて重く、橙はエネルギー密度が低くて軽い。
業の短剣は紫。
特徴は少ないものの、武器として利用できる。
――詳しいことまでは、まだ解明されていない。
けれど、一つだけ確かなことがある。
オルタイトで作られた武器は、アビサルに有効だ。
そして、もう一つ。
自分たちには、アビサルと戦うための力がある。
──深界能力。
人によって異なる、特殊な能力。
同じものを持つ人間は存在しない。
息吹の場合は「重力操作」。
対象一体の重力を操る。
強くすることも弱くすることも。
方向を変えることもできる。
全ての深界能力は代償として、使用するたびに少しだけ生命力を消費する。
それでも、これがあるから、人類は戦える。
蒼はそれだけ言うと、再び黙った。
その姿を見て、息吹は少し不思議に思う。
(――蒼隊長、戦わないのかな?)
その疑問は、すぐに解消された。
地面が揺れる。
「ズンッ!」
道路の一部が盛り上がった。
直後、瓦礫と土砂を撒き散らしながら、一体の獣型アビサルが姿を現した。
蒼は動かない。
ただ、息吹を見る。
息吹の心臓が跳ねた。
蒼はそれだけ言った。
息吹は剣を抜いた。
アビサルが咆哮する。
(四級程度か...)
初任務の相手としては十分な敵だ。
アビサルが突進してくる。
息吹は横へ跳んだ。
爪が目の前を通り過ぎる。
(でも、避けられる!)
振り返ったアビサルへ、息吹は手を振りかぶった。
腕を勢いよく振り落とす。
すると、アビサルの身体が地面へ叩きつけられる。
そのまま動きを封じる。
息吹が踏み込む。
水色の剣が閃いた。
一撃。
二撃。
最後の一太刀がアビサルを切り裂く。
黒い身体が崩れ――
塵となって消えた。
息吹は剣を下ろす。
業が頷く。
蒼は少し離れた場所から戦闘を見ていた。
蒼はそれ以上何も言わない。
でもそれだけで、息吹は次も頑張ろうと思えた。
アビサルと討伐部員には階級がある。
五級、四級、三級、準二級、二級、準一級、一級の七段階ある。
五級は一般人でも備えがあればなんとか対処可能。
一級はホームを二層程壊滅可能なレベルの強さ。
その後も、アビサルは何度か現れた。
五級。
四級。
また四級。
そのたびに、息吹が前へ出る。
敵の動きを鈍らせる。
剣を振る。
また一体、塵と化す。
息吹は少しずつ戦い方を覚えていった。
そして、そのたびに蒼はほとんど動かなかった。
腕を組み。
息吹を、新人を、周囲を見ている。
ただし一度だけ、
四級アビサルが突然方向を変え、探索部の一人へ襲いかかった。
息吹が反応するより早く。
蒼の姿が消えた。
次の瞬間、
蒼が探索部員の前に立っていた。
青と橙の混ざる一閃。
アビサルが吹き飛ぶ。
あまりにも一瞬だった。
蒼は何事もなかったかのように戻ってくる。
息吹は思った。
(――この人)
(やっぱり、強い)
任務は順調に進んだ。
探索部が予定していた調査を終え、帰還の準備を始める。
蒼は少しだけ周囲を見回した。
蒼は何も言わなかった。
その直後だった。
「――ドンッ!!」
大地が揺れた。
全員が振り返る。
遠くの建物の影。
そこから、大きめな獣型アビサルが飛び出してくる。
業が構える。
息吹は剣を握る。
蒼はやはり動かない。
アビサルが突っ込んできた。
(速い!)
息吹は紙一重で避ける。
アビサルが方向転換。
また突っ込んでくる。
息吹は重力を操作する。
しかし、
アビサルが目前まで迫った。
その瞬間。
蒼が動いた。
一閃。
アビサルの攻撃が弾かれる。
蒼は再び下がった。
息吹は息を整える。
(――速いだけだ...)
(なら!)
アビサルが走る。
重力の方向を変える。
アビサルの身体が僅かに逸れた。
その隙。
剣を振る。
(深く入った!)
アビサルがよろめく。
重力を強める。
アビサルが地面へ落ちる。
息吹が踏み込む。
だが、
アビサルが最後の力で暴れた。
大きな身体が建物へ激突する。
建物に亀裂が走った。
轟音。
巨大なビルが傾く。
探索部員たちが走る。
だが、瓦礫の下に人が残っている。
息吹が走り出す。
息吹は重力を操作した。
倒壊の勢いを少しでも減らす。
生命力が削られる。
(...それでも!)
蒼も瓦礫を退ける。
業も救助に加わる。
数十秒後。
最後の一人を救出した直後。
ビルが轟音を立てて崩れ落ちた。
息吹はその場に座り込んだ。
蒼が近づく。
蒼は頷く。
そして、初めて少しだけ笑った。
息吹の顔が明るくなる。
ホームへ帰還した頃には、すっかり疲れ切っていた。
自室へ向かって歩く。
今日の出来事を思い返していると――
前方から声がした。
息吹は歩きながら、何となく耳を傾けた。
声が少し低くなる。
息吹の足が僅かに止まった。
声が小さくなる。
───────── 塵の中の殺人鬼 ─────────
二人の声が遠ざかっていく。
息吹はしばらく、その場に立っていた。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。