私、フィアナ・ラインハルトは妙な胸騒ぎに苛まれていた。
何故彼らは饕餮と名乗るのか、何故饕餮のみなのか…という違和感に……
饕餮とは中国に伝わる四凶と呼ばれる悪神の1つである。
四という字から分かる様に、饕餮以外にも3つある。
すこぶる凶暴で尊大かつ頑固な戦闘狂「檮杌」
翼を持った虎の姿で犬の声で鳴く事以外分からない「窮奇」
善人を忌み嫌い、悪人に媚びる「渾沌」
この「饕餮」「檮杌」「窮奇」「渾沌」の4つを合わせて四凶と呼ぶのだ。しかし、現在「クロセル」と敵として名が上がっているのは饕餮のみ…それがどうしても不可解なのだ。
答えを探せば探す程、迷走して行く…そんな状態に疲れ果てていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえる。
その声の主はガラードだった。彼の両手にはコーヒーが入ったマグカップが2つあり、片方を私に差し出してくれた。
こういう時、私は自分が嫌いになる。
相手は協力を惜しまない姿勢を見してくれているのに、自分は言いたい事が言えず、口ごもって結局何も言えない。
変な所ではっきり言えるのに…肝心な所で何も言えない…
私はまだ__
そう言われたのは初めてで、思わず変な声が出てしまった。
けれど、私はとても嬉しかった。今までは「早く言え」「はっきりしろ」と言われて来た。だから、その言葉は私にとって救いだった。
そう言わた時、心が軽くなった。今では相手を気にして、縮こまってしまっていた心が、元の大きさに戻った様な気がした。今なら…話せる…
そう感じた私は、今考えていた事を伝えた。
「コホン」と咳払いをし、気持ちを切り替えると彼に自分の考えを明かす。
彼は全容を話すよりも前に、私の考えている事を理解してくれた。伝えたい事を理解した彼は、部屋を飛び出して何処かへ行ってしまった。
部屋に1人残された私は、自分の意見を言えた私自身に少し、少しだけ酔いしれていた。
自分の意見を彼に伝えれた事、それは私が以前より変われた事を示していた。私にとってそれはとても喜ばしい事で、かけがえの無い宝物とも呼べる経験となった。
自分の殻を破った事で見える景色が、以前よりも広がったような気がした。
彼女の意見を聞いた途端、自分達がどれ程の遠回りをしていたのかに気付いた。
饕餮という妖の名前を使っていながら、目立った行動をしていたのは四凶の内1つだけ…残された3つは饕餮の影に隠れ、暗躍していたのではないか?そう考えた途端、俺は衝動に突き動かされていた。
目的の部屋へ着くと、勢いよく扉を開け中へ入る。
部屋の中は天井にまで届く程高い棚があり、その棚には大量の紙やディスク、USBが並べられていた。
1人でブツブツと呟きながら、棚に並べられたディスクやUSBを1つ1つ確認して行く。そして、ようやく探していた1つの資料が見つかる。探していたのは、黒色のプラスチックで本体が覆われた1つのUSB…ラベルには小さく「A-23」が書かれていた。
そのUSBをポケットの中へ突っ込むと、部屋を飛び出す。
このデータが奴らの本拠や戦力、同系列組織の有無が明らかになると期待して…
「待っててくれ」と言われた私は、部屋に備え付けられた椅子に腰掛け、スマートフォンでニュースを見ていた。
何本か動画を再生してはみたが、特別興味を引かれる物は無く、スマートフォンの電源を消そうかと考えた時、1つの通知が届く。内容は
__「聖結晶教団の誕生」
興味を引かれた私は、そのネットの記事に目を通す。内容は饕餮、クロセル共に損害を与えかねない組織についてだった。
記事の内容
能力者が多く誕生し、新しい時代が到来しつつある中、
未だ饕餮とクロセルの争いは終わっていません。そんな状況の中、自らを【聖結晶教団】と名乗る集団が声明を発表しました。内容は以下の通り
「我々、聖結晶教団は天より流れ落ちた結晶を天に返す事が目的である。この役目は我々にしか成し得ず、クロセルや饕餮の手も借りない。結晶を欲望のままに利用する饕餮、結晶を集め消滅させるだけのクロセルの両陣営を我々は滅ぼさなければならない」
正直、私はこの記事を読んだ時は「そんな事はある訳がない」そんな風に思っていた。
ガラードが青ざめた表情で戻ってくるまでは…
彼の表情、ネットでの記事…今から向かう現場は想像以上の凄惨さになる…何故か、そんな気がした。
今回の出動は、結晶の回収じゃない…実戦だ。
予測外の事態に自分が対応出来る様に、そう言い聞かせる。
私は「クロセル」の一員だ、市民を守る事が私達の使命であり存在意義…
__私に出来るのだろうか?
一瞬頭の中に出てきたその言葉…すぐさま頭の中から追い出し、私は現場へと向かった。
現場の状況は最悪だった。
無線での報告によると、結晶を回収しようとしていたクロセルの職員が教団の襲撃を受けた。
作業に当たっていたのは10名、内5名は軽傷、3名は意識不明の重体、2名死亡とかなりの被害を受けていた。
今、現場ではレイと武装したクロセルの職員らが教団と交戦状態となり、市民にも被害が出始めていた。
彼は愚痴を零しながら車を走らせている。
目的地まであと10m程の地点、遠くからでも教団と仲間が戦っているのが見える。道路には流れ弾が当たったのか、倒れている市民や既に息絶えている職員の亡骸が横たわっていた。
戦わなければならないのは承知の上だ。だが、能力の使い方も分からないのに戦闘に参加しても、仲間の邪魔になるだけだ。
彼のアドバイスは抽象的にも感じたが、核心を付いている様にも感じた。
どこかで吹っ切れた私は、彼に「やる」とだけ伝え、レイの元へ走った。
銃声が街中に響き、氷の柱があちこちに佇んでいる広場を身を低くして渡って行く。広場の真ん中まで行くと、そこにはレイが佇んでいた。
彼の視線の先には聖結晶教団の構成員が1人…
目の前に佇む白装束の人物は恐らく男だろう。彼は両手を広げ構える、その格好から戦う意識がある事は明確だった。
私は、初めての戦闘に緊張しつつ、レイとの共闘に少しワクワクしていた。
彼がそう呟いた途端、氷の柱の先端が男の喉や胴体、太もも目掛けて勢い良く伸びる。伸びていった氷の柱は男の足元から空に目掛けて伸びて来た土壁に防がれてしまった。
彼は敵を冷静に分析し、次の手を考える。
相手はそれをさせまいと壁をこちらに飛ばして来る。
相手の攻撃を避けている時も、彼は1人敵の行動を観察していた。口に情報を出し、1つ1つ丁寧に分析して行く。
彼は相手の出方を伺う為に氷の柱を2本飛ばす。
またしても、相手は"壁で防いだ"。
彼は私の申し出をすんなりと受け入れ、「任せる」と言ってくれた。
__私はその思いに応えなければならない
自分にのしかかった責任の重さを改めて確認し、頭の中でイメージを固める。
イメージを固めようにも、私の能力は「光」。形が無い為に攻撃の仕方が定まらず、苦悩しているとポッと1つのイメージが出てくる。
太陽の光を鏡で1点に集めると、集まった光が紙を焦がす理科の実験で行った時の情景。
そのイメージが浮いて来ると段々辺りが突然暗くなる。
日が沈んだ訳でも、雲がかかった訳でも無い。太陽の光が白装束の男に集まっているのだ。
私が頭の中でイメージした通りに、白装束の男へ全ての光が集まり、男を段々と焦がして行く。真っ白な衣服は頭の方から少しずつ黒くなり、遂には男の髪を焦がし始めた。
数分も経たず髪は全て燃えて無くなり、皮膚はただれ、遂には頭蓋骨の一部が見え始めた。
彼は意味有りげにそう言う。私は何事かと思い、彼の視線の先を見る。目線の先には先程まで立っていた男の姿は無く、変わりに全身の肉や内臓はドロドロに溶けて無くなり、骨だけがその場に山積みになっていた。
ドロドロに溶けて、悪臭を放つ"それ"は紛れも無く私が殺した男だ。けれど私が殺したという事実を受け入れられない私がいる。
____お前が殺した
違う
____お前が燃やした
違う
____お前が溶かした
違う
____お前が命を奪った
違う違う違う違う違うちがうちがうちがうチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウ
2人が何を話しているのか、私の心臓の音でかき消され、ほとんど聞こえない…2人がどんな表情をしているのか、視界がボヤけて見えない…けれどたった一言だけ、一言だけはっきりと聞こえた。"聞こえてしまった"
その一言が聞こえた時、私の中で何かがガシャンと大きな音を立てて崩れ落ちた様な気がした。けれど、それで気付いた事もある。私の能力がどれ程危険なのか、どれだけの人を傷つけてしまうのか、それを知った途端涙がポロポロと落ちてきた。
自分の能力がどれ程危険なのか、それを予測しなかった私も確かに悪い。安易な想像に身を任せ、結晶に触れた私が悪い。考えれば考える程、私の肩に乗っかっている罪や責任が、どんどん私を押し殺して行く。
その責任や罪に耐えられなくなった私は呼吸もままならない状態にまで精神的に私自身を追い込んでいった。
彼の声が段々と遠くなり、視界は縁が黒くなってだんだんと見える範囲が狭まって行く。
彼は私の背中をさすり言葉をかけているが、断片的にしか聞こえない。そして、遂に私の聴覚は機能しなくなり何も聞こえなくなった。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。