自身の手首を切り落とし、断面からはドボドボと音を立てながら止めどなく紅く艶のある血が溢れ出す。
「裏切り者に居場所は無い」「望んでいた自分はこんなものでは無い」そんな思いに駆られ、毎日私は手首を裂いていた…が、今回ばかりは酷かった。
いつもなら、手首を一度や二度裂けば、いつもの無気力状態に戻るのだが…日を増す事に増えていくストレスから私は、自身の手首を切り落としてしまった。
急いでベッドのシーツを破り、傷口に巻き付け止血を行う。
真っ白だったシーツは、傷口に触れた途端、鮮やか赤色に変色し、赤色の中心部は赤から黒と呼ぶに相応しい色に変わっていた。
隣の部屋にいた彼女は、騒ぎを聞きつけ、私の部屋に入って来た。彼女は部屋に入り、私の切り落とされた手首を見て、絶句している様にも、歓喜に満ちている様にも見えた。
彼女は片手の無い私に優しく微笑みながら、肩に手を添えると、優しく体を抱き寄せた。
頭を優しく撫でる手のひらに感じる温もりは、母親の懐にいる様な安心感で私を包み、一時の安らぎを私に与えてくれた。
いつしか私は、彼女に依存していた。彼女から離れれば、今日の様に自分を傷つけ、彼女に慰めてもらい安定感を得る。
そして再び彼女から離れれば、また自分を傷つける…という悪循環に陥っていた。けれど、今の私が最も必要としていたのは、彼女が私にのみ向けてくれる感情だった。
連れ去られたフィアナの行方を探し続けて早4日…クロセルはようやく彼女の居場所を掴んだ。本当なら今すぐにでも救出に向かいたいが、それを行うには1つ大きな問題があった。
動ける様になったとは言え、集中治療室で何度もメスを入れられた彼の体には痛々しい傷跡が残り、目を思わず反らしてしまいそうな程だった。
その話だけなら、「無事で良かった」で済んだのだろう。
だが、話を聞く前から目に見えて分かる"異常"があった…
今までの彼は、杖を持たずとも歩けていた。けれど、今目の前に広がっているのは、杖を持って立っているレイの姿だった。
自身の体が本調子では無い事、以前の様に戦えない事を伝える彼の表情は、いつもよりも硬く見えた。
彼は最後にそう言い残し、その場から立ち去ろうとする。
「このままで良いのか?」そう考えた時、思わず言葉が口から飛び出た。
「助ける気持ちはあるか?」そう問いかけた時、レイは歩みを止め、こちらに視線を向ける。
自分の問いかけに、彼はそう答えた。
____彼の気持ちは変わっていなかった。
表情は相変わらず硬いままだったが、目は決意に満ちあふれ、自身の死すら恐れない。そんな思いがひしひしと伝わって来た。
彼の硬い決意を確かめ、作戦開始の時刻や概要の説明を行うブリーフィングの時刻を伝え、レイと別れた。
____必ず助け出す
確固たる決意を形にし、心の中で吐き出す。彼女を助け出す時…それが四凶の壊滅に近づく大きな足がかりになるだろう。
《翌日》
日付が変わり、フィアナ救出を始める時刻が近づく中、俺は誰よりも早く集合場所に来ていた。余った時間を潰そうと、夜空を見上げる。空はまだ暗く、目を凝らせばキラキラと輝く星がちりばめられていた。
地上の至る所で人間同士の争いが勃発する現代、その騒がしさとは無縁の静けさを空は持っていた。体が自分の意思で、思うように動かせた頃は、今の様に夜空を見上げる事も無かっただろう。まだ、呑気にそう思える内は良いのだろう…
自分は今まで何度も戦ってきた。「いつかは戦えなくなる」と覚悟を決めて、日々自分を戦火の真ん中に投じてきた。
そんな自分とは違い、フィアナは平穏な人生を送ってきた。
自分が死の淵まで立たされる事も、昨日まで笑っていた友人が何も言わぬ亡骸になる瞬間を見る事も無い、ある意味では"幸せな人生"を、彼女は送ってきた。
彼女の全てを知っている訳では無いが、彼女は他人を思いやる心が最も強い。そのせいで何度も苦しめられている事も、その心に従い過ぎる余り、自分の思いを塞ぎ込んでしまっている自分を嫌っている事も、薄々気付いていた。
だから心配なのだ…彼女はきっと自身の事を、「裏切り者」と蔑み、傷つけてしまいそうで。
空を見上げながら、彼女に届く筈も無い願望を1人考えていると、隣に見慣れた人物がやって来る。
いつもの様に話していると、ガラードも集合場所にやって来る。
ガラードは到着して早々バッグをからかう。彼は話を反らそうと、作戦時刻を前倒しにしてとある廃校に向かう。
その廃校こそ、俺達がこれから襲撃する四凶の本拠地であり、フィアナが連れ去られた場所である。
フラフラと体が揺れ、上手く前に進めない俺に合わせて、2人は横を歩く。杖を使わなければまともに歩く事すら叶わないこの身体で、どこまでやれるのだろう…どこまで突き進む事が出来るのだろう…そんな不安が脳裏をよぎる。
恐らく、フィアナを救出する際、現状では最大の脅威であるレーニャとも戦う事になるだろう…バッグやガラードは大丈夫だろうが、今の俺では間違い無く死ぬ。
歩く事すら上手く出来ないこの身体では、奴の攻撃を避ける事も、近接戦闘もままならない様では奴に間違い無く殺される。
仲間が、フィアナが少しでも、無事に帰れる確率を上げる為には、足の遅い自分が犠牲になるしか方法がない。
他の手も考えてはみたが、どの案も自分が一番の荷物になる
…なら、自分が犠牲になる方が良い。そんな思いで、この案を最も信頼できる2人に伝えた。
自分の意見に真っ先に反対したのは、やっぱりガラードだった。彼は誰かが犠牲になるのを、ましてや自分から犠牲になる人を許せる様な奴では無い。だが、この先、四凶や聖結晶教団とは戦争になるだろう。今は教団の動きがあまり活発的では無いが、いつかは争う事になる。
考えたくも無いが、「リニューアル・ザ・ワールド」よりも凄惨で、多くの命があっという間に消えてしまう程の被害が及ぶ程に…それを防ぐには、フィアナやガラード、バッグの力が必要不可欠だ。彼らこそ、終わりの見えない争いに終止符を打つ人物だ。そう確信しているからこそ、2人に自分が犠牲になる案を出したのだ。
「フィアナを助け出す」それが、今の自分にとって如何に遠く、難しい目標か、それはバッグも理解しているだろう。だが、素直に言えない彼は、遠回しに「死ぬ事は許さない」とだけ言って、前を向き直す。
2人が自分の前を行く中、自分の現状と、今後起こり得る事象を頭の中で予測していた。
この先の事は考える気にならなかった。戦いが始まる前に迷いを持つ、それは仲間を引っ張り、最悪の自体を招く。それを防ぐ為に、フィアナを救う事のみを頭の中に入れて、迷いを頭の中から追い出す。目標の廃校まではあと100m程、気を引き締め直し、ゆっくりと近づいて行く。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!