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第6話

失ったモノ
4
2025/01/20 10:03 更新
自身の手首を切り落とし、断面からはドボドボと音を立てながら止めどなく紅く艶のある血が溢れ出す。
フィアナ・ラインハルト
私…何して……
「裏切り者に居場所は無い」「望んでいた自分はこんなものでは無い」そんな思いに駆られ、毎日私は手首を裂いていた…が、今回ばかりは酷かった。
いつもなら、手首を一度や二度裂けば、いつもの無気力状態に戻るのだが…日を増す事に増えていくストレスから私は、自身の手首を切り落としてしまった。
急いでベッドのシーツを破り、傷口に巻き付け止血を行う。
真っ白だったシーツは、傷口に触れた途端、鮮やか赤色に変色し、赤色の中心部は赤から黒と呼ぶに相応しい色に変わっていた。
レーニャ・カスタロフ
フィアナ!だいじょう……ぶ…………
隣の部屋にいた彼女は、騒ぎを聞きつけ、私の部屋に入って来た。彼女は部屋に入り、私の切り落とされた手首を見て、絶句している様にも、歓喜に満ちている様にも見えた。
彼女は片手の無い私に優しく微笑みながら、肩に手を添えると、優しく体を抱き寄せた。
レーニャ・カスタロフ
怖かったね…怖かったよね…でも大丈夫…大丈夫だから……
頭を優しく撫でる手のひらに感じる温もりは、母親の懐にいる様な安心感で私を包み、一時の安らぎを私に与えてくれた。
レーニャ・カスタロフ
傷、治そっか
フィアナ・ラインハルト
…うん
いつしか私は、彼女に依存していた。彼女から離れれば、今日の様に自分を傷つけ、彼女に慰めてもらい安定感を得る。
そして再び彼女から離れれば、また自分を傷つける…という悪循環に陥っていた。けれど、今の私が最も必要としていたのは、彼女が私にのみ向けてくれる感情だった。
連れ去られたフィアナの行方を探し続けて早4日…クロセルはようやく彼女の居場所を掴んだ。本当なら今すぐにでも救出に向かいたいが、それを行うには1つ大きな問題があった。
バッグ・ガーンズバック
レイ…お前、ホントに大丈夫なのか?
レイ・エナード
取り敢えずは…な
動ける様になったとは言え、集中治療室で何度もメスを入れられた彼の体には痛々しい傷跡が残り、目を思わず反らしてしまいそうな程だった。
レイ・エナード
だが、完治は無理だった。心臓と肺は無事だったが、それ以外は殆んど入れ替えだ。
バッグ・ガーンズバック
………
その話だけなら、「無事で良かった」で済んだのだろう。
だが、話を聞く前から目に見えて分かる"異常"があった…
今までの彼は、杖を持たずとも歩けていた。けれど、今目の前に広がっているのは、杖を持って立っているレイの姿だった。
レイ・エナード
お前も気づいているだろうが、体の右側がな殆んどダメになってるんだ…口元は問題無い。目は多少ボヤけるが、まぁいいだろう。腕もぎこちないが動く…たが、脚はダメだ…今は、前に運ぶのが精一杯だ。
自身の体が本調子では無い事、以前の様に戦えない事を伝える彼の表情は、いつもよりも硬く見えた。
レイ・エナード
話はこれだけだ…長話に付き合わせて悪かったな…それじゃあ…
彼は最後にそう言い残し、その場から立ち去ろうとする。
「このままで良いのか?」そう考えた時、思わず言葉が口から飛び出た。
バッグ・ガーンズバック
なぁ…お前は今も、フィアナを助ける気持ちはあるか?
レイ・エナード
………
「助ける気持ちはあるか?」そう問いかけた時、レイは歩みを止め、こちらに視線を向ける。
バッグ・ガーンズバック
お前はあの時…フィアナが連れ去らた時、お前はハッキリと「助け出す」と言っていた。その気持ちに、変わりは無いか?
レイ・エナード
俺は…1人でも奴らからフィアナを連れ出す。それが今の気持ちだ
自分の問いかけに、彼はそう答えた。
____彼の気持ちは変わっていなかった。
表情は相変わらず硬いままだったが、目は決意に満ちあふれ、自身の死すら恐れない。そんな思いがひしひしと伝わって来た。
バッグ・ガーンズバック
そうか…なら、1つ話がある。俺達は、フィアナの居場所を見つけた。分かるな?
レイ・エナード
そこを襲撃する…そうだろ?
バッグ・ガーンズバック
話が早いな、なら決まりだ。ブリーフィングは今日の午後3時40分からだ、遅れんなよ
レイ・エナード
了解した
彼の硬い決意を確かめ、作戦開始の時刻や概要の説明を行うブリーフィングの時刻を伝え、レイと別れた。
____必ず助け出す
確固たる決意を形にし、心の中で吐き出す。彼女を助け出す時…それが四凶の壊滅に近づく大きな足がかりになるだろう。
《翌日》
日付が変わり、フィアナ救出を始める時刻が近づく中、俺は誰よりも早く集合場所に来ていた。余った時間を潰そうと、夜空を見上げる。空はまだ暗く、目を凝らせばキラキラと輝く星がちりばめられていた。
レイ・エナード
…世の中が荒れているとは思えないな
地上の至る所で人間同士の争いが勃発する現代、その騒がしさとは無縁の静けさを空は持っていた。体が自分の意思で、思うように動かせた頃は、今の様に夜空を見上げる事も無かっただろう。まだ、呑気にそう思える内は良いのだろう…
自分は今まで何度も戦ってきた。「いつかは戦えなくなる」と覚悟を決めて、日々自分を戦火の真ん中に投じてきた。
そんな自分とは違い、フィアナは平穏な人生を送ってきた。
自分が死の淵まで立たされる事も、昨日まで笑っていた友人が何も言わぬ亡骸になる瞬間を見る事も無い、ある意味では"幸せな人生"を、彼女は送ってきた。
レイ・エナード
(彼女は優しい……優し過ぎる………あれではいつか…壊れてしまう…)
彼女の全てを知っている訳では無いが、彼女は他人を思いやる心が最も強い。そのせいで何度も苦しめられている事も、その心に従い過ぎる余り、自分の思いを塞ぎ込んでしまっている自分を嫌っている事も、薄々気付いていた。
だから心配なのだ…彼女はきっと自身の事を、「裏切り者」と蔑み、傷つけてしまいそうで。
レイ・エナード
(少なくとも、俺やガラード、バッグは君を否定しない…だから戻るのを拒んだりしないでくれ…)
空を見上げながら、彼女に届く筈も無い願望を1人考えていると、隣に見慣れた人物がやって来る。
バッグ・ガーンズバック
相変わらず早いな〜
レイ・エナード
そう言うお前は、今日みたいに時間通りに現場に来い
バッグ・ガーンズバック
き、厳しいな〜オイ…
いつもの様に話していると、ガラードも集合場所にやって来る。
ガラード・ライアン
今日は珍しく、遅刻しなかったんだね。毎日こんな風だと良いんだが…
バッグ・ガーンズバック
う、うるせぇ!早く始めんぞ!
ガラードは到着して早々バッグをからかう。彼は話を反らそうと、作戦時刻を前倒しにしてとある廃校に向かう。
その廃校こそ、俺達がこれから襲撃する四凶の本拠地であり、フィアナが連れ去られた場所である。
レイ・エナード
余り早く進むなよ?
バッグ・ガーンズバック
分かってるっての
ガラード・ライアン
無理はしないでよ?
フラフラと体が揺れ、上手く前に進めない俺に合わせて、2人は横を歩く。杖を使わなければまともに歩く事すら叶わないこの身体で、どこまでやれるのだろう…どこまで突き進む事が出来るのだろう…そんな不安が脳裏をよぎる。
恐らく、フィアナを救出する際、現状では最大の脅威であるレーニャとも戦う事になるだろう…バッグやガラードは大丈夫だろうが、今の俺では間違い無く死ぬ。
歩く事すら上手く出来ないこの身体では、奴の攻撃を避ける事も、近接戦闘もままならない様では奴に間違い無く殺される。
レイ・エナード
……なあ、1つ、約束してくれないか?
バッグ・ガーンズバック
珍しいな
ガラード・ライアン
なんだい?
レイ・エナード
フィアナを救出して逃げる時、追っ手が予定より早く来たら…俺を見捨てろ…
仲間が、フィアナが少しでも、無事に帰れる確率を上げる為には、足の遅い自分が犠牲になるしか方法がない。
他の手も考えてはみたが、どの案も自分が一番の荷物になる
…なら、自分が犠牲になる方が良い。そんな思いで、この案を最も信頼できる2人に伝えた。
ガラード・ライアン
それは出来ない…君がいなくなったら…フィアナはどうなる?
レイ・エナード
……案外、彼女は上手くやれるさ。器用で、真面目で、優秀だ。俺の変わりは、彼女がやってくれるかもな
ガラード・ライアン
そんなの…そんなの自分勝手過ぎる!
自分の意見に真っ先に反対したのは、やっぱりガラードだった。彼は誰かが犠牲になるのを、ましてや自分から犠牲になる人を許せる様な奴では無い。だが、この先、四凶や聖結晶教団とは戦争になるだろう。今は教団の動きがあまり活発的では無いが、いつかは争う事になる。
考えたくも無いが、「リニューアル・ザ・ワールド」よりも凄惨で、多くの命があっという間に消えてしまう程の被害が及ぶ程に…それを防ぐには、フィアナやガラード、バッグの力が必要不可欠だ。彼らこそ、終わりの見えない争いに終止符を打つ人物だ。そう確信しているからこそ、2人に自分が犠牲になる案を出したのだ。
レイ・エナード
これから先、四凶だけじゃない…教団とも争う事になるだろう。能力者同士の争いは長く、多くの物を巻き込む…そうなれば、人々は生きる気力を失ってしまう。それを未然に防ぐ事が出来るのが…フィアナやバッグ、そしてお前なんだ…分かって欲しい……
ガラード・ライアン
君の言い分も分かる…けど!
バッグ・ガーンズバック
ガラード、お前も分かるだろ?レイは、何を言っても曲がらない奴だって…
ガラード・ライアン
…ごめん
バッグ・ガーンズバック
こんな所で言い争っても仕方がねぇ…だがな、レイ。フィアナはお前が救うんだ。あの時、「必ず助け出す」と宣言したならな
レイ・エナード
あぁ…
「フィアナを助け出す」それが、今の自分にとって如何に遠く、難しい目標か、それはバッグも理解しているだろう。だが、素直に言えない彼は、遠回しに「死ぬ事は許さない」とだけ言って、前を向き直す。
レイ・エナード
………
2人が自分の前を行く中、自分の現状と、今後起こり得る事象を頭の中で予測していた。
レイ・エナード
(この救出作戦以降も、戦えれば良い方か…能力の出力調整は安定して来たが…身体がこんなでは……下手をすれば俺は…)
この先の事は考える気にならなかった。戦いが始まる前に迷いを持つ、それは仲間を引っ張り、最悪の自体を招く。それを防ぐ為に、フィアナを救う事のみを頭の中に入れて、迷いを頭の中から追い出す。目標の廃校まではあと100m程、気を引き締め直し、ゆっくりと近づいて行く。

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