第4話

【第三章】告白と前兆
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2025/07/02 05:15 更新
私は感情を持たない。
…いや、そう思っていた。厳密に言えば、感情を「必要」としたことがなかった。
喜び、悲しみ、怒り、嫉妬。
それらを演じることには長けていたが、それは他人との摩擦を避けるための仮面だった。

けれど、仮面は長くは保てない。
私の中で、何かがひび割れ始めていた。

放課後の教室は、まるで空の鳥かごのように静かだった。
私は黒板の前に立ち、クラス全員の名前が並んだ出席簿のコピーを見つめていた。

…22人。

それぞれの名前の上に、私が調べ上げた“秘密”が短く書き込まれている。
家庭内暴力、盗み、いじめ、買春、妊娠中絶、窃盗、ストーカー行為、薬物依存。

私のクラスは、社会の縮図だ。
綺麗な仮面を被った若者たちが、誰にも知られたくない本性を抱えたまま、
笑い合い、肩を並べ、嘘をつき続けている。

それが、どうしても許せなかった。
彼らは私を嗤っていた。気づかれないと思っていたのかもしれない。
…でも私は、全部見ていた。

私は無表情のまま、ある一枚のプリントを手に取った。
それは文化祭で使用する予定だった「クラス企画」の概要だった。
タイトルは──『密室の殺人』。

皮肉なことに、クラス全員がこのゲームを楽しみにしていた。
まさか、自分たちがその“題材”になるとは思いもしなかっただろう。

文化祭当日。校舎全体が装飾に包まれ、教師の目も届かない。
校内放送が流れ、各クラスの企画が始まる。

私の仕掛けたゲームが、幕を開けた。

【密室ゲーム】の名の下に、教室は内側から施錠され、外からは誰も入れない。
クラスメイトたちは最初は笑っていた。緊張した演技をして、仮の“殺人事件”を楽しもうとしていた。

けれど最初の犠牲者が、本当に倒れたとき──
教室の空気が凍りついた。

一人目:
三田悠斗。口の中に詰められたバラバラのメモ帳。
『イジメを止めなかった罰』と書かれていた。

二人目:
杉浦真帆。体に染み込んだ強烈な匂い。
『他人の秘密を売った報い』と記されていた。

そのどれもが、完璧に計画されたものだった。
毒物も、物理的な痕跡も一切ない。
私だけが知る“彼らの秘密”と、その記録。

教室の隅で、私は静かに全員の表情を観察していた。
恐怖。困惑。怒り。そして、疑念。

「誰がやったの……?」
「……もしかして、ゲームじゃない……?」

その疑問が、クラスを崩壊へと導いた。
誰もが隣の人間を疑い、信じられず、押し合い、叫び、泣いた。

私は机の下で、笑った。
喉の奥が震えた。…これは喜びなのだろうか?
いや、わからない。ただ、すべてが美しく見えた。

崩れていくものには、なぜか神々しさがある。

彼らが私を傷つけてきた日々。
小さな嘲笑、皮肉、無視、暴言、勝手な偏見。

それが静かに蓄積されて、私はここに立っている。

殺人は快楽ではない。
これは、演出。

私はこの『劇』の演出家。
観客席はない。全員が舞台に立っている。

……でも、ひとつだけ誤算があった。
佐藤夏樹。

彼だけが、まだ“死んで”いない。
彼だけが、私の意図を見抜こうとしていた。

そして彼は、私と同じ目をしていた。

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