2/26 夜 学生寮・4F作戦室
2/27 放課後 月光館学園・屋上
小雪はそんな明彦に向けて、
ゆっくりと微笑んだ。
その微笑みには、
吹っ切れたような明るさがあった。
その反面、
悲しくも受け取れた。
昇降口から出てきた明彦は、
どこか上の空だった。
小雪と交わした言葉の余韻が、
まだ胸の奥に残っている。
その名を出された瞬間、
明彦の肩がわずかに跳ねた。
頬がじんわりと赤く染まる。
明彦は前を向いて歩き出す。
2/28 正午 学生寮・1Fラウンジ
頭の中に昨日の会話がよみがえる。
小雪が、自分に好意を寄せていることを
そっと告げてきた瞬間。
一度、小雪を拒んでしまった。
それでも“好き”と言ってくれた。
明るい声。
澄んだ笑顔。
その笑顔の奥にわずかな影が見えた。
優しく微笑んでいるのに、
どこか切なげで、少しだけ儚い――
そんな気がして、胸がぎゅっと痛んだ。
夕方 ポロニアンホールA
小雪の楽屋
風花楽屋を出た。
風花と入れ替わるように、
カメラマンが入ってくる。
美鶴はカメラマンに指示を出し、
小雪を撮り始めた。
――10分後
慣れないことをしたせいか、
ソファでぐったりする小雪。
"コンコン"っとドアをノックされる。
その音で小雪は立ち上がり、
ドアを開ける。
明彦の視線が小雪の姿を捉えた。
その瞳に宿る熱が、明らかにいつもと違う。
白と淡い青を基調とした衣装が、
小雪の透明感を際立たせていた。
その瞬間――明彦の呼吸が止まる。
言葉を探すよりも早く、
明彦の身体が自然に動いた。
気づけば、小雪をそっと抱き寄せていた。
小雪は小さく息を呑み、瞳を大きく見開く。
明彦の鼓動が、すぐ耳元で響いていた。
何も言わず、しばらくそのまま。
静寂の中で、
2人の鼓動だけが確かに存在していた。
そして――
明彦が低く、掠れるように呟く。
小雪の肩がわずかに震えた。
信じられない言葉に、胸の奥が熱くなる。
明彦の記憶には、
もう自分との日々は残っていないはず。
けれど、その言葉は、
まるで心だけが覚えているようで。
小雪は、胸の奥が熱くなるのを感じた。
涙が滲み、目を逸らそうと一歩下がる。
けれど明彦の手が、そっと小雪の肩を掴んだ。
その声は静かだったが、
揺るぎのない強さがあった。
小雪は息を呑む。
明彦の瞳が真っ直ぐに自分を見ていた。
記憶を失っているはずのその目が、
まるで“忘れたくなかった何か”を探すように。
小雪はその言葉に胸を締め付けられ、
俯いたまま小さく頷く。
次の瞬間、
明彦はそっと小雪を引き寄せ
――唇を重ねた。
触れるだけの、静かな口づけ。
懐かしさにも似た温もりが、
小雪の胸を締めつける。
それは言葉を超えて
“何か”がまだ繋がっていると伝えていた。
唇が離れた瞬間、静かな空気が楽屋を包んだ。
小雪の頬を、ひとすじの涙が伝う。
無理に笑おうとするように、
小雪は目元を拭いながら小さく言った。
その笑顔が、涙で滲んでいるのが分かる。
小雪は驚いたように明彦を見上げ、
けれどすぐにそっと視線を逸らす。
明彦の腕の中から静かに離れ、
俯いたまま小さく微笑む。
光に揺れる髪の向こうで、
その微笑みはどこか切なげに震えていた。
小雪は鏡の前に立ち、
涙の跡を指先でそっと拭った。
そのまま明彦の姿を鏡越しに見つめ、
少しだけ息を整える。
やんわりとした口調だったが、
その声にははっきりとした意志があった。
明彦は何か言いかけたが、
小雪の背中を見て、言葉を飲み込む。
ドアへと歩き出す明彦の背中に、
小雪はほんの小さな声で呟いた。
明彦が振り返ったときには、
もうドアは閉まっていた。
照明が落ち、ざわめきが静寂へと変わっていく。
ギターの弦が、静かに鳴った。
小雪がひとり、
ステージの中央に立っていた。
白いライトが彼女の肩を包み、
その姿を浮かび上がらせる。
小さな体で、けれど確かな音を、
指先から生み出していく。
気づけば、明彦は息を呑んでいた。
指先の震えも、瞳の真っ直ぐさも、すべてが懐かしい。
初めて見たときから、きっと何かに惹かれていた。
自分の中に眠る“あの日々”の残響が、
ギターの音に重なって胸を揺らしていく。
そんな問いが、自然と心に浮かんだ。
だが、答えはもうわかっていた。
優しくて、不器用で、
真っ直ぐで、
意外と泣き虫で、
放っておけなくて、
俺をちゃんと見て、
それから・・・、
ライブが終わり、
静まり返ったステージ。
照明が落ち、
まだ余韻の残る音だけが空気に漂っていた。
胸の奥が、温かくも痛かった。
記憶の底をいくら探しても、
あの日々の輪郭はもう見えない。
それでも――
自分でも驚くほど穏やかな声が漏れた。
小雪の笑顔を見ただけで、心が満たされる。
その理由を、もう思い出せなくてもいいと思えた。
それが、今の自分の答えだった。
夜 学生寮・小雪の部屋前
明彦は、手の中に小さな箱を握りしめていた。
深い紺色の包装紙に、銀のリボン。
小雪との繋がりを感じられるもの――
何度も迷った末に選んだ、ペアのマグカップだった。
ドアの前で軽く息を吸い、ノックをする。
“はい”と小雪の少し疲れた声が返ってくる。
ドアが開き、
淡い光に照らされた小雪の顔を見つけると、
明彦は少し照れくさそうに手を差し出した。
小雪の瞳が大きく見開かれ、
すぐに柔らかな笑みが浮かぶ。
明彦は小箱を差し出す。
小雪が丁寧にリボンをほどき、蓋を開けると、
中には白地に淡い青の模様が入った
ペアマグカップが並んでいた。
1つは小雪用、もう1つは明彦用。
同じデザインで、2つを並べると、
まるで2人の距離を映すようにぴったり重なった。
小雪の声が少し震え、
目元にわずかに光が宿った。
明彦の言葉に、小雪の胸が熱くなる。
自然と涙が頬を伝い、ぽろりとこぼれ落ちた。
明彦は微笑みながら、
そっと小雪の涙を拭う。
小雪は涙を拭いながらも、
安心したように微笑み返した。
2人の間に、
静かで柔らかな温もりが広がった。
記憶は戻らなくても、
この瞬間だけは確かに“つながっている”と感じられた。


















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。