第17話

1話トイレ 2話赤ちゃん人形
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2025/05/28 11:54 更新
主
お久しぶりの本怖です
主
今回のお話「トイレ」
 Nさんはデイサービスに勤務する男性介護福祉士だ。



 Nさんの勤めるデイサービスは開所してまだ間もないが、建物は古かった。なんでも、元は個人病院だったらしい。そこをある程度改装し、デイサービスとして使用していた。



 この建物。

 昔から「出る」として有名な建物らしい。

 おまけに。

 開所してまもなく、「見た」という職員が続出する。



「そんなバカな」

 Nさんはそういった話を一切信じていない。幽霊は「見間違い」。怪奇現象は「勘違い」だと思っていた。



「本当だって。みんな、見た場所が同じなんだって」

 見たという職員は鼻息荒くNさんに訴える。



 確かに。

 出ると言われる場所はいつも同じだ。「見た」と言うモノも同じ。



 出る場所は一階東隅の男性用トイレ。



 そこには、利用者でも職員でもない高齢の男性が居て、トイレの隅にただただ、じっと立っているのだという。

――― 誰だろう

 そう思って、声をかけると姿を消すという。



「照明の具合で影がそんな風に見えるんじゃないのか?」

 Nさんは興味が無いのでぞんざいにそう答えたらしい。



 Nさんの言うことは確かにもっともで、皆が「高齢の男性を見た」というその場所は、照明が一番届きにくいところだ。視界の悪さと気味悪さが相まって、そんなありもしないモノを見せるのだろう。

 Nさんはそう思っていたし、Nさんが幽霊を見ることはなかった。



 そんなある日、Nさんは「トライやる・ウィーク生」を預かることになった。

「トライやる・ウィーク」とは、地域の中学生が地域の企業で数日間職場体験をする事業だ。



 Nさんの職場には一人の中学生男子が体験を希望していた。



 この男子生徒。特別支援学級に在籍し、知的に障害があった。

 当初、この男子生徒の受け入れに、大半の職員が反対した。「誰が面倒を見るのか」と。



 普通の生徒でも手を煩わされるのだ。障がいがあるとなると、なおのこと現場が混乱する。

 誰もが担当になることを渋ったが、Nさんはこの男子生徒の担当になっても良い、と上司に告げた。



「他の同級生が皆、希望する体験ができるのに、この子だけできないのはおかしい」

 Nさんはそう言い、上司はNさんをこの男子生徒の担当にした。



 そしていざ、実際に「トライやる・ウィーク」が始まってみると。

 この男子生徒。言われたことはきっちりとこなすし、Nさんの後にも素直について歩いた。

 Nさんと一緒に利用者さんの車椅子を押したり、Nさんと一緒に食事介助をする様子を見て、他の職員は見方を変えた。Nさんが忙しそうにしていると、男子生徒の相手をしてくれたり、昼食休憩のときは声をかけてくれたりした。



 そうして。

 初日のトライやる体験があと数時間で終わるころに、Nさんは気づく。



――― この子、トイレに行ってないな



 少なくとも、Nさんは男子生徒がトイレに行くところを見ていない。



「トイレに行くかい?」

 Nさんが尋ねると、大きく頷いた。どうやら声をかけられるまで我慢していたらしい。



「行っておいで。今度からは、トイレに行きたくなれば、僕に言えばいいからね」

 そう言うと、「はい」と返事をして、男子生徒はトイレに行った。



 だが。

 すぐに戻ってくる。



「どうした?」

 尋ねると、「使えません」と答える。



「どうして使えないんだい?」

「人がいます」

 男子生徒は無表情のままNさんに言う。



「人?」

 Nさんはおうむ返しに言いながら、ふと思いだした。

 そういえば、他人がいると気になっておしっこがでない、と担当教員が申し送りをしていた気がする。



 Nさんは男子生徒を連れ、再度トイレに向かった。

 一階東隅の、男子トイレに。



「誰かいますか?」

 Nさんはトイレの照明をつけ、男子生徒と共に中に入る。



 トイレの中は無人だ。

 念のため、二つある個室も覗いたが、利用者も職員もいない。

 誰かいたのかもしれないが、もう出たのだろう。



「いないよ」

 Nさんはくるりと振り返り、手洗いの前で棒立ちになっている男子生徒に笑いかけた。



「僕は外にいるから、トイレを……」

「います」

 Nさんの言葉を遮り、男子生徒は能面のような顔のまま、指をさす。



「それは誰ですか」

 男子生徒は、Nさんの背後を指さす。

 硬直したようなぎこちない動きで。



 ぞわり、と。

 生まれて初めてNさんは鳥肌だったという。



 そこは。

 男子生徒が指さしたのは。

 皆が、「高齢の男性が現れる」という場所だった。



「利用者さんですか、職員さんですか、誰ですか」

 早口で男子生徒が問う。



 何もない暗がりを指さして。



 Nさんはゆっくりと、背後を振り返る。

 小便器が3つならび、そして個室が二つ並ぶトイレの中を。



 だが。

 そこには当然。

 誰もいない。



「いなくなりました。おしっこをします」

 唐突に、男子生徒はNさんにそう言うと、さっさと小便器の前に移動した。



「……僕は外で待ってるよ」

 Nさんは男子生徒に声をかけ、足早にトイレから出る。



――― そういえば、『誰ですか』と声をかければ消えるんだっけ……

 Nさんはそんなことを思いだす。



 あの男子生徒は、問うたのだ。「誰ですか」と。

 そして、「消えた」のだ。

 Nさんには見えないが、「高齢者の男性」は。



 結局Nさんは今でもトイレの中にいる高齢者男性の幽霊を見ることはないが、「何かいる」ことは信じているらしい。
主
次のお話し「赤ちゃん人形」
 Rさんは、夫と交際していたときから、「この人、寝言が多いなぁ」と思っていたらしい。



 曖昧に何かモゴモゴと話すのでは無く、はっきりと起きているかのように夫は寝言を喋るのだという。



「はい。時間通りお伺いできます」と言ってみたり、「このミス、誰が報告するの!」など、仕事に関した寝言が多かった。



 Rさんのご家庭では、夫婦とこどもは一緒の寝室で寝ていたので、こども達も夫の寝言の件は知っていた。

 唐突に始まる寝言に、Rさんもこども達も、びっくりして目が覚めるので、大変うんざりしていたのだそうだ。



 だから。

 こどもたちが中学生になり、それぞれに部屋を与えると、「これでお父さんの寝言から解放される」とあっさり出て行った。



 そして。家族全員で眠っていた寝室は、夫婦の寝室となった。



 ある日。

 Rさんが目を覚ましたのは、夫が歌い出したからだった。



 Rさんは首をもたげて、隣で眠る夫を見る。

 夫は仰向けに目を閉じていた。どう見ても眠っている。



 だが。

 なんの曲なのかはわからないが、ちゃんとメロディを鼻歌で歌っていた。



 そして、鼻歌が終わると、今度は「うぇい!うぇい!」と、合いの手を入れるのだという。

 それが、アイドルに声援を送る親衛隊のような合いの手で、Rさんは呆気にとられた。



――― 相変わらずさわがしい寝言ね



 Rさんはため息をついて、自分も仰向けになった。

 眠ろう。

 そう思うが、隣では夫がメロディを鼻歌で歌い、同じ場所で合いの手を一人で入れている。

 うるさいなぁ、とため息をついた矢先だ。



 腹の上に、重みを感じた。

 いきなり、どん、と感じたのだという。



 咄嗟に、Rさんは「何か降ってきた」と思ったのだそうだ。



 そこで慌てて身体をねじった。振り払おうと身体を横に向け、夫に背を向ける形で目を開く。



 自分の鼻先には、『赤ちゃん人形』があったのだそうだ。



 仰向けに寝転がった赤ちゃん人形には、服も着せられていない。



 こどもがおままごとで使うような、そんな小さなものでは無かった。

 母親学級で沐浴体験にでも使いそうな、プラスチックの肌と関節が稼働する、リアルな大きさを持った、裸の赤ちゃん人形。



 その赤ちゃん人形の顔が。



 ぎこちない軋みを上げてRさんの方に徐々に向き始めたのだという。



 きちきちきちきち、と。

 天井を向いていた赤ちゃん人形がRさんの方に顔を向けようとしている。



 Rさんは目を逸らしたいのに、何故かそらせない。



 どうしても。

 どうしても、その赤ちゃん人形の『顔』が気になったのだそうだ。



 なぜだか。

 あの顔を見たい。

 その欲求が抑えられなかったらしい。



 きちきちきちきち、と。

 首がこちらに向く。



 その瞬間。



 背後で、夫が「うぇい! うぇい! うぇい!」と三度大声を張ったのだという。



 Rさんは悲鳴を上げ、夫を振り返る。

 夫はそこで初めて、眼を醒ましてRさんの姿を目にとめた。



「どうした?」

 夫は不審げにRさんに尋ね、Rさんは慌てて自分の布団を指さす。



「赤ちゃん人形が……」

 そう言って自分もおそるおそる、赤ちゃん人形のあった場所を見やるが。



 もう、赤ちゃん人形の姿はなかったという。




 その後、Rさんの家では不思議な物音が続いている。

 明らかに、「モノ」が動き回るような音が続いているのだそうだ。



 コトコト、ガタガタ、と。



 Rさんは真剣に「霊能者にでも見てもらおうとおもう」と言っていた。

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