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第3話

アイネクライネ(リクエスト)
63
2026/06/08 06:20 更新
主
リクエストありがとう!
(なまえ)
あなた
あ、また消しゴム落とした。……はい、ちぐさくん
ちぐさ
あ、ありがと……
差し出された小さな消しゴムを受け取るとき、ほんの少しだけ指先が触れ合う。それだけで、僕の心臓はうるさいくらいに跳ねた。

僕、ちぐさには、世界が少しだけ灰色に見える瞬間がある。
インターネットの世界では、声を張って、みんなを笑顔にする活動をしているけれど、現実の僕はどこか冷めていて、臆病で、自分が傷つくのも人が傷つくのも怖くて、一歩引いて生きていた。

そんな僕のモノクロの日常に、鮮やかな絵の具をぶちまけたのが、同じクラスの君だった。

君はいつも、誰にでも平等で、太陽みたいに笑う。
僕みたいな目立たない男の子にも、当たり前のように話しかけてくれる。
ちぐさ
(僕、あなたに会えて本当に嬉しいのに
当たり前のように光るあの日々が溢れて)
君が笑うたび、僕の胸の奥がキュンと痛む。嬉しいのに、苦しい。
だって、こんなに素敵な君が、どうして僕なんかと一緒にいてくれるんだろう。
いつかこの幸せがパチンと弾けて消えてしまうんじゃないか、そんな怖さがいつも心の片隅に張り付いていた。

季節は巡り、僕らはいつしか放課後に二人で残って話をするくらいには、特別な関係になっていた。
夕暮れ時の教室。オレンジ色の光が、君の横顔を綺麗に照らしている。
(なまえ)
あなた
ねえ、ちぐさくん
ちぐさ
ん? なに?
(なまえ)
あなた
ちぐさくんって、時々、すごく遠くを見ている気がする
君の真っ直ぐな瞳が、僕の心の奥底を覗き込んでくる。
僕は慌てて視線を逸らした。
ちぐさ
そんなことないよ。気のせい、気のせい!
(なまえ)
あなた
……そっか。ならいいんだけど。私、ちぐさくんの力になりたいんだよ?
君のその優しさが、痛い。
ちぐさ
(消えない悲しみも綻びもあなたといれば、
「それでよかったね」と笑えるのがどんなに嬉しいか)
本当は分かっている。僕には過去のトラウマや、誰かに拒絶されることへの恐怖という「綻び(ほころび)」がある。
君はそれを、ありのまま包み込もうとしてくれているのに。
僕は自分が傷つくのが怖くて、君をそれ以上踏み込ませないように、見えない壁を作ってしまう。
(なまえ)
あなた
ちぐさくんは、私のこと、どう思ってる?
ぽつりと溢された君の言葉に、僕は息を呑んだ。
その瞳は、少しだけ泣きそうに揺れていた。僕の臆病な態度が、君を不安にさせていたんだ。

その日を境に、僕らの間に奇妙な距離ができた。
話しかければ今まで通り笑ってくれるけれど、どこか余所余所しい。

僕が所属している『AMPTAKxCOLORS』のメンバーにも、「ちぐさ、最近なんか元気なくね?」と心配される始末だった。
画面の向こうのリスナーさんには笑顔を届けられているのに、一番大切にしたい君一人を、僕は不安にさせて、傷つけている。

自分の不甲斐なさに、胸が潰れそうだった。
ちぐさ
(今目の前にあるものが全て幻だとしたら。
誰も知らない間に消えてしまうとしたら。)
もし明日、君が僕の前から消えてしまったら?
もう二度と、僕の名前を呼んでくれなくなったら?

そう考えた瞬間、全身の血が凍りつくような恐怖が襲ってきた。
プライドなんて、臆病な自衛なんて、どうでもいい。
僕はただ、君を失いたくない。

雨が降り出しそうな、曇天の放課後。
僕は、校門へと向かう君の後ろ姿を見つけた。
ちぐさ
——待って!
自分でも驚くほど大きな声が出ていた。
振り返った君は、驚いたように目を見開いている。
僕は駆け寄り、君の肩を掴んだ。息が上がって、上手く言葉が出てこない。でも、ここで言わなきゃ、一生後悔する。
(なまえ)
あなた
ちぐさ、くん……?
ちぐさ
ごめん。僕、ずっと意気地なしだった。
君が優しくしてくれるたびに、いつか嫌われちゃうんじゃないかって、怖くて逃げてたんだ
君の瞳から、ぽろぽろと涙が溢れ出す。
ちぐさ
でも、君がいない世界なんて、もう考えられない。
僕の過去も、ダメなところも、全部君が変えてくれたんだ。
君の隣にいると、世界の全部が綺麗に見えるんだよ
僕は一歩踏み込んで、泣きじゃくる君の身体を、壊れ物を扱うように優しく抱きしめた。
ちぐさ
(あなたのstprから呼ばれたい名前の名前を呼んでいいかな?
産まれてきたその瞬間に、僕らは、「あの日出会えてよかった」と、言い合えるために生きてきたんだ)
君の小さな手が、僕の背中に回る。
強く、強く、僕のシャツを掴むその感触が、幻じゃない現実だと教えてくれた。
(なまえ)
あなた
……バカちぐさ。遅いよ……。私もちぐさくんが大好きだよ。ずっと、ずっと一緒にいたい
耳元で聞こえた愛おしい声に、僕の心を満たしていたモノクロの霧が、完全に晴れた。
ちぐさ
(眩しいくらいに美しかった、その全てに、ただ、ありがとうと言いたい)
僕らは、完璧な人間じゃない。
これからも傷ついたり、悩んだり、すれ違うこともあるかもしれない。

だけど、君の手を握る僕の手に、もう迷いはない。
(なまえ)
あなた
ねえ、ちぐさくん! 今日、AMPTAKの動画上がる日だよね? 一緒に観よ!
ちぐさ
うん、いいよ! 君が一番に褒めてくれたら、僕、次の配信もいっぱいいっぱい頑張れちゃうな
夕暮れ時、二つの影が長く伸びて、ひとつに重なる。

君と出会えたこの世界で、僕は僕の名前を呼ばれる喜びを知った。
アイネクライネ小さな可愛い人』——僕にとってのそれは、世界中でたった一人、目の前で笑う君のことだ。
ちぐさ
大好きだよ
溢れた言葉は、初夏の風に溶けて、二人の未来を優しく彩っていった。

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