麗日「あなたちゃん、大丈夫やった?」
あなた「うん、大丈夫。」
保健室のドアを開けて入ってきた彼女は、いつもの柔らかい笑顔の裏に、隠しきれない心配を滲ませてそう問いかけた。
まだ、彼女を悲しませる準備なんて、これっぽっちもできていない。
私のせいで、あの大好きな笑顔を曇らせたくはなかった。
だから私は、心の中で何度も「ごめんね」を繰り返しながら、精一杯の嘘をついた。
あなた「心配かけてごめんね。ちょっと、疲れちゃってたみたい。」
麗日「なら良かった……! ほんまに心配したんやからね、!」
ホッとしたように胸をなでおろすお茶子ちゃんの姿に胸の奥がちくりと痛む。
少しして、私の様子を気遣うように、相澤先生が静かに保健室の引き戸を開けた。
相澤「……麗日。すまないが、少しあなたを休ませてやってくれ」
麗日「あ、はい! じゃああなたちゃん、また後でね! お大事に!」
お茶子ちゃんは私に優しく手を振ると、相澤先生に小さく一礼して部屋を出ていった。
お茶子ちゃんの足音が遠ざかるのを待ってから、相澤先生が私に告げる。
相澤「あなた。お前にお見舞いだ。……体調が悪ければ無理に話す必要はないが、どうする。」
先生のその言葉の意図を察して、私は小さく頷いた。
相澤先生は「分かった」と短く応じると、入れ替わるように入ってきた男性の背中を、見守るように見送ってから静かにドアを閉めた。
ホークス「久しぶり。」
足音も、羽の音すらさせずに私のベッドの傍らまで歩み寄ってきた男。
特徴的なバイザーを少しだけ押し上げ、端整な顔にいつもの飄々とした笑みを浮かべたホークスが、すぐ近くのパイプ椅子に勝手に腰掛けた。
けれど、よく見ればその琥珀色の瞳の奥には、隠しきれない濃い隈が刻まれている。
あなた「……ホークス。疲れて見える。」
ホークス「あはは、バレた? 最近忙しくてさ。」
「まあ、あなたちゃんの顔見たら元気出たよ。」
冗談めかして笑う彼の声は、いつも通り軽薄で、どこか捉えどころがない。
お茶子ちゃんについた私の嘘は、この人には最初から全部透けて見えているようだった。
ホークス「……ねぇ、あなたちゃん。覚えてる?」
ふっといつもの軽さが消え、どこか祈るような低い声が響く。
ホークス「あの日、あなたちゃんは確かに生きたいと言ったよ。」
心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。
一度、私はこの人のことを忘れてしまっている。
私が『リピート』を重ねるたびに、この人は「また忘れられるかもしれない」という恐怖と、ずっと一人で戦っていたのだ。
あなた「……覚えてる。忘れてなんかない。」
それは半分が真実で、半分が強がりだった。
あの夜の、胸が潰れそうなほどの感情は覚えている。
けれど、ホークスがどんな表情をして、どんな言葉を私
に囁いたのか——
その細かいディテールが、かすかに霞み始めていることに、私は気づいてしまっていた。
私の嘘を見透かしたように、ホークスは自嘲気味に小さく笑った。
肩に触れていた羽が、名残惜しそうに彼の元へと戻っていく。
ホークス「ならいい。……もし君が全部忘れちゃったら、俺、流石にちょっと寂しいからさ。」
そう言って微笑む彼の瞳の奥には、私と同じ、底知れない孤独が揺れていた。
ホークス「あなたちゃん。」
飛び立つ直前、彼はバイザーに手をかけたまま、私をまっすぐに見つめた。
その言葉には、トップヒーローとしての仮面を脱ぎ捨てた、大切な存在を繋ぎ止めようとする必死さが籠もっていた。
ホークス「約束して。生きるのだけは、やめないって。」
「記憶が削れて、自分が誰だか分からなくなっても、」
心を削って、過去を消して、それでもヒーローになろうとする私へ。
彼の願いは、あまりにも重く、私の胸の奥深くに突き刺さった。
ホークス「飛べない日は歩けばいいし、歩けない日は座ってりゃいい。」
「案外、風向きは変わるもんだから。」
再びバイザーを下げ、いつもの「速すぎる男」の仮面を被ったホークスは、一瞬の突風と共に空へと消えた。
あとに残されたのは、ほんのりと熱を持った、一枚の赤い羽。
忘れたくない。
あの瞳も、私を引き留めようとした羽の温もりも。
けれど、強く握りしめた私の手の中で、やっぱり、あの夜のディテールは、砂のように少しずつ削れ落ちていく。
それでも、私は未来に置いていかれないために。
——形を失っていく私の過去は、いつか、私のあとに続く誰かの確かな足跡になってくれるのだろうか。
かなり私の癖を詰め込んでます。
救いなんてありません。バットエンドです。
気が向いたら加筆していこうと思ってます。
良ければ是非:)













編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。