まずい。これは、非常にまずい。
ヨレンタは血の気の引く思いで、必死に思考を巡らせていた。
見つかった。
拷問の跡が残る、こんな顔で。
どうしよう、どうしよう__。
恐怖と緊張で震える手を握りしめて、ヨレンタは目の前に立つ、髪の長い女を見上げる。
女はこちらに火を近づけて、警戒の色を示していた。
考えつく限りの説明を、彼女はなんとか絞り出す。
それを聞いた女は、ゆっくりと蝋燭をヨレンタから遠ざけ、小さく頷いた。
女は一歩後ろに下がり、籠から取り出そうとしていた果物ナイフを手放す。
このナイフの出番がなくてよかったと、心底ほっとしていた。
一方のヨレンタも、信じてもらえた安堵から、再び肩の力を抜いた。
面倒事は早く片付けたいと、女はヨレンタを手招きする。
「本当ですか。ありがとうございます。」
ヨレンタが、そう言おうとした時。
歯茎から、耐え難い痛みを感じた。
一時的に止まっていたが、また出血し始めたのだ。
突然苦しみだしたヨレンタに、女は驚きを隠せないまま駆け寄る。
そのまま、蝋燭で彼女の顔を照らした。
ぽつりと呟いた女に、ヨレンタは冷や汗がどっと噴き出る。
息も絶え絶えに、胸から心臓が飛び出そうなほど、鼓動が速くなるのが分かった。
どこからどう見ても、拷問跡にしか見えない傷。
降り積もる違和感に、女が気付かないわけがない。
__もう、だめなのだろうか。
私は、ここで終わる運命なのだろうか。
ヨレンタは、女に告発される覚悟を決めた。
手をきつく握りしめた、その時__。
女は、戸惑いながらヨレンタに問いかけた。
自身を心配するような声音に、ヨレンタはあっけにとられる。
今すぐにでも、あの審問所に引っ掴んで連れて行かれると思っていたのに。
「こいつは魔女だ」と告発されると思っていたのに。
女は怪訝そうにヨレンタを見た。
無言。
凪いだ表情で、女は話の続きを促す。
ヨレンタは、明らかにワケアリな自身の姿を見ても尚、何も言わない女が不思議で仕方なかった。
女が口を開く。
優しい口調に、ヨレンタは大きく目を見開いた。
女が歩き出す。
向かった先には、川の側に立つ馬がいた。
__少しの、善意?
馬を連れて歩き出した女を、ヨレンタは驚きの目で見つめる。
そして、木の幹から立ち上がった。
歩きながら話すあなたに、ヨレンタも応える。
森のさらに奥へと進み、あなたの持つ蝋燭の火がゆらゆらと揺れた。
あなたはヨレンタを振り返り、小さく笑みを浮かべる。
ぺこりと頭を下げながら、ヨレンタは思った。
まだ若い自分は、このままだとほぼ確実に命を落とすだろう。
家も無い。金も無い。お父様以外に、頼る人もいない。
さらに自分は、異端者のレッテルを貼られた女ときた。
目の前を歩く背中を見つめていると、生い茂る草木がだんだんとひらけてきたことに気付く。
あなたの言葉に頷きそうになったヨレンタは、ある違和感により目を見開いた。
あなたは少し困った顔で馬を撫でる。
少女を覗き込む瞳には、哀しげな色が滲んでいた。
嘘を吐くのが苦手。
人を欺くのが苦手。
よく純粋だと言い表されるが、まさかこんなところで裏目に出るなんて。
冷や汗をかいて黙り込んだヨレンタに、あなたは続けて語りかける。
彼女は顔を上げた。あなたは頷き、目を閉じる。
綺麗事だ。
ヨレンタは正直、そう思った。
思い出すのは、自分を逃がしたあの異端審問官。
__彼のおかげで、私は今、生きている。
今本当に必要なのは、その綺麗事だ。
ヨレンタは、藁にも縋る思いで頭を下げた。

【おまけ】
今回はバデーニさんです。
二枚とも自信作なので、良かったら!














編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!