1952年5月、日本の命運を決する総選挙は終わり、いま、民の手によって選ばれた政権が誕生しようとしていた。
絶海の前線・済州島で任務を全うしていた二人の英雄も、ついに帰還する。
――すべては、“自立”という国家の理念のもとに。
霞が関の選挙速報室に、夜を貫く開票作業のざわめきが続く。
全国各地から次々と届く票は、次第に一つの方向を示していた。
「民政自立党、予想を超える大躍進です!」
「自由党の保守分裂組も協調に転じ始めた模様!」
最終的な議席数は、民政自立党が単独では過半数に届かないものの、
自由党の穏健派や他少数の党と連携することで、議会内過半数を確保。
与党連立政権の中核として、民政自立党が日本の新たな舵取りを担うこととなった。
空奥深くから一筋の雲が降りてきた。
その銀色の飛行機は、"英雄達が旅立つ際に使った戦闘機"であるのは確かだ。
澄んだ初夏の空。
銀色の機体が羽田上空へと差し掛かる。
機内。
村上綾乃は、ヘッドホンをつけて音楽を聴いていた。
流れていたのは、日本語に翻訳された米国ジャズ、穏やかなサックスの音。
戦闘機で通信をしつつ曲が聴けるというのは平時の特権だろう。
言葉の意味を理解する前に、機体は急角度で左旋回し、ぐい、と身体が浮く。
続いて一気にバンクしながら背面飛行――機体が天地をひっくり返す。
再び、急降下からのスローロール。
機体は地上10メートルほどまで低空をかすめ、羽田の滑走路を這うように滑る。
地上の岸信介が、小さく笑って右手を高く掲げて振った。
その手に応えるように、東條は操縦桿を斜めに引き、銀の機体を太陽に向けて一回転させる。
だがその目には、怒りではなく、
どこか安堵のようなものが浮かんでいた。
機体はそのまま、静かに着陸体勢へと入る。
重力が戻るなか、東條はゆっくり息を整えつつ、ぽつりと呟く。
1952年5月20日、東京・羽田。
午後、零戦が着陸すると、そこに静かに整列していたのは、民政自立党の議員団と自衛隊儀仗兵。
報道陣は中には呼ばれておらず、迎えはあくまで控えめだった。
だが、東條と村上が地に足をつけたその瞬間、
隊列の奥に並んでいた若き自衛官たちが、一斉に敬礼を送る。
1952年5月21日。
歴史が静かに、しかし確実に動いた。
国会議事堂。
正面に掲げられた日章旗が、春の風に揺れる。
前日の開票を経て、民政自立党は単独過半数には届かぬものの、旧自由党の一部(岸派など)や中小中道政党と連携し、院内過半数を掌握。
この日、日本国民の手によって選ばれた“民による政治”の初内閣が、正式に指名・発足される
衆議院本会議場には、政党幹部、議員、報道陣、各国外交団などが見守る中、厳粛な空気が流れていた。
開票結果に基づく各党協議の末――
第52代内閣総理大臣には「岸信介」が指名され、天皇陛下からの形式的任命を以って、正式に“岸民政自由党内閣”が発足する。
衆議院議長:「それでは、岸信介君を、内閣総理大臣に指名いたします」
場内に、どよめきと、拍手が混ざる。
だが、東條真一の席は一つ奥にあった。
彼は国会議員ではなく、内閣直属政務情報調査室の特別顧問。
自身は“民に選ばれた者”ではないことを、彼は誰より自覚していた。
壇上に立った岸信介は、静かに演説を始めた。
その言葉は、過度な理想ではなく、敗戦から立ち上がる国家の現実的覚悟に満ちていた。
その後、余韻が引き落ち着き出した所にとある電報が届く。
部屋の中心に置かれたのは、旧式ながら改修されたリール式磁気テープ再生装置。
隣に並ぶのは、海自・陸自共同整備部隊が一晩かけて慎重に復元した黒く無骨な録音装置――護衛艦「しらつゆ」から引き上げられた“沈黙の証人”であった。
そうして再生される。
「……艦長、前方四十度、不明艦……接近中。艦旗確認、これは……」
「赤地、金の五芒星…八一…人民解放軍、海軍所属ですッ!」
「中国艦、機関銃斉射!明らかに敵対行動です!艦長!攻撃許可を!」
「…戦闘許可を取らねば。誤認だと国際問題になってしまう。一旦耐え…」
「射線、右舷に集中……やばい、来るぞッ!」
そうして機器が震える音、爆発音、船員の悲鳴が聞こえる。
「被弾! 艦首に被弾!! 浸水確認! 第三区画、閉鎖急げ!!」
「敵影、東北より小型艇多数……! 接近、速い! 朝鮮語、これは北だ! 北朝鮮の……っ!」
「包囲されてるッ! 四方八方に……うわあああっ――!」
ボンッ!!
ズガン――ッ!!!
爆発音が走り、断続的に金属が裂けるようなノイズが続く。
傷つくテープの様子も、これほどの音が起きるほどならわかる物だ。
人の叫び声が、遠ざかるように消えていった。
「……敵………艦隊、しら……たえ……」
最後には水の浸水する音、機器の壊れる音と共にテープが止まった。
中宮は、再生を止めた。
やや呼吸を整え、冷静に口を開いた。
東條は頷きながら、一枚だけ抜き取り、目を通す。
その最後には、こう記されていた。
《護衛艦「しらつゆ」失踪事件の真実は、"明確なる中国・朝鮮の敵対行為により爆沈。新防衛力の必要性が大きい》
次回、蒼い鷹のジェット。公安の力











編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!