第8話

#8 左遷と新党
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2025/07/05 12:38 更新
――1952年1月8日 東京・都内某所 非公開会議室。

冬の朝の冷たい空気がまだ残るなか、都内某所の一室に、軍服、背広、和装の者が次々と現れる。
そこにはすでに、岸信介の姿があった。背筋を伸ばし、穏やかな笑みをたたえながら、周囲を鋭く観察していた。

遅れて東條真一と村上綾乃、そして三浦誠が入室する。彼らは“国家の英雄”として迎えられたはずだったが、皮肉にも今や「地方異動」の辞令を受けたばかりだった。
東條真一
失礼いたします。遅くなりまして申し訳ありません。
岸信介
いや、大丈夫だよ。国家の英雄と言われる君たちに来てもらって、こちらこそ申し訳ないね
岸は穏やかに語りかけた。
東條は短く礼をし、村上はやや緊張気味に会釈した。
村上綾乃
岸さん、お呼び頂きありがとうございます。
よろしくお願いします。
岸信介
ああ、帝国海軍の救世主、最後の大将ラストジェネラル、と呼ばれ信頼される村上くんだな。頼もしいよ(笑)
今からこの話をぜひ聞いてほしい。
部屋の奥には、旧陸軍・旧海軍出身者、自由党を離れつつある中堅議員、学識者らが静かに並ぶ。
この日は、国家再建に向けた“新たな政党”の胎動の日であった。
岸信介は壇上に立ち、静かに口を開いた。


岸信介
戦後の混乱を収め、独立を勝ち取り、共産の脅威に抗したこの国に、今、真に国民のための政治が求められている。
しかし、自由党はすでにその力を失いつつある。
岸信介
我々はこれより、民意に根ざし、軍・民・官が一体となってこの国を築き直す、現実的かつ国民本位の政治を行える党として、"民政自立党"を結成する。
拍手はない。ただ、黙して耳を傾ける者たちの眼光は鋭く、それがすでに“覚悟”を伴っていることを意味していた。
岸は続けて、
岸信介
だが――忘れてはならぬ。これは“対立”のための結党ではない。
いずれ、自由党と向き合い、それを“救い”、新たな保守連合を形成することが我らの目的だ。
岸信介
自由党の老朽化した体制を超え、真にこの国を守れる新党を、民意とともに築く。
これは、将来の統合に向けた第一歩であると、ここに宣言する!
それに続き東條が立ち上がる。
東條真一
…私は、民のため、未来のためならば、血の最後の一滴まで身命を賭して日本国、我が国家を守り抜く。その為には追従ばかりではなく、自主性を持つべきである…と考えます。
村上綾乃
私も旧軍籍経験者として言わせていただきます。
現状の政治では、自衛隊員・また旧軍人の権利が蔑ろにされて居ると考えます。
三浦誠
今や吉田首相は、米国の圧力に屈し、政権内に意見する者を片端から遠ざけています。『Y項』などと市井で囁かれていること、皆さんも耳にされているでしょう。
岸信介
政治とは、本来“政(まつりごと)”です。人を追い出すものではなく、人を支えるもの。こんな自由党の時代は、ここで終わらせましょう。
そうして民政自立党宣言が行われた。
その後は共に語り合い、翌日まで続いたのだった…
――1952年1月10日・午前8時。
霞ヶ関、旧陸軍省跡地に設けられた仮設政務庁舎の一角。霜が降りたアスファルトの上に、数十名の見送り人が整列していた。

白い吐息のなか、二人の姿が姿を見せる。東條真一、村上綾乃。国家の英雄と謳われた二人は、黒の厚手のコートを纏い、無言のまま庁舎から姿を現した。
待ち構えていたのは、岸信介、新設政党の若手議員、そして元自由党の数名。さらには軍服姿の若い自衛隊員たちが列を成していた。だが、彼らの顔に浮かぶのは歓送の笑顔ではない。憤りと、無言の怒り、そして不安だった。
岸信介
…ここまでとは、なぁ…
日本航空から借りた米軍から買い下ろしたチャーター機。
それを英雄に副操縦士をさせる。日本は早くも危ういな。
東條真一
…まぁ、栄転の名を借りた左遷。わかっていたことだ。
しかし航空機運航なんて何年振りか分かったもんじゃない。
村上綾乃
…ほんと、東條は万能だね。
三浦誠
本当にな。銃器の開発者にも医者にもなれそうだな(笑)
東條真一
まぁ、日米ソ英の輸送機に戦闘機、小型舟艇の操縦や戦車の操作くらいなら出来るぞ。
岸信介
その内容だと"くらい"とは言えないな。
こんな軍、又は国家の指導者になりうる人を左遷するのはおかしい。
三浦誠
さぁ。2人とも頑張ってきてくれ。俺が日本本土に目を光らせておく。何かあれば今は出てるが中宮経由で伝える。
東條真一
ああ、頼んだ。じゃあ、行ってくるよ。
そうして輸送機に乗り込もうとする。すると
吉田首相
すまない、遅くなった。
君たち英雄の指導力で、新たな地域の安定を頼む。
チャーター機はすでに高度1万フィートを超えていた。
エンジンの低いうなりが機内に満ち、前方に座る副操縦士の東條は計器に目を走らせながら、時折窓の外を見た。

村上はそのすぐ後ろの座席で、じっと前を睨んでいた。
村上綾乃
… 民間機で政務官が飛ぶってどうなのよ……しかも自分で操縦して。
私たちは、使い捨ての英雄ですか。吉田さんは、口先だけで全部済むと思ってる
東條真一
……あの人の言葉で、兵は動かんさ
「いってらっしゃーい」
と、さまざまな人たちが見送る中、吉田首相の車は足早に去っていった。
何とも悲しく、また、国家の上層部なのかと2人は思いつつ旅に出る。
そして13時頃、福岡米軍飛行場(後の福岡空港)に着陸。

だが、予定されていた済州行きの民間船は、避難民の輸送で定員オーバーとなり、搭乗が不可能であると告げられた。代案として出されたのは、かつての日本陸軍の遺産である二人乗りの旧式戦闘機――零戦の改修型機であった。訓練・観測用途に転用されていたもので、整備状態も良好だった。
東條真一
よもや、民間船の席すら取らないとは…
呆れるよな。
村上綾乃
一応左遷だとして、流石に行き帰りの保証はしてほしいものね…
東條真一
…そしたら俺が操縦して保証しようかね。
2人乗りの零戦の操縦は…45年のソ連国境突破の詳細連絡のためにハルビンから京城、名古屋、東京…
今回は福岡から済州…敵地がさらに近い。撃墜されないようにしなければ…
そうして降りた2人の目の前には、銀色塗装に少し形の変わったエンジンに+-3度の暖冷房対応のエアコンディショナーに脱出装置さらに短長波ラジオに脱出装置…
日本製のアメリカ戦闘機とも言える快適仕様に変わりきっていた。
村上綾乃
冷房が効く零戦なんて、聞いたことないね。下手したら普通にさっきの飛行機よりも快適かも。
東條真一
ああ。エンジンの回り具合を見る限り、操作性変わらず速力も上がってそうだな。
その後、離陸後空を飛びつつ、米軍搭載のラジオを聴きつつ束の間の遊覧飛行を楽しんでいた。
村上綾乃
…私達は左遷されてこのままなのかな?
東條真一
…俺らがここで終わると思うか?新党もあるし自衛隊の予備役。
また俺らは一旦隠れて力を蓄えることだな。
村上綾乃
…そうだね!
お!済州島が下に見えてきたね!
東條真一
よし。急旋回で降りるぞ。しっかり掴まれよ。
そうして到着するまでのラジオからは行進曲『星条旗よ永遠なれ』が流れていた。
そうして着陸するためにフラップを開く、降着脚を出す。出力を絞る。
そうして民は手持ちの日の丸を振りながら歓迎していた。
次回、民共の狭間の日本

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