――1952年1月8日 東京・都内某所 非公開会議室。
冬の朝の冷たい空気がまだ残るなか、都内某所の一室に、軍服、背広、和装の者が次々と現れる。
そこにはすでに、岸信介の姿があった。背筋を伸ばし、穏やかな笑みをたたえながら、周囲を鋭く観察していた。
遅れて東條真一と村上綾乃、そして三浦誠が入室する。彼らは“国家の英雄”として迎えられたはずだったが、皮肉にも今や「地方異動」の辞令を受けたばかりだった。
岸は穏やかに語りかけた。
東條は短く礼をし、村上はやや緊張気味に会釈した。
部屋の奥には、旧陸軍・旧海軍出身者、自由党を離れつつある中堅議員、学識者らが静かに並ぶ。
この日は、国家再建に向けた“新たな政党”の胎動の日であった。
岸信介は壇上に立ち、静かに口を開いた。
拍手はない。ただ、黙して耳を傾ける者たちの眼光は鋭く、それがすでに“覚悟”を伴っていることを意味していた。
岸は続けて、
それに続き東條が立ち上がる。
そうして民政自立党宣言が行われた。
その後は共に語り合い、翌日まで続いたのだった…
――1952年1月10日・午前8時。
霞ヶ関、旧陸軍省跡地に設けられた仮設政務庁舎の一角。霜が降りたアスファルトの上に、数十名の見送り人が整列していた。
白い吐息のなか、二人の姿が姿を見せる。東條真一、村上綾乃。国家の英雄と謳われた二人は、黒の厚手のコートを纏い、無言のまま庁舎から姿を現した。
待ち構えていたのは、岸信介、新設政党の若手議員、そして元自由党の数名。さらには軍服姿の若い自衛隊員たちが列を成していた。だが、彼らの顔に浮かぶのは歓送の笑顔ではない。憤りと、無言の怒り、そして不安だった。
そうして輸送機に乗り込もうとする。すると
チャーター機はすでに高度1万フィートを超えていた。
エンジンの低いうなりが機内に満ち、前方に座る副操縦士の東條は計器に目を走らせながら、時折窓の外を見た。
村上はそのすぐ後ろの座席で、じっと前を睨んでいた。
「いってらっしゃーい」
と、さまざまな人たちが見送る中、吉田首相の車は足早に去っていった。
何とも悲しく、また、国家の上層部なのかと2人は思いつつ旅に出る。
そして13時頃、福岡米軍飛行場(後の福岡空港)に着陸。
だが、予定されていた済州行きの民間船は、避難民の輸送で定員オーバーとなり、搭乗が不可能であると告げられた。代案として出されたのは、かつての日本陸軍の遺産である二人乗りの旧式戦闘機――零戦の改修型機であった。訓練・観測用途に転用されていたもので、整備状態も良好だった。
そうして降りた2人の目の前には、銀色塗装に少し形の変わったエンジンに+-3度の暖冷房対応のエアコンディショナーに脱出装置さらに短長波ラジオに脱出装置…
日本製のアメリカ戦闘機とも言える快適仕様に変わりきっていた。
その後、離陸後空を飛びつつ、米軍搭載のラジオを聴きつつ束の間の遊覧飛行を楽しんでいた。
そうして到着するまでのラジオからは行進曲『星条旗よ永遠なれ』が流れていた。
そうして着陸するためにフラップを開く、降着脚を出す。出力を絞る。
そうして民は手持ちの日の丸を振りながら歓迎していた。
次回、民共の狭間の日本











編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。