長閑な昼過ぎ。
昼食をとった後、温かいココアを飲みながら事務所で報告書を書いていると、『大変です!』とインカムから音がした。
何事かと思い、インカムをオンにしては情報を聞くように用意した。
耳を澄ますと、雑音に混じりつつ事件の情報が聞こえてきた。
簡潔に纏めると内容はこうだ。
市内にある修道院に住んでいる2年次の女生徒が真っ青になって布団の上で倒れていたらしい。
首に針を刺したような傷が二箇所あるとのこと。
現場は別にそんなに離れている場所ではないし、報告書は、本日提出ではないからデスクの上に置いて、僕はすぐに現場に急行した。
規制線を潜る。
現場には既に何人もの警官と、ヴァンパイアハンターがいた。
白い鑑識用の手袋をしながらそう声をかけると、青い服を着た男たち複数名が僕を見ては敬礼をした。
元気がいいのか、何故そんな声が腹から出せるのかは知らないが、辺りにこだまするような声でそう言われる。
前に五月蝿いから声を小さくしてと言われたけど、改善されたことがなかったのでもう、無視することにしたのはここ最近。
黒いマントを靡かせながらそう尋ねると、わんこのようにこちらを見てソワソワしていた彼らが一気に仕事モードへと切り替わった。
犬のように僕に媚を売ってくるような奴らだが、しっかりと仕事だけはしているので何もいえない。
はぁと溜息をつくと、空気が凍りつく。
仕方ないだろう、この場で最高上官である僕が溜息をついたのだから。
アカツキのヴァンパイア。
定期的に街に訪れてはまだ若い女だけを狙って血を吸うヴァンパイア。
歯形の大きさや牙の長さからして成人はしていないように見える。
…が、その正体はまだ掴めていない。
その声と共に、部隊の人々は点でバラバラに各方向へと向かっていった。
…僕も、用意をしないとな。
日中とは打って変わって秋の冷たい風が頬に刺さる真夜中。
時間は先ほど日付を跨いだところといったところ。
晩秋を知らせるこの冷たさは僕の胸にそっと溶け込むようであった。
周囲には歩くたびに鳴り響く革靴の音だけがこだましていた。
街が闇夜に沈んだ頃、僕はいつもと変わらない足取りで地下に潜る。
下水道のような暗く小汚い場所を進む。
そこをしばらく進んでいくと、突き当たりには、街の外観と同じアンティーク調の大きな扉が現れた。
慣れたように軋む大きな扉を開けて中に入る。
人の居ない、蝋燭の火しか灯っていないくらい暗い部屋に置いてあるプリントを手に取る。
これが、今日の仕事だ。
【亥の月が終えるまでに濃緋の森にある洋館に住う蝙蝠に薔薇の花を】
明朝体で書かれたプリントを見つめる。
誰が、いつ書いているかはわからないこの紙。
しかし、これが仕事だ。
僕らは様々な方法で組織に買われ、顔も見たことの無い上層部から定期的に降る命令を遂行する為だけの存在。
仕事を無事遂行すれば報酬として多額の財や物資が貰える。
ただ、組織を裏切るような犯行や、任務を遂行できなかったらその時点で抹消される。
つまり、ただ任務を遂行すればいいだけ。
そこに自我は要らない。
無意識のうちに見覚えのある任務先の名前を呟く。
濃緋の森。
そこには長きに渡り人間と対立している忌々しきヴァンパイア共が巣作っていると大昔から言われている場所。
人々はヴァンパイアの箱庭とも呼んだ。
一度森に入れば先の見えない感覚に陥りまるで帰り道を塞がれたかのように感じては、どんな人でも二度と戻ることはできない。
夏の真っ昼間でも太陽を見せないと言われている深い深い森。
入って帰ってきた人はいない、死体を回収しにいった人ですら帰ってこない。
ミイラ取りがミイラになるとはこの事のようだ。
僕は今からそんな場所に行かなければならない。
これは今まで働いてきた僕を見限る為か。
はたまた、地位を上げてきた僕にしかできない仕事だからか。
本音を言うと、僕は死にたがりでは無いので今すぐにでも仕事をほっぽり出して逃げたいが先程も言ったとおり組織は僕を逃してはくれない。
地底の底でも追いかけては僕を殺しにかかるだろう。
…それにもう僕には何も残っていない。
愛する人も、親愛なる両親も、血の繋がった兄弟も、同期の人間だったものたちも皆、もう僕の元にはいない。
同期達は殉職した。
いつの間にか、僕は1人だけになっていた。
他の者たちはヴァンパイアに殺された…と、言われている。
が実際は死体が上がっていない。
本当に全部全部ヴァンパイア共の腹に入ったのか、はたまた上層部が僕を忠実な犬にする為に殺したか…。
それは定かでは無い。
でもどちらにしても何もない僕だからこそできる仕事なのかもしれない。
命をかける事ですら容易いのだ。
皆の元に逝ける…と言うこともあるが、実際は結局こうやって組織の犬と化している自分が醜いと感じているからだろう。
そう考えていると思わず笑いが込み上げてくる。
頑張って笑いを噛み殺しては、手に持っていた任務の書かれている紙を側にあった蝋燭で燃やす。
これはここの鉄則だ。
証拠を消し、足跡を残さず、市民の為にヴァンパイアを殺す。
それが、僕の仕事だ。
誇り高き、警部…否、ヴァンパイアハンターの仕事だ。
僕がこの街に来てはや数年。
日中はヴァンパイアハンターで鍛えた察知能力と身体能力、銃刀の技術でこの街の治安を守ってきた誇り高き警部。
ただでさえ、濃緋の森に程近いこと場所は人々も不安が培っているせいか、治安が悪い。
そんな街の治安が良くなってきたのはここ数年。
…つまり、僕がこの街に配属されてからなのだ。
様々な安易な事件から難解な事件までを解決してきたことにより培ってきた信頼。
お陰で夜、こうやって動き回っても何も知らない市民に怪しまれやしない。
凄く助かるところではある。
さて、仕事を始めよう。
室内に置いてあった赤い赤いカラーコンタクトをつける。
ヴァンパイアは赤い目をしているから人間だと疑われないようにする為に。
そして、一緒に置いてあった仮面を手に取る。
トランプカードのジョーカーのような柄をした仮面は、身元がバレないようにする為らしい。
ヴァンパイア貴族は人間の貴族同様仮面を被って正体を隠すことが多い。
そんなところが変に人間に似ていて気味が悪い。
ヴァンパイアが人間を真似したのか、それとも人間が穢らわしいヴァンパイアの真似したのか…。
まぁ、そんなのはどうでもいいさ。
結局、最後に笑うのは人間である我らなのだから。
徹底的な用意を終え、僕は身を隠すかのようにコートを羽織っては、帽子を深く被る。
そして、忌々しきヴァンパイアの住処である濃緋の森に足を向けた。
街から暫く歩くと、見えてきたのは深い深い森。
ここにヴァンパイア共が暮らす館があるらしい。
草木を討伐用で持ってきた自慢の刀で叩き切りながら進む。
森の中は月明かり一つ通さないから噂通り真っ暗だ。
まぁ、僕にはあまり関係ないけど。
足が痛くなるほど歩き進めると、急に視界が開け、夜空がみえる場所に出た。
空を見上げると流血のように真っ赤な月がこちらに顔を出している。
遠くには資料に書かれていたような黒い洋館があった。
あれが、奴等の巣か。
月を見上げるのをやめては洋館へ向かって歩く。
そこまで遠いわけではなかったので、すぐに洋館の入り口である門の前へ辿り着いた。
さて…どうやって入ろうか…飛び越えられない高さでは無いが、そんなに安易に入れる場所では無いだろうし…。
そう考えていると、突然、背後から強い殺気を感じた。
腰に付けていた鞘から刀を取り出し、殺気のする方へ向けると、激しく金属が触れ合う音がした。
幼く、鈴のようにコロコロとした幼女の声がする。
この刃を向けている彼女から発せられている声だと理解するのは容易い事だった
刀を交えた反動か、距離を取るためか。
勢いよく後ろへ下がった彼女はくるっと宙で蝶のように舞っては、体制を整え直す。
余裕ぶった表情でふわりと地に足を着けては、ご丁寧に身につけていたドレスの裾を叩く。
月明かりに照らされる彼女の仮面は、僕が身につけているものとよく似たものだった。
間違いない、此奴はヴァンパイアだ。
緊迫感のある雰囲気を和ませる為に、話しながら、手に取っていた刀を鞘に収める。
ぴたりと動きを止めては体勢を整える。
適当な嘘をついては、笑みを浮かべながら少しだけヴァンパイアと距離を取る。
本当なら今ここで、すぐにぶち殺してやりたいが、ここは奴等の箱庭。
このヴァンパイア一匹を殺したらすぐに他の奴らが駆け付けては僕を殺しにかかるだろう。
そうすれば今までここに送られてきた人達同様、二度と帰らぬ人となる。
死ぬのだとしてもまだ死ぬには早い。
最大限に僕ができることをしてから死んでやる。
これは、情報戦。
これは冷静になっていたもの勝ちの勝負。
例え相手が人間を喰らう恐ろしいヴァンパイアだとしても騙し切った方が勝者なのだ。
暫く沈黙していると、相手も安心したかのように戦闘体制を崩した。
オドオドしながらそう言う彼女は仮面越しからでもわかるくらい震えていた。
手袋を整えるながら少しだけ近づく
いつも思うが、何故こんなにも嘘が得意なのだろうか
全く、咄嗟の嘘が得意すぎて我ながら驚愕だ。
因みにだが、西には既にヴァンパイアはいない。
10月の31日にここで集っている情報を手に入れたのは上層部から直々に教えられた情報屋のお陰。
金を積んででも届かない、誰しもが喉から手が出るほど欲しい貴重な情報だ。
正直上層部に気に入られていなければ、上層部御用達の情報屋と仲良くなることもなかったし、警部として何よりも強い市民からの信頼を勝ち取れるほどうまく立ち回れていなかっただろう。
そいつに教えてもらったのだ。
ヴァンパイアは用心深い、人と一番近く一番敵対している高尚なる存在なのだ…と。
人はこの集いのことをヴァンパイア集会と呼ぶのだと。
そして、西側出身のヴァンパイアは爵位が高いと。
西という言葉に明らかに反応する彼女は仮面の下からからちらちらと見える双眼を爛々と光らせては僕に駆け寄ってくる。
歳が若いのか、成人したヴァンパイアにはあり得ない程の無邪気さが残っていた。
なんにでも興味を持っては好み、壊してしまうようなそんな無邪気な目。
恐ろしく、内臓の底から震えるような、そんな目。
思わず身震いをした。
…と、同時に大きな高揚感に包まれた。
こいつを殺せば、どれだけ心地よいのだろうか…と。
ヴァンパイアハンターとしての血が騒いだ。
膨大な高揚感はあるところを超えると殺気に変わる。
その為、一度内心を落ち着けてから、会話に違和感が生まれないように話をする。
月空の亡国。
そこはヴァンパイア共の中央都市と言われるようなところである。
廃退し、人はおらず、正気を感じないずっと暗い場所。
まさに墓場と呼ぶに相応しいような場所だ。
だが、そんな墓場出身だというレッテルはヴァンパイアには素晴らしきことらしい。
全くもって理解が出来ない。
きゃっきゃとテンション高く彼女はそう言う。
因みに隠すために着ていたコートは人間の服である為、とうの昔に森に捨ててきた。
だから、隠していた赤と黒のゴシック服を曝け出している。
勿論、これは上層部からの贈り物だ。
軽いくせに体温調節がしっかりとできる優れもの。
そのくせ、簡単には傷が付かない。
こんな物を気に入らないわけがない。
そういえば自己紹介をしていなかったっけ?
顔を隠していた仮面を取る。
そう言ってはふわりと笑って見せた。
そう言っては声を仮面の上から手で覆い隠すような仕草をする。
あぁなんて馬鹿らしいんだ。
忌々しいヴァンパイアの癖にまるで、人間みたいじゃないか。
なぁんて、悪態をつくがバレないように笑みを浮かべておく。
ここでバレちゃあ、仕方ないもんな。
変わらず気色悪い笑みを浮かべる。
幼子をあやすような柔らかい声でそう言う。
吐息、声質、態度、格好。
全てを偽り、本物の僕を見せない。
今はブレイド=モアナマ14世を演じ切るんだ。
そして、此奴から取れる情報を、全て奪い取ってやる。
悲しそうにそう言いながら彼女は仮面を外す。
絹のような髪の毛。
上質な布のような肌。
そして、ヴァンパイアのせいで染まってしまった月よりも赤い赤い色の瞳。
まるで彫刻だ。
にっこりと笑うその顔からは幼さを感じた。
…そして、それと同時に先程の血が騒ぐような高揚感とは別の胸の高鳴りに気付く。
顔に熱が宿るような、呼吸がうまくできなくなるような。
そう、例えるのであれば恋のような。
あり得ない。
僕が心に決めていたのは、たった1人だった筈なのに。
遥か昔、西にいるときに死して失った愛しい婚約者だけなのに。
でも、でも…。
それなら、なぜこんなにも胸が痛むのだろうか。
僕は、この小娘を、
彼女を殺したかもしれない忌々しきヴァンパイアの一種を
好いて、しまったのか…?
fin 第1話 『忌々しきヴァンパイア』
…以上で第1話を終了とさせて頂きます。
新年一発目の作品でした。
本当は四神パロorトランプパロで書きたかったんですが、そういえばヴァ集パロが少ないなって思いまして。
そう思っていたのが去年の10月。
その直後くらいにヴァ集で投稿された『リ・ユーク』
聞いた途端思ったんです。
『これは書かないといけない(使命感)』と。
ってことで書きます。
面白くないかもしれないし、途中で飽きてしまうかもしれないし、書きたくなさすぎて逃亡するかもですが
最終回まで暖かく、気長にお付き合いくれると嬉しいです。
あと、アンケートを失礼します。
アンケート
この話の面白さは何%?
0〜20(書かん方がええよ。)
0%
20〜40(今後次第かな。)
6%
40〜60(すでにそこそこ面白い。)
6%
60〜80(次回が楽しみ!)
21%
80〜100(早く書いて!!)
60%
答えられるわけねぇ!(💬で言うわ!)
6%
投票数: 220票
モチベーションに直接繋がるので早いですが投票の方お願いします。
又、今回は本文だけで6000字と長かったのですが、次からは1500〜くらいの字数になります。
予めご了承ください。
…以上。
追記 1/8に変更点がございましたので更新しました。
今回より、💡のお名前呼びをさせて頂きます…!
♡⇨10
⭐︎⇨20
💬⇨5
(我儘ですみません…泣)
next⇨














編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!