涼やかな風に たくさんの草木が揺れ、
石畳の道や 木造のしっかりした趣のある建築
ここは 東京都立 呪術高等専門学校
日本に 二校しかない呪術教育機関の一校である
(表向きには私立の宗教系学校とされている)
多くの呪術師が卒業後もココを起点に活動しており
教育のみならず任務の斡旋・サポートもおこなっている
呪術会の要らしい
手を透かして 雲の少ない青空をみると
午後の太陽が照りつけるような光に思わず目を細めた
緑の多いこの場所は、想像していた“東京”よりも
空気が澄んでいる気がする
どうやら呪術師にも治癒能力を持つ者がいるらしい
今後 俺たちも世話になるだろうな…などと考えながら
五条の背中を追っていく
坂の地面に埋まった木の階段を上がりつつ
辺りを見回していると サラサラと水の流れも聞こえる
今日から二人の少年少女は ここで呪術を学ぶ
隣で草を眺めながら歩いている桔梗をチラ、と盗み見て
当たり前のように並んでくれることに安心したのは
虎杖だけの秘密だ
呪術を扱う学校長、いったい どんな人なのだろうか
やがて開けた土地に出た
もしや前のデカい建物が学長室……いや、学長館?
厚い門に閉ざされた 白が基調の建物だ
予想外のことを言う左隣の五条先生を見、
それに真顔で返事した右隣の桔梗を見やる 首が忙しい
ここにきて別行動を取らされるとは思ってもみなかった
だが 面接のようなものだ
たしかに一対一でおこなうのが高専の普通なのだろう
質疑応答の内容がバレてしまうからだろうか
“気張る” あまり聞いたことはない言葉だ
どこか五条の出身地にある方弁なのだろうか
そんなことより問題は 虎杖だ
“宿儺の器”という肩書きを塗られてしまった以上、
呪術高専をはじかれてしまえば それは死を意味している
なにがなんでも彼を合格させなければならない
思わず冷や汗が流れた
そのとき
「なんだ 貴様が頭ではないのか」
ふと、五条の耳が 虎杖のものでも桔梗のものでもない
地を這うように低い声を拾った
思わず立ち止まって 何気なく右の方向を見ると、
虎杖の左頬が斜めに裂け 口が現れていた
虎杖に受肉した両面宿儺だ
当の虎杖は 痛がる様子も慌てることもなく
バチッ、と自身の頬を叩き 出てきた口を塞いだ
とたんに静寂が訪れる
実は今朝も 仙台駅へ赴く際、
同じように頬を裂き出現した宿儺に話しかけられ
しばらく誰が呼んでいるのか全く分からず、
見つけた瞬間 お互いに声を殺しながら叫んだのである
走る自動車の仕組みについて聞かれた
叩かれる前に一度 引っ込んだであろう宿儺の口は
今度は押さえた左手の甲から現れる
尖った白い歯、紋様の浮かびあがる舌を閉じこめた口角を
歪め上がらせて 言葉を紡いだ
対する五条は もう宿儺のほうを見ず、綺麗に笑う
目隠しをしているため 表情こそわからないが
どこか楽しそうな雰囲気が伝わってくる
黙らせるために ペしっ、と叩きつければ
また新たに 押さえた右手の甲から再び口が現れた
唐突だったため
一瞬 誰を指しているのか分からなかった
だが 今この場にいる女性はただ一人 桔梗しかいない
呆れたように肩をすくめて
宿儺からの視線を受け流そうとしているが、
だろうけど、と続けようとした桔梗の言葉は
ドゴッ、という大きな音に遮られた
虎杖が右手の甲、もとい宿儺の口に拳を振り下ろしたのだ
手が赤くなり ジンジンと痛む
それよりも今 宿儺が言ったことが我慢ならなかった
もし 宿儺を制御できなかったら、一番に桔梗の身が危うい
あの日から覚悟していたつもりだったが
改めて眼前に突きつけられた
そんなことになったら 俺は自分を一生 赦さない
ただ宿儺を見下ろす自身の眼が 燃えていくのがわかる
喉が震えて 自然と声も低くなる
ニヤリ、と宿儺の口の端が歪み 笑みを浮かべた
完全に もてあそんでいるのだ
人間の感情を 精神を
虎杖の身体に刻まれた記憶を共有し、
どんな事象が 何より彼の神経を逆なでるかを試している
宿儺への嫌悪に満たされた虎杖が 再び口を開いた瞬間
裂かれた皮膚が桔梗の手に覆われた
諭すように もう宿儺の口の引っこんだ手の甲を
優しく撫ぜる桔梗の白い指
熱をもっている肌に低い温度が心地良い
自然と 怒りで血の上っていた頭が冷えていく
優しい瞳の色に包まれて 速まった心臓の鼓動が緩くなる
不貞腐れたように呟けば、桔梗は眉を下げて笑った
たぶん 俺は嫉妬してる このモヤモヤには覚えがあった
何か重いものが呼吸気管を塞いでいるような嫌悪感
桔梗が俺の姿を映していないときに よく起こる疎外感
きっと ただ寂しいんだ
アイツじゃなくて もっと自分のほうを見てほしい
いつもの優しい、春の森の色を映した眼差しで
この思考まで読み取られていると思うと無性に腹が立つ
心の中で小さく宿儺に向けて悪態をついてやった
頭を左右に勢いよく振って
こんがらがる考えを吹き飛ばすことにした
なんとか気持ちを切り替える
もう宿儺の影もない手の甲を撫でられながら
二人して五条のほうを見やる
黙って三人(?)の様子を眺めていた五条は
虎杖の頬、宿儺が出ていた場所をむにむにと触りながら
両面宿儺に関する説明を始めた
桔梗は驚いた 目を軽く見開いてしまうくらいには。
宿儺は人間、呪術師として
この世を生きていた時代が存在していたのだ
けれど疑問もある
腕が四本 顔が二つの “常識ではあり得ない”人間を、
世間はちゃんと“人間”と認識したのだろうか
おそらく答えは “否”
千年前といえば 平安時代あたり
妖が 京の都をねり歩く百鬼夜行などが有名だ
あれも呪霊の一種なのだろうか
そしてやはり宿儺は
“実在した仮想の鬼神”両面宿儺として
“世間の敵”として 捉えられ 戦いを強制されてしまった
“両面宿儺”という名は 彼を恐れた人間が
畏怖の念を込めて呼んだものであって本名ではない
ほんとうは違う名前だったのかもしれないな
そう思うと 深くは、憎みきれなくなってしまう自分を
桔梗はひどく嫌いになりそうだった
虎杖を理不尽な死刑にした張本人(霊?)なのに
死してなお 呪物になって孤独に生き続けている宿儺を
かわいそうだ、と思ってしまう自分がいた
話を聞く限り、両面宿儺は元々 生きた最強の術師であり
今となっては最恐の呪霊となっている
【 呪いの王 】
それでも生き物であったならば いつか死は訪れる
大きな力に呑まれたのか それとも 時間に身を委ねたのか
宿儺が呪物になった理由は? 条件は?
彼の周りにはどんな人間がいた? 孤独だった?
情報に何かヒントが隠されていても おかしくはない
呪術界における歴史の書物を読みあさる価値はあるな…
桔梗は歩きながら 顎に手をあて 考えていると
向こうの校舎を指差す五条にポン、と肩を叩かれた
頷くと 遠慮がちに服を掴まれ くん、と引かれた
振り返ると やっぱりそこには虎杖がいて
蜂蜜色の瞳を揺らめかせ こちらを見上げている
小さい声で名を呼ばれた
やはり不安なのだろう
仕方のない 当たり前のことである
知らない場所で 生死の運命を決められてしまうのだ
もし不合格などと言われてしまえば
虎杖と桔梗は もう二度と会えなくなってしまう
そんなの桔梗だって嫌なのである
それはそうとして
虎杖に そんな泣きそうな顔をされてしまっては
何かしてやりたい気持ちに襲われる
桔梗が ずっと前から この表情に弱いことを
彼は知っているのだろうか
思わず ふ、と息をつくと
ため息だと勘違いしたのか虎杖は俯いてしまった
ああ、もう ズルいよ
そう言った途端 顔を上げて 彼の表情が ぱっ、と華やいだ
向き合って 軽く膝を曲げて目線を合わせると
きり、と姿勢を引き締めた虎杖が かわいく思えてしまって
無意識に甘やかしている自覚がない、というわけではない
面接官になりきって よくあるような質問を投げかける
虎杖にとっては造作もない質問だったので
バッ、と手を挙げながら満面の笑みで答えてやった
あの日の土埃も 歓声も 昨日のことのように覚えている
互いに全力で 逃げ場も遠慮もなくて
初めて 息が荒くなった 負けちまうかも、と思った
結局 同着だった あんなに本気を出して 同着
心から“楽しい”と思えた日 忘れもしない____
そんな虎杖の心情もつゆ知らず、
食い気味に即答されたことで驚きながらも
桔梗は自身の浮かべている笑みが深くなった気がした
誰だって 思い出に自分の名を出されたら嬉しいだろう
面談には最後まで使われないかもしれないけれど
安心させてあげたい、 ただ それだけ
彼女の笑顔を見ていると
なんでも どんなことでも上手くいく気がしてきて
パシンッ、と互いの手を叩き合わせる音が響いた
俺らなりの激励である
ーーーーー
そのまま桔梗は手を振りつつ駆けて行ってしまった
姿が見えなくなると虎杖も手を下ろし
しばらく彼女がいた方向をじっ、と見つめていた
からかいの意が含まれた五条の声色を察知したのか
少し照れ気味な虎杖の顔は赤い
初々しいねえ からかい甲斐がある、なんて
嬉しそうに思いながら歩みを進める
学長室の重い扉を開けて虎杖を招き入れながら
問いについて少しだけ思案する
先日 肩慣らしに戦った指一本分の宿儺が
あの強さだったから アレの二十倍なら、と考えると
不思議そうな顔を向けられた
自分で最強って言ってたのに?とでも言いたそうで
言っちゃ悪いけど ちょっとだけマヌケな表情
それでも腹が立たないのは 僕が大人だからかな
何気なく問われた
大丈夫だよ
教え子の卒業を見守るまで死ぬつもりはない
大丈夫、ちゃんと助けてあげるよ悠仁
まだまだ 立派な子どもだもんね 恵も あなたも
たとえ世界が 混沌に堕ちてしまったとしても
この“最強”がいるんだ













編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。