前の話
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AM 4:28
ラボからの眺めの良い東の空から、プラチナのように白く眩しい太陽が、朝を告げる鶏鳴と共に山々の輪郭を縁取った。
その眺めの良い窓枠の中に、ネギ________ではなく、白色の生え際から毛先にかけて深まる緑色の独特な髪が写り込み、その近くからひずみがかった若い声が聞こえる。
石神千空、"まだ"16歳。
西暦5740年、1月4日。
____石の日。
まさに今日は彼の誕生日である。
手元にあるクラフトの設計図は描き終わっている。
普通なら1度休むべきところだが、彼はそうはいかない。
彼はれっきとした科学中毒者であり、この世の凡ゆる科学の知識を持つ叡智の神に等しい存在。とてもとは言わないが尋常でないオーバーワークと心配になる程不健康な生活をしている。
だがそれ故に、周りの者からの信頼も厚く、仲間に恵まれ、心温まる毎日を送っている。彼の努力の賜物だ。
……だが彼も所詮は人間。
おまけに体力、武力はミジンコのレベル。
そんな彼が徹夜続きの食欲不振で疲れないわけが無いのだ。
無造作に目の前に置いてあるビーカーの底をぼんやりと眺めると、青白く死人のような顔に紫掛かって乾燥した唇、日光の不足でハリが無くなり荒れている肌、焦げ茶色にたるんだクマが、7日間の徹夜疲れを顔に現している。部屋の白いLEDの照明が、青白い不健康な肌を強調していた。
気づけば、机に突っ伏して何もしたくない気分になっていた。
ふと7日間のことを思い出してみると…
ある日は無性にイライラしては視界が白飛びし、
部屋の中が冷え込み震える日もあれば、
ゲンに防寒と言われ無理やり渡された羽織りを背もたれに掛けっぱなしだった。
当然、座った体勢のままから動こうとすれば、筋力も落ちていて、
全身の関節が悲鳴を上げては足元がふらつくこともあり…
ドテッガツンッ
寝ようと思い、立つと壁に頭をぶつけ、
食欲不振で栄養不足になり、注意散漫で集中力も低下したせいで食べ物と間違って筆を食べようとした日もあり…
足を棚にぶつけて物が散乱したり…。
ガシャンッパリンッドーン
はて、合理的とは?と思った。
集中力は低下しやる気も出ず、注意力が無くなりミスも増え、効率が明らかに下がっていた。
そういえばあの日、
ゲン「千空ちゃん最近ずっとラボに篭りっきりじゃない?段々寒くなってきたし体調ちゃんと気を付けてね〜」
誰がどう見ても自業自得。
新しい薬の調合にテンションブチ上げで朝から朝までラボに篭っていた7日前の自分を殴りたい気分だ。
そんなこんなしていると急激に睡魔が襲ってきた。
7日振りの睡眠は最高に心地よいことだろう。
睡眠と言うよりは気絶に近かったが、彼は久々に仕事から解放され安眠できたのだった。
PM 15:49
ドンドン、と扉を叩く音が聞こえる。
『おい千空!暖かい格好をして出てきてくれ!』
自身に呼びかける声は、力強く聞きなれた声。
大樹だ。
普段の切れのある声と違い、眠気に取り残されたままのおぼつかない声で返す。
と思っていると脳筋のデカブツがラボの扉を押し破って入ってきた。頼むから扉ブチ壊して来るのは止めろ。
なんか物ぶっ壊したか?修理の仕事なんて死ぬ程やってきたから今更なんとでもなるが…
in広場
村の中を見渡す。
中心に、まだクリスマスが名残惜しいと言うように柊木が立っている。
1月ということもあり、ふわりと優しく雪が降り積もっている。時折雪解け水が頭に降ってくる。
人々が集まり、談笑する。重たい瞼を擦りながら深呼吸する。自身の吐息が白く広がり、人々の喧騒の中に溶けて消えてゆく。
これが、
俺が0から作った、科学王国。
我ながらなかなか良い国が創れていると思う。
自分自身が何に感慨深く感じているのかは解らないが、確かに俺の居場所は此処だと感じられる。暫くラボに篭りっきりだったからか、精神的にも参ってしまっていたのかもしれない。日常の中に溶け込んでいた友の声や子供たちの声に、とても心が温まった。
それから数分間、目を瞑った儘の俺がデカブツのゴツイ肩に手を乗せて電車ごっこしながら広場の中央に向かうという恐ろしい絵面が爆誕した。周りからくすくすと女達の笑い声が聞こえていたのは言うまでもない。
コハクはくすくす、と笑いながら俺の方を見る。
そろそろ周りの視線がむず痒い。いつまでこうしているつもりだろうか。
目を開けて見えたのは扉。
ここは確か…ゲンの家…?
思い切って扉を開く。
『千空!/千空ちゃん!!お誕生日おめでとう!!』
にこ、と微笑みながはそう言って背後から抱き締めようとして、というか最早抱き締めながら羽織りを着せてきた。
俺が冬の寒さに敏感な事に気づいているのか、裏地が薄い起毛の生地になっている。さすがメンタリスト、人の観察はお手の物ってワケだ。
デザインはゲンとの色違いで深緑とグレーのグラデーション。
科学も文明も発展したとはいえ、見たところは今の時点ではかなり精巧な技術が必要な作りだった。
眩しい。
クロム、大樹、杠、氷月、ほむら、陽、金狼、銀狼、ルリ、コハク、龍水、フランソワ、カセキ、スイカ、羽京、司、ニッキー。最高に熱くて嬉しくて、胸の中に込み上げる。この場にいる全員からの、埋め尽くされるくらいの愛に感極まった。
ふと、背後を通った感覚に懐かしさを覚えた。
『誕生日おめでとう、千空』
振り返っても、見えるのは驚いた様子で俺を見る杠と大樹の姿のみ。
ただの空耳だったのだろうか。
考える程謎が浮かぶばかりなので気を紛らわす。
宴のほとぼりが冷め、人々の間をすり抜けて静寂の丘に向かう。村全体が熱の中に入り浸り、誰もいない今日の空は星がより一層美しく見えた。
…百夜。今年も、あの騒がしかった親父を見送る。
本当に静かだ。
大自然の夜に耳を傾け、自分の鼓動すら聞こえなくなる。
近くの海から立つ漣の音、
さらりと風が吹き抜けてゆく音。
自分の僅かな呼吸の音。
独りだ。
誰も、居ない。
あ゛ぁ、
懐かしい記憶を掘り起こす。
俺の頭をこの世で1番撫でた手が、肩に心地良い重みを与える。
大人の癖してきらきらと目を光輝かせながら、
と言う。
初めて一緒に天体望遠鏡を覗き込んだ、あの日の夜。思い出の天体望遠鏡。きっともう3700年の永い時と共に全壊して跡形も残っていないだろう。
ずっと、今も尚、忘れることなく脳裏に刻まれている。
無駄に喧しくてお元気いっぱいの声。
大人とは思えない程、子供のようににこ、と満面の笑みを浮かべる顔。
…実験道具を壊して落ち込んだ俺の頭を撫でて宥めてくれた手。
…夜の闇に包まれて迷子になった俺を導いてくれた手。
…病気に罹った時、震える俺の手を優しく握ってくれた手。
…怪我して帰った時、何も聞かずに手当てをしてくれた手。
……人生を掛けてまで、本物じゃない子の俺を育ててくれた手。
今年は少しだけ、幸せで、美しく、残酷で、悲しい誕生日を迎えた。


















編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!