第57話

1-24 直面ミーンワイル!
39
2023/04/29 22:04
ベッドの上で身を起こす。むくり、起き上がった先に見える壁は見慣れたぼろ板のそれではない。整然と整えられた部屋の一角。ぼんやりとする視界と思考を携えて、その風景を見つめていた。何をするでもなく、眺めていた。

小さく吐いた吐息が、やけに重い。息を吐くのもかったるい。まるで熱に侵されているかのようなそれは、久々でこそあれ、初めてではない。今までもずっと、もう何年も経験してきたのだから慣れたものだ。
ダリウス・ルーボット
……
確かめるように、眼下で何度か己の拳を握っては離す。ぎこちなく、錻力の人形のような有様だった。

重さに耐えきれないように更に落ちた視線の先、他の生徒とは違い逆さに胸元に突っ込んだマジカルペンが見える。それを引っ張り出す気力さえなかった。見ようが見まいが、結果は分かり切っている。

そして当然、その結末も。
ダリウス・ルーボット
……っ、と
漸くまともに動くようになってきた身体を支えるように、ベッドの縁に手をついて立ち上がる。それとほぼ同時に、部屋の扉が開いた。予想していないタイミングでの来客に、思わず目を丸くした。
ダリウス・ルーボット
……ルノマ?
ルノマ・セフィリア
……
そこには、制服に身を包んだ寮長様の姿があった。息を切らしている様を見るに、走ってきたのだろうか。持久走が苦手な彼からすれば、中々考え辛いシチュエーションに夢でも見ているのかとも思える。だからだろうか。何故か笑えてきてしまって、そのまま口からからからと音が零れた。

対する彼は俺の顔を見るなりぎょっとした表情を浮かべると、慌てて駆け寄ってくる。そうして俺の額に手を当てて、それからほっとしたように息を吐き出した。
ルノマ・セフィリア
……体調は?
ダリウス・ルーボット
見ての通り
ルノマ・セフィリア
……
ダリウス・ルーボット
なあ、準備をするから外回って来いって言ったのに、一体全体どういう風の吹き回しだ?まさか、サボること見抜いてきたってか?全く、寮長サマは聡明で敵わねえな
ルノマ・セフィリア
馬鹿言わないでよ
ダリウス・ルーボット
っ、
ぴしゃりと言い放たれ、思わず口を噤む。彼の方を見れば、酷く真剣な顔をしていた。その表情に、嫌な予感がした。
ルノマ・セフィリア
ダリウス
ダリウス・ルーボット
なんだよ
彼が俺の手を取った。握られた掌が温かい。否、俺の手が冷たすぎるのか。どうでも良い。どっちだろうと大差はない。

目の前のルノマが、此方を見上げる。
ルノマ・セフィリア
嘘吐き
目の前の彼は、ただただその細い目を見開いて突っ立っていた。言葉を放った僕の方はと言えば、ずっと震えていた。

そんなことしたくないのに、声も、身体も、何もかもが自分の意思に反するように小刻みに揺れる。

緊張って、こういうことを言うんだろうか。そんな単純な言葉で表すには、あまりに重たすぎるような気もする。
ダリウス・ルーボット
急に何の話だよ
ダリウスが誤魔化すように笑う。
それでも、一歩たりとも彼の前から引こうとはしない。

彼の答えを信じたい。
ただそれだけの思いで、身体も心も、何もかもが正面に立っていた。
ルノマ・セフィリア
全部、嘘なんでしょ
ダリウス・ルーボット
だから、何の話だって……
ルノマ・セフィリア
だったら、答えてよ!
声を荒げると、びくりと彼が震えたのが分かった。怯えたようなその表情に、胸が痛くなる。けれども僕は、ここで引くわけにはいかないのだ。一度、深く息をする。そうして彼に向き直ると、僕は真っ直ぐにその瞳を見つめた。 
ルノマ・セフィリア
……今度は、手紙じゃない。
声で、答えて。絶対に
ダリウス・ルーボット
……
ルノマ・セフィリア
……ダリウス、君は……
魔法が、使えるんでしょ?
瞬間、彼が息を呑んだのが分かった。
同時に、瞳が大きく見開かれていく。
ダリウス・ルーボット
違う
間髪入れずに否定される。けれど、僕にはそれが嘘だと分かる。分かってしまう。 どうしてだろう。自分が誇ってきたはずのその力が、正解が、ただただ僕を傷つける。
ルノマ・セフィリア
嘘だ
ダリウス・ルーボット
嘘じゃない。俺は、本当に……
ルノマ・セフィリア
どれだけ嘘だって言っても、僕には分かるんだよ!ダリウスだって、きっと分かっているんでしょ!?だからあの時も口で伝えなかった!
ダリウス・ルーボット
……っ
ルノマ・セフィリア
それに……っ、もし本当に魔法が使えないのなら!どうして今日の計画のことを、監督生達より先に知れたんだ!
ダリウスの顔が歪む。動揺しているのが分かる。
だからこそ、僕は言葉を続けるしかなかった。
ルノマ・セフィリア
反対勢力の会合の様子は僕達も追っていたけれど、あの日の会合の話は追えてなかった。それまでの会合では、今日の計画の情報は出ていなかった。僕には会合があった夜の翌日時点では既に君が持ってきてくれていたわけだけれども、それを抜きにすればこの情報は、他の誰よりも監督生達が先に知っていたんだ。教員たちよりも、他の寮長達よりも早く。

でも、それはまだ納得できる。監督生の彼には、隠密魔法に長けたオクタヴィネルの副寮長がついていたんだから
ルノマ・セフィリア
けれど、君の場合はそうじゃないだろ、ダリウス。あの日の会合より前には出ていない情報を君が翌日の朝までに持ち帰れていたとするのであれば、それは君がどうにかしてあの晩中に情報を盗んだということに他ならない。

ただ、よりにもよって君を目の敵にしている連中の会合に、君が魔法も使わずに入り込めるとも思わない
ルノマ・セフィリア
君がオンボロ寮に身を隠していた以上、外部から魔力を消費せず魔法を使うための魔道具を取り寄せるというのも難しい。仮に僕に隠れて何か取引をしたとしても、結局品が届くのはあまり動きのないハーツラビュルの君の部屋だ。荷物が届いた時点で、寮長である僕が確認しないわけがない。

購買のオロさんに直接話をつけたとしても、普段から目をつけられている君がいきなり変なものを買おうとしているなんていうのは、教員側で共有されないわけがない。必ず寮長クラスの僕達にまで話が回って足がつく
ルノマ・セフィリア
だからこそ、ずっと疑問に思っていた。君があの日、どうやって情報を仕入れたのか。ずっと、ずっと不思議だった。そして、さっき分かったよ。前提が間違っていたなら筋が通るって
 
ルノマ・セフィリア
そうだろう?ダリウス・ルーボット



彼の名前を紡ぐ声が震える。情けないくらいに震えていて、今にも泣きそうになるくらいなのに、それでも僕は必死に言葉を吐き出した。止めてはいけないと思ったから。今だけは、最後まで言い切らないといけないと思ったから。

ルノマ・セフィリア
君は、魔無しなんかじゃない


目の前の彼は、ただただ静かに僕のことを見つめていた。
ルノマ・セフィリア
君は、その家名に恥じない優秀な魔法士だった。ただ、それを外に出さなかっただけ
ダリウス・ルーボット
……
ルノマ・セフィリア
監督生から聞いたよ。僕は本来、一人では生命を生み出せるほどの力はないって。それが普通なんだって。君はずっと、僕が優秀だからって褒めてくれていたけれど……そうじゃない
ダリウス・ルーボット
……っ、違う!
嘘の音が落ちて行く。
彼の声帯が震えているのが伝わる。
ダリウス・ルーボット
ルノマは、優秀な魔法士だ……!
俺なんかより、ずっと……っ!
嘘じゃない、心の底からの言葉だった。
でも、そんなことはどうでもよかった。
ゆっくりと首を横に振って、彼の手を握り直した。
ルノマ・セフィリア
……僕のこと、命がけで助けようとする馬鹿なんて、君くらいしか思いつかなかった
ダリウス・ルーボット
……馬鹿じゃ、ねえよ
ルノマ・セフィリア
馬鹿
僕の知らないところで、僕の為に無茶をしてばかりいる。それを馬鹿と呼ばずして、なんといえばいいんだろう。 記憶の底、出会ったばかりの頃から、僕の知っているダリウスという人間はそういう人間だった。

照れ隠しが下手なせいで荒っぽくも見えるけれど、いつだって人のことばかり気にして、自分のことは二の次どころか三の次にしてしまう。けれど、やっぱり不器用だから、それを認めようとはしない。そんなどうしようもない奴。

それが、彼だった。
ルノマ・セフィリア
ダリウス
目を合わせない彼に向かって、僕は呼びかける。
おずおずと視線が此方を向く。
ルノマ・セフィリア
……ありがとう
そう言えば、彼が息を飲んだのが分かった。それから、何かを堪えるように唇を噛む。それから小さく息を吐いたかと思うと、くしゃりと顔を歪めて俯いた。
ルノマ・セフィリア
ずっと、気付いてたんでしょ。
僕の魔法のこと。
ダリウス・ルーボット
……嗚呼
ルノマ・セフィリア
でも、言わなかった。言わずにずっと、守ってくれてた。命を懸けて
ダリウス・ルーボット
......当たり前だろ
絞り出すような声音が耳に届く。
いつの間にか、逸らすことのない黒眼が此方を望む。
ルノマ・セフィリア
……どうして?
僕が投げかけた素直な問い。
それに彼は、今日聞いた中で一番素直な音で答えた。
ダリウス・ルーボット
……俺の、生まれて初めてのダチなんだ。
命だって惜しくねえよ
         TO BE CONTINUED ……

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