あっという間だった。
押し入って数秒、2人の成人男性に何てこと無く圧勝し、まるでウジを見るような目で見下ろしていた。
そして私の頬の腫れを確認すると眉間に刻んでいた皺が更に深くなり、倒れた男たちの元に行ったと思えば蹴りを喰らわせていた。
最早死体蹴りである。
後ろから抱きつく形で止めるとようやっと彼の動きが止まった。
息を荒くしてこちらを見るナムギュは返り血で顔と手が血塗れになっていた。
片手を引くと予想以上に彼は私に従い、手を引かれるままに洗面台へと向かった。
冷たい水で手も顔も綺麗に洗ってやるとナムギュは早々に私が逃げないように壁まで追い詰めた。
自身より比べて太くてしっかりした指が私の顎を捉えて無理やり互いの視線を合わせた。
力が抜けたのか額を私の肩に乗せ、少し寄り掛かる形で抱擁した。
チュッ
逃げられないよう力強い腕で抱き寄せられる。
胸がザワザワする。
子供のやるようなゲームに命を賭けるイカれた状況も、この男が視界に入る度も、でもそれだけではない。
非日常的な展開についていけず最早感覚が鈍ってきてしまったのだろうか。
消灯時間となり、自分のベッドに戻ると視線を感じる。
胸のざわめきの正体はわかってる、私が隣に目線をやればナムギュがニヤついた軽いノリで手を振ってくる。
私は特に何も返すことなく布団を羽織り眠りにつこうとした。
照明が落とされ、眠りにつこうとする。
だけどざわめきのせいか眠ろうと意識すればするほど、却って頭は冴えて寝ることが出来ない。
そう苛立ちを覚えながら目を閉じているとギシ、と軋むような音が聞こえる。
しかもその音は明らかに私のベッドへ行こうとハシゴが揺れて軋む音だった。
昼間の男が報復してこっちに来たのか?
とっさに背後を埋めようと壁際まで後ずさり、隅に置いたシューズを取り出して身構える。
効果はあるかともかく相手が顔を出した瞬間に、めがけて一矢報いてやる、そんな気持ちで音のする方に意識を集中すれば思いがけない相手だった。
一気に、力が抜けた体は壁際にもたれかかっていく。
私の手を引き、上体を優しく起こすとナムギュはベッドで静かに横たわる私の額に触れて自身も横になりだした。
あまり広くないベッドを大人二人が入り込んで快適とは言いがたかった。
それをナムギュは私の体を抱き寄せ、寄り添うようにくっ付き合う形でシーツの並に沈んだ。
真っ直ぐ切れ長の目で見つめられる。
私はこの男の目に弱い、心を見透かされてるようで、射抜かれてるようで、胸がザワザワする。
チュッ
私が何も言えないでいると、彼はしばらく私の出方を見てイけると思ったのか唇を塞いできた。
ムカつく、本当にムカつく。
土足で人の心に踏み込んで、全て自分の都合で動いて相手を求めるなんて。
知らない、そんなの。
したこともなければ、こんなに人と触れ合う機会なんて今までなかった。
いや、自分で機会を潰してきたという方が正解なのかもしれない。
入口付近でおばあさんの声が聞こえる、どうやら揉めているようだった。
私はナムギュの隙をついてハシゴを下り、声のする方へ向かって行った。
どうやらナムギュとの会話を上手くすり抜け、上手いこと私もトイレに同行することに成功した。
途中一緒に行くことになった120番の人を見て少しギョッとしたがすぐにおばあさんが弁明をしてくれたため、納得することが出来た。
先に用を足して、洗面台の鏡を見つめる。
この2日で一気に顔色が悪くなったと我ながら思う。
それでも今はナムギュから離れられたというのに胸のざわめきは収まることがなかった。
あの時私は彼になんと言おうとした?
「仕方ない」?
いや、そんなはずない。
いくらなんでも都合がよすぎる。
男と女がいて惹かれあって触れ合うのは、自然の流れかもしれない。
でもだからって?
ジャンキーで乱暴者で傍若無人で。
悪い所を上げようと思えばキリがない男に惹かれるのは本当に「仕方がない」ことなのか?
ぐるぐると、さっきからそんなことばかり考えてる。
本人は目の前にいないのに、意識する必要だって今はないのに。
すすり泣く声が聞こえる。
振り返るとドアに顔を寄せて心配するおばあさんとそれを見るお姉さん。
私も何があったのか気になり、2人の後ろへと近づく。
ドアが開く、あまりにもおばあさんの異様な心配ぶりに私は隣にいるお姉さんに目配せをすると、やや気まずそうに「妊娠してるんです」とだけ教えてくれた。
他人の泣き顔なんてそうそう見ることなんかない。
どうしたらいいかわからず様子見をしていたらやっと泣いてる女性の口が開いた。
そう大粒の涙を流す彼女を見た瞬間、ストンと私の中の何かが落ちた気がした。
戻るとナムギュはまだ私のベッドで待っていた。
いつもの彼の調子なら「遅かったじゃねえか」ぐらい一言ありそうだが彼はそんなことしなかった。
私はどんな顔で彼を見ていたのだろう。
どんな声で彼に縋ったのだろう。
ただ温かい涙が、止めどなく流れる涙が頬を伝って私は彼の胸に縋った。
ずっと泣いている私の頬をナムギュは自分の袖で拭い、キスを落とした。
始めは手から、頬、額、そして唇。
私は抵抗もすることなく受け入れ、そのまま薄いシーツの中、夜が忙しなく2人を結びつけた。
温かい、初めて人肌の心地良さを知った。
ナムギュか私に触る度、壊れ物を扱うかのように優しく触れてくれる。
私はそれを返すかのように彼の髪を撫で、愛おしそうに頬に触れる。
どうか今だけは私の本心は伝わって欲しい。
そう言うと目を丸くした彼はそれに応えるように、お互いの体を密着させ隙間がないように愛し合った。
上がりきった2人の体温が溶け合い、このまま交ざりあってしまえと言うかのように。
だけどそれでも思わずにはいられない。
この男を好きになるのは、本当に「仕方ない」のかと。











編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!