蝶屋敷から炎柱邸までの道のりを煉獄さん、改め師範の後ろをついて歩く。萌黄色の生地に桃色の花が散りばめられた着物と日輪刀の組み合わせは少しだけおかしかった。
この着物は10歳の誕生日の日に母様と父様が貴重ないい生地が入ったから、と私のために仕立ててくれた特別な着物だ。通気性もよくて暑い夏でも寒い冬でもへっちゃら。オマケに動きやすい。だから14歳になった今でも私はこの着物を着ているのだ。
昔はひと房だけ長かった黒髪だけを一つにまとめ、残りの茶髪は全部下ろすような髪型をしていた。しかし、上弦の弐と対峙したことでその黒髪が切れ、今は肩くらいまでの茶髪のみとなってしまった。もともと黒髪の部分を止めていた輪っかになっていて黄色の石の装飾がついた髪留めをいまは残った茶髪を左耳の下で一つにまとめるのに使っている。
これから私は鬼を滅する剣士となる。遠い昔私がアニメの中で見たような、世界に入っていく。
師範が深刻な顔をしていた私を見て立ち止まってくれた。どこまでも優しい師範である。
ドクンッと心臓が大きく音を立てた。鬼を斬る鬼殺隊士が鬼になることはご法度中のご法度。そんなことになれば首を斬られるのは自分だけではない。もし私が鬼となってしまったら、師範の首は確実に飛ぶ。
私は大きく息を吸って言った。
鬼に成り下がってしまったらもう、のこのこと生きて師範の元には帰れない。それならまだ自我があるうちに、自分で自分を殺すまで。
私の決意を見た師範は満足げな顔で大きく頷いた。
師範の顔はとても優しく、言葉は嘆願するように響いた。私は父様と母様が死んで以来久しぶりに涙を流しそうになった。
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炎柱邸はとても立派なお屋敷だった。広大な土地に綺麗に整えられた庭と大きなお屋敷。
私がお屋敷にびっくりしていると師範はその間に門をくぐり家の中へと入っていく。慌ててその後を追いかけた。
すると奥からパタパタと誰かが走ってくる音がした。
煉獄千寿郎くん。煉獄杏寿郎の弟である。
か、可愛い〜!!!!なんだ、この人は!!こんな可愛い人がいるなんて…!師範とそっくりの顔であるのだが、少し下がった眉と優しさを灯す瞳。そして何より声が…!まだ声変わりする前の少年の声。可愛すぎる。前世でも今世でも一人っ子だった私は兄弟というものに強い憧れを持っていた。
黙りこくってしまった私を覗き込む千寿郎くんの顔を見て我に返った。
バッという効果音がつきそうなほど勢いよく頭を下げた。
はわぁ…!果たして私はこの尊い兄弟に挟まれて無事に鍛錬をこなすことができるのだろうか……
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刀を握る前にまず体力をつけねばならん!という師範のもとここ何日かずっと山をグルグルし続けています、時雨です。全く運動をしてこなかった私にとってはとても辛く感じる。でもよく考えてみると!ちょっと動かしただけでヒビが入るような足ではとてもじゃないが鬼狩りなど無理である。
走り込みが終わる頃にはゼェゼェと息が上がってしまっていた。
ありがたく師範から水を受け取り喉に流し込む。いい感じに冷えた水が少しずつ体の中に溜まった熱を外に逃がしてくれた。
前世を思い出し、両親を殺され、自ら願った鬼殺の道。真っ直ぐ平坦な道ではないことはよく分かっていた。それでも諦めることなく進んでいくしかないのだ。こうすると決めたのだから。
何日かすると走るのは随分と楽になってきた。様々な方向に生えている木や枝を飛び越えながら走るのもへっちゃらだ。数十周走っただけでゼェゼェ言っていた息も今では全然上がることなく走り込みを終えることができる。
師範の手が私の頭を撫でる。父様や母様みたいに柔らかい手ではなく刀を何度も握り鍛え上げてきた硬い手だったがとても優しかった。
師範のお屋敷に来てから数ヶ月が経とうとした頃、ようやく私は刀を握らせてもらえた。最初は真剣ではなく木刀だ。
木刀を握り直し、右足を1歩後ろに引く。地面を力強く蹴りだして一直線に師範へと向かう……振りをして背後にまわって一撃を打ち込んだ。
カキンッ
いとも簡単に受け止められてしまった。
真剣が握れるようになったのはそれからまた数ヶ月後。まずは師範の呼吸である炎の呼吸からやってみることになった。
燃える炎の色に染まった刀身を眺めて、1振りするとまるで刀から炎が出ているように見える。
その後師範は色々な呼吸を使う隊士を屋敷に連れてきた。水の呼吸を使う水柱様、音の呼吸を使う音柱様、風の呼吸を使う風柱様、蛇の呼吸を使う蛇柱様、恋の呼吸を使う恋柱様、岩の呼吸を使う岩柱様、霞の呼吸を使う霞柱様、花の呼吸を使うカナヲ、その他色々。蟲柱のしのぶさんの蟲の呼吸は少し特別だから、と来なかった。色々な呼吸を使う人を連れてきては私に型をやらせた。どの呼吸も等しく使うことが出来たがやっぱり師範の炎の呼吸が1番使いやすかった。
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千寿郎くんに貸してもらった袴と着物。これは私が鍛錬するときのいつもの格好だ。萌黄色の着物は私の部屋にしまってある。袴に慣れてしまうと動きやすく気に入ってしまった。
その日も素振りをしていた。もう最終選別まで日にちがない。できることは全てやって行くつもりだ。
任務から帰ってきた師範から声をかけられた。
少し黄色がかった柔らかい生地に袖に向けて紅い炎が描かれた羽織だった。
赤色に染め上げられた炎は師範が私を認めてくれた証に思えた。
私は炎を背負い、数日後最終選別へと向かう。
✂︎-----㋖㋷㋣㋷線-----✂︎
○めっちゃ走った夢主ちゃん
走った。すごい走った。同じ山を毎日毎日何十周何百周と走った。そのおかげで体力はめちゃめちゃついた。色んな呼吸の中でも1番使いやすいのは炎の呼吸。1番苦手なのは音の呼吸。爆音は私には似合わない。
千寿郎くん大好きマン
○師範
時雨の予想以上の成長の早さにめちゃめちゃ喜んでいる。これは強い隊士になるぞ!!可愛い継子に炎の羽織を送った。実は任務帰りにこっそりと仕立てていた特注品。実はめちゃくちゃ高い。
○可愛い弟くん
時雨お気に入り。姉上が増えたみたいで嬉しい。時雨がいるときには「時雨さん」と呼んでいるが実は裏では「姉上」とこっそり呼んで時雨が家に来たことを喜んでいる。なんだよ、可愛いかよ煉獄千寿郎。
お待たせしました!次回、最終選別編。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。