第5話

「今日の分のキス」
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2024/04/21 11:00
公爵
ようこそ、ソフィーさん。アドルナート公爵家へ!
翌日。
ソフィーは最低限の荷物と共に、公爵家のタウンハウスを訪れていた。

あの後、公爵夫妻は大急ぎでソフィーの両親に会って事情を説明、結婚の許可と、ルカの事情も考慮して公爵家に住んで欲しいと申し入れてきたのだ。

父も母も仰天していたが断れるはずもない。
ソフィー
ソフィー
(わたしが公爵家に嫁ぐって聞いて大喜びだもの)
親として、娘に苦労をさせたくないのはわかる。

公爵家に嫁げるなんて普通に暮らしていたらありえないくらいの良いお話なのだ。
おまけに、公爵家から頼んだ結婚だから、身一つで来てもらって構わないとまで言われていた。
公爵
さあさあ。部屋はこちらを使ってください
公爵夫人
ドレスは好きなものを着てちょうだい。まだまだ買い足しますからね
日当たりの良い角部屋を与えてもらい、クローゼットには既にドレスが何着か準備されている。
昨日の今日で大急ぎで準備してくれたのだろうと思うと、公爵夫妻の心遣いには感激した。
ソフィー
ソフィー
ありがとうございます。今日からお世話になりますがよろしくお願いします
公爵夫人
いいのよ。自分の家だと思って寛いでちょうだいね
ソフィー
ソフィー
(優しい方たちで良かった……)
いきなり公爵家に住むことになって緊張していたが、ソフィーはほっと安堵の息をついた。そこへ、ひょっこりとルカが顔を覗かせる。
ルカ
ルカ
やあ、ソフィー。良かったら俺が屋敷を案内するよ
ソフィー
ソフィー
えっ、と……
別にわざわざルカが案内してくれなくても、使用人にお願いしようと思っていたのだが。
公爵
ああ、そうしてあげなさい。ルカ
公爵夫人
くれぐれもソフィーさんに失礼のないようにするのよ
ルカ
ルカ
もちろん。それじゃあソフィー、お手をどうぞ?
婚約したての二人を応援するように公爵夫妻から声を掛けられ、断れなくなってしまう。

ルカからエスコートするように腕を差し出されたソフィーは渋々――という顔を我慢しながら手を添えた。嫌味のない、シトラス系の香水のいい匂いがふわりと漂ってくる。

緊張するソフィーとは対照的に、ルカは慣れた態度で屋敷を案内してくれた。
ルカ
ルカ
このサロン、日当たりが良くていいでしょ? お茶をするのにおすすめだよ
ルカ
ルカ
ソフィーは本、好き? 母さんが本好きだから、良かったら何か貸してもらうといいよ
ルカ
ルカ
そこの絨毯、変えたばっかりなんだ。大きな虫に驚いたメイドがロウソクを落っことしちゃって。いや~、火事にならなくてすんで良かったよ
……しかも、話題豊富で、話すのが苦手なソフィーでもまったく苦痛にならない。
ソフィー
ソフィー
(女性にモテるのも納得だわ……)
ルカの話を聞きながら屋敷をぐるりと見て回り、最後に案内されたのは誰かの部屋だった。室内はこざっぱりと整頓されている。
ソフィー
ソフィー
ここは?
ルカ
ルカ
ん? 俺の部屋
ルカの……。
とん、と肩を押されたソフィーがよろめくと背中に壁が当たった。
覆いかぶさるようにルカが壁に手をつき、顔を覗き込んでくる。
ルカ
ルカ
で、今日の分のキスはいつする?
ソフィー
ソフィー
!!!
急に言われても心の準備ができていない。
思わず顔を強張らせてしまうと、ルカはにっこりと笑った。
ルカ
ルカ
今じゃなくてもいいよ。夜の方が……ムードもあるしね?
ソフィー
ソフィー
(よ、夜……)
そっちの方がなんだか恥ずかしい気もする。
夜、ルカの元へ行って、「キスしましょう」と言うの?
それなら、今のうちにサッと済ませた方がマシな気もする。
ソフィー
ソフィー
い、今、して、大丈夫です
ルカ
ルカ
何を?
ソフィー
ソフィー
え、だから、キスを……
ルカ
ルカ
キスを?
キスをしようとソフィーの口から言わせたいらしい。
ソフィー
ソフィー
(この人、キスしないと死んじゃうのよね。なのに、どうしてこんなに余裕ぶった態度でいられるのかしら……)
こんな風にからかわれるのは好きじゃない。
ソフィー
ソフィー
いえ、何でも。ルカ様の気が乗らなければ結構です
ソフィーは顔を逸らし、ルカの身体を押しのけた。
そもそもソフィーが望んでキスの相手役になったわけじゃない。

部屋から出て行こうとすると腕を掴まれた。
ルカ
ルカ
ソフィー、怒ったの?
ソフィー
ソフィー
別に、怒ってなんか――っ⁉
振り返ったところを口づけられる。

昨日のように何が起こったのかわからないようなキスではなく、たっぷりと、ソフィーの唇を味わうようなキスだ。逃げようとしても腕を押さえ込まれ、抱きしめられているような体勢になってしまう。
ソフィー
ソフィー
ちょ、っ……、んんっ……
ルカ
ルカ
……
ソフィー
ソフィー
んんーっ!
ぐいぐい身体を押してもルカはびくともしない。
そんなに強く抱きしめられているわけでも抜け出せないのだ。

涙目になったところでようやく唇が離される。

力が抜けてしまったソフィーの身体を支えるようにルカが抱きしめ、乱れた息のまま笑った。
ルカ
ルカ
ふふふ。怒った顔もかわいいね?

 やだぁ、もう、ルカ様ったらぁ~。
 ……とでも言うとでも思ったのだろうか。

ソフィー
ソフィー
(やっぱりこんな人、大っ嫌い!)
何か言おうとする前に再びちゅっとキスされる。
ソフィー
ソフィー
ちょっと、今日のキスはもう済んで……
ルカ
ルカ
一日一回キスしないと死ぬらしいけど、一日一回しかキスしちゃいけないとは言われてないでしょ?
ちゅっ。
固まっていると頬にもキスされる。
ルカ
ルカ
俺たち、知り合ったばかりだし。もっともっと仲良くならないとね?
ちゅっ。

ちゅーっ。

頬に、額に、髪に、ちゅっちゅとキスをするルカを前にソフィーはぷるぷると震えた。

――こんな暮らし、耐えられない!
ソフィー
ソフィー
……~~~~きますっ
ルカ
ルカ
え?
ソフィー
ソフィー
わたしっ、実家に帰らせていただきます!

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