翌日。
ソフィーは最低限の荷物と共に、公爵家のタウンハウスを訪れていた。
あの後、公爵夫妻は大急ぎでソフィーの両親に会って事情を説明、結婚の許可と、ルカの事情も考慮して公爵家に住んで欲しいと申し入れてきたのだ。
父も母も仰天していたが断れるはずもない。
親として、娘に苦労をさせたくないのはわかる。
公爵家に嫁げるなんて普通に暮らしていたらありえないくらいの良いお話なのだ。
おまけに、公爵家から頼んだ結婚だから、身一つで来てもらって構わないとまで言われていた。
日当たりの良い角部屋を与えてもらい、クローゼットには既にドレスが何着か準備されている。
昨日の今日で大急ぎで準備してくれたのだろうと思うと、公爵夫妻の心遣いには感激した。
いきなり公爵家に住むことになって緊張していたが、ソフィーはほっと安堵の息をついた。そこへ、ひょっこりとルカが顔を覗かせる。
別にわざわざルカが案内してくれなくても、使用人にお願いしようと思っていたのだが。
婚約したての二人を応援するように公爵夫妻から声を掛けられ、断れなくなってしまう。
ルカからエスコートするように腕を差し出されたソフィーは渋々――という顔を我慢しながら手を添えた。嫌味のない、シトラス系の香水のいい匂いがふわりと漂ってくる。
緊張するソフィーとは対照的に、ルカは慣れた態度で屋敷を案内してくれた。
……しかも、話題豊富で、話すのが苦手なソフィーでもまったく苦痛にならない。
ルカの話を聞きながら屋敷をぐるりと見て回り、最後に案内されたのは誰かの部屋だった。室内はこざっぱりと整頓されている。
ルカの……。
とん、と肩を押されたソフィーがよろめくと背中に壁が当たった。
覆いかぶさるようにルカが壁に手をつき、顔を覗き込んでくる。
急に言われても心の準備ができていない。
思わず顔を強張らせてしまうと、ルカはにっこりと笑った。
そっちの方がなんだか恥ずかしい気もする。
夜、ルカの元へ行って、「キスしましょう」と言うの?
それなら、今のうちにサッと済ませた方がマシな気もする。
キスをしようとソフィーの口から言わせたいらしい。
こんな風にからかわれるのは好きじゃない。
ソフィーは顔を逸らし、ルカの身体を押しのけた。
そもそもソフィーが望んでキスの相手役になったわけじゃない。
部屋から出て行こうとすると腕を掴まれた。
振り返ったところを口づけられる。
昨日のように何が起こったのかわからないようなキスではなく、たっぷりと、ソフィーの唇を味わうようなキスだ。逃げようとしても腕を押さえ込まれ、抱きしめられているような体勢になってしまう。
ぐいぐい身体を押してもルカはびくともしない。
そんなに強く抱きしめられているわけでも抜け出せないのだ。
涙目になったところでようやく唇が離される。
力が抜けてしまったソフィーの身体を支えるようにルカが抱きしめ、乱れた息のまま笑った。
やだぁ、もう、ルカ様ったらぁ~。
……とでも言うとでも思ったのだろうか。
何か言おうとする前に再びちゅっとキスされる。
ちゅっ。
固まっていると頬にもキスされる。
ちゅっ。
ちゅーっ。
頬に、額に、髪に、ちゅっちゅとキスをするルカを前にソフィーはぷるぷると震えた。
――こんな暮らし、耐えられない!
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!