クリスマスイブの朝。エヴィリオス動物園は、一面が銀世界となっていた。先日12月23日、この地方に大寒波が訪れ、かなりの量の雪が降った。そのため昨日、今日、明日は動物園は休園。折角のクリスマスにまた…と、この動物園の飼育員でエルルカは深く溜め息をついた。それにすら白く色がつき、やがて消えていく。
今日は昨日に比べればいくらかはましだが、かなり気温が下がっていた。閉園なため人間の姿と言えど、寒さに弱い動物達には他の動物より多く防寒グッズが支給された。それでも震えているものを見ると、どれだけ寒さに対して耐性を持っていないか分かる。あの姿では寒さによっての衰弱死することはないだろうが、それでもかなり凍えてしまうと思われる。なにか対策を考えなければ…
そんなことを考えながら、エルルカは雪にスコップを突き刺した。この量じゃ、飼育員四人で一日中作業をしても雪掻きは終わるか微妙なところ。寒さに強い動物等の手助けも借りなければ…しかし、エルルカにはとある作戦があった。なので、あまりそれは好ましくない。一日頑張るか…と、落とした肩に、そっと誰かの手が触れた。振り向くと、そこには熊のマルガリータが立っていた。本来熊は冬眠をするのだが、動物園では十分に食事を貰えているため冬眠はしない。また、同じ熊のアダム曰く人間の姿での冬眠はなにかと不便なのだとか…マルガリータは優しく微笑み、エルルカに話しかけた。
エルルカはまた溜め息をついた。それはそうだ。この動物園はとても広い。その中に働いてる人は飼育員のエルルカ、ビヒモ、ミカエラ、グーミリア、そして獣医のレヴィアだけだ。この広さ、動物の多さに釣り合う人数とはお世辞にも言えない。その上夜も仕事が残っているのだ。仕事を片付けてやっと家に帰れる。しかしその頃はもうとっくに深夜だ。この仕事は大好きだし、他の動物園に比べてお給料も高いが、流石に辛い…
マルガリータはそっと、小さな瓶を差し出した。シンプルながらも美しい装飾が施されたそれの中には、何かの液体が入っていた。液体は雲の隙間から微かに覗く日光を反射して、キラキラと輝いている。思わず見惚れてしまいそうだが、エルルカは少し物憂げそうな顔をした。
しょぼぼん、という効果音が付き添うなほどに、マルガリータは落ち込んだ様子だ。gift…マルガリータは「良く眠れる薬」と説明しているが、実際は違う。いや…確かに良く眠れる薬ではあるが、その内訳は「眠ったように死ぬことのできる毒」だ。マルガリータは閉園後、自身の血液からこのgiftを作り、動物園の住人に配っていた。
他のみんなが拒否するのは分かっているが、マルガリータを納得させるにはこうするしかなかった。毎日一通り回ったらその日は諦めてるし…しばらくすると、しょぼぼんと縮こまっていた姿から一変。頭にはえた熊耳をピョコピョコとさせた。立ち直ったようだ。
一瞬申し訳なく思ったが、ガレリアンならうまく断ってくれるだろう。
マルガリータは今にも浮かんでいきそうな程に、軽やかな足取りでスキップして行った。ガレリアンなら大丈夫。ガレリアンなら…うん。助けを求められたらどうにかしよう。エルルカは、黙ってその姿を見おくっていた。さて、雪掻きを再開しなければ…エルルカはまた、雪にスコップを突き刺した。
寒いはずなのに、ずっお体を動かしっぱなしだからか汗がダラダラと垂れているエルルカのもとに、一人の緑髪の少女がやってきた。この子も、かなりの厚着をしている。彼女の名はグーミリア。表向きには飼育員なのだが、実は彼女には裏(?)の顔がある。なんとグーミリアはリス。厚着もそのためだ。しかも、開園閉園に関係なくリスと人間の姿を使い分けることができるし、普段は耳も隠してる。こんなことができるのはグーミリアと、コマドリのミカエラだけだ。なので二人は、基本飼育員をやっているものの、時間になると移動してリスとコマドリとしてお客さんを楽しませていた。
ココアの缶を空けると、そこからちびちびと出てくるものをのみはじめた。その様子を眺めていると、エルルカはふと後ろになにかを見つけた。
エルルカが問いかけると、グーミリアは驚いて咳き込んだ。なにかやましいことが…エルルカがまた質問を投げ掛けようとすると
エルルカがそう言うと、グーミリアはブンブンと首を縦に振った。まぁ、この様子だと、嘘としても悪いことをするつもりではないだろう。グーミリアもいやがっているようだし、これ以上深く追求するのはやめた。
グーミリアは、駆け足で自分がよせた雪の間を駆けていった。ふぅ、と本日三回目の溜め息をつき空を見上げると、もうかなり日が傾いている。
ここまで気づかなかった自分の集中力に驚きつつも、殆ど完了した雪掻きを速攻で終わらせて、放送室に走った。そして、休みであるためいつもの台詞とは少し違うものを、マイクに向かって話した。
放送室からでて廊下の窓を覗くと、動物達が全力疾走しているのが見えた。
下に降りてみると、特に寒さに弱い組の中の三人、カーチェス、かよ、バニカが集まっていた。
エルルカが説明すると、バニカは安心した顔をして口を開く。
すると、エルルカがバニカの頭の上になにかをのせる。ニヤニヤとしているエルルカに、バニカがなんだろう…と、カーチェスとかよの方を見ると、二人はバニカを笑顔で見つめていた。
本当に何が…と頭を触ると、なにかフワフワしているものがバニカの指先に触れた。それを持ち、自分の顔の前まで下ろしてみる。
かよにも同じ帽子を被せながらエルルカが答える。クリスマスイブ当日と言うことで、近くのお店でとても安く売っていた。予算の都合上大きなイベントはできないし、今年はお客さんも来れないと言うこともあって、せめてみんなに楽しんでほしいと今日の朝、今年のクリスマス用にエルルカが買ってきたのだ。
そんなことをしていると、いつの間にか後ろに立っていたビヒモにカーチェスもサンタにされてしまった。良く見ると、ビヒモもサンタ帽子を被っている。
後ろでは、ミカエラがグーミリアにサンタ帽をつけている。恐らくここに入ったものに順番につけていくのだろう。
獣医としての仕事も一段落つき、レヴィアが部屋にはいってきた。その頭には、雪掻きに行く前にエルルカがわたしたのカチューシャが乗せられてある。嫌そうな顔をされていたのでてっきりつけないと思っていたし、無理につけさせる気もなかったが…
すると後ろから、きゃっきゃと楽しそうな声がする。そこを見ると、ミカエラとビヒモが入ってきた動物に対して、カチューシャを手渡ししていた。
この仕事は大変だし、辛いこともある。だけど…
こうやってみんなが笑顔を見せてくれることが、何よりの幸せだ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!