第5話

クリスマス回 サンタさんのカチューシャ 
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2024/04/16 16:07
クリスマスイブの朝。エヴィリオス動物園は、一面が銀世界となっていた。先日12月23日、この地方に大寒波が訪れ、かなりの量の雪が降った。そのため昨日、今日、明日は動物園は休園。折角のクリスマスにまた…と、この動物園の飼育員でエルルカは深く溜め息をついた。それにすら白く色がつき、やがて消えていく。
 今日は昨日に比べればいくらかはましだが、かなり気温が下がっていた。閉園なため人間の姿と言えど、寒さに弱い動物達には他の動物より多く防寒グッズが支給された。それでも震えているものを見ると、どれだけ寒さに対して耐性を持っていないか分かる。あの姿では寒さによっての衰弱死することはないだろうが、それでもかなり凍えてしまうと思われる。なにか対策を考えなければ…
 そんなことを考えながら、エルルカは雪にスコップを突き刺した。この量じゃ、飼育員四人で一日中作業をしても雪掻きは終わるか微妙なところ。寒さに強い動物等の手助けも借りなければ…しかし、エルルカにはとある作戦があった。なので、あまりそれは好ましくない。一日頑張るか…と、落とした肩に、そっと誰かの手が触れた。振り向くと、そこには熊のマルガリータが立っていた。本来熊は冬眠をするのだが、動物園では十分に食事を貰えているため冬眠はしない。また、同じ熊のアダム曰く人間の姿での冬眠はなにかと不便なのだとか…マルガリータは優しく微笑み、エルルカに話しかけた。
マルガリータ(熊)
エルルカ、雪掻き本当にありがとうございます。お疲れでしょう?
エルルカ=クロックワーカー(飼育員)
まだ始めたばっかりだけど…まぁ、ここから先の作業は…
 エルルカはまた溜め息をついた。それはそうだ。この動物園はとても広い。その中に働いてる人は飼育員のエルルカ、ビヒモ、ミカエラ、グーミリア、そして獣医のレヴィアだけだ。この広さ、動物の多さに釣り合う人数とはお世辞にも言えない。その上夜も仕事が残っているのだ。仕事を片付けてやっと家に帰れる。しかしその頃はもうとっくに深夜だ。この仕事は大好きだし、他の動物園に比べてお給料も高いが、流石に辛い…
マルガリータ(熊)
なるほど…それでは、こちらをよければ。
 マルガリータはそっと、小さな瓶を差し出した。シンプルながらも美しい装飾が施されたそれの中には、何かの液体が入っていた。液体は雲の隙間から微かに覗く日光を反射して、キラキラと輝いている。思わず見惚れてしまいそうだが、エルルカは少し物憂げそうな顔をした。
エルルカ=クロックワーカー(飼育員)
ありがとう、マルガリータ…気持ちは嬉しいわ、だけれどね…私まだ眠りたくはないの。
マルガリータ(熊)
そうですか…今日もgiftを飲んではくれないのですね…
 しょぼぼん、という効果音が付き添うなほどに、マルガリータは落ち込んだ様子だ。gift…マルガリータは「良く眠れる薬」と説明しているが、実際は違う。いや…確かに良く眠れる薬ではあるが、その内訳は「眠ったように死ぬことのできる毒」だ。マルガリータは閉園後、自身の血液からこのgiftを作り、動物園の住人に配っていた。
エルルカ=クロックワーカー(飼育員)
ごめんなさい。さっきも言ったように、とても気持ちは嬉しいのだけれどね…他を当たってくれると嬉しいわ。
 他のみんなが拒否するのは分かっているが、マルガリータを納得させるにはこうするしかなかった。毎日一通り回ったらその日は諦めてるし…しばらくすると、しょぼぼんと縮こまっていた姿から一変。頭にはえた熊耳をピョコピョコとさせた。立ち直ったようだ。
マルガリータ(熊)
そうですね…!良し!次はガレリアンさんのところを当たってきます。
 一瞬申し訳なく思ったが、ガレリアンならうまく断ってくれるだろう。
エルルカ=クロックワーカー(飼育員)
無理強いをさせてはダメよ。
マルガリータ(熊)
勿論です。エルルカ、ではまた!
 マルガリータは今にも浮かんでいきそうな程に、軽やかな足取りでスキップして行った。ガレリアンなら大丈夫。ガレリアンなら…うん。助けを求められたらどうにかしよう。エルルカは、黙ってその姿を見おくっていた。さて、雪掻きを再開しなければ…エルルカはまた、雪にスコップを突き刺した。




グーミリア(リス、飼育員)
エルルカ、こっち、終わった。
 寒いはずなのに、ずっお体を動かしっぱなしだからか汗がダラダラと垂れているエルルカのもとに、一人の緑髪の少女がやってきた。この子も、かなりの厚着をしている。彼女の名はグーミリア。表向きには飼育員なのだが、実は彼女には裏(?)の顔がある。なんとグーミリアはリス。厚着もそのためだ。しかも、開園閉園に関係なくリスと人間の姿を使い分けることができるし、普段は耳も隠してる。こんなことができるのはグーミリアと、コマドリのミカエラだけだ。なので二人は、基本飼育員をやっているものの、時間になると移動してリスとコマドリとしてお客さんを楽しませていた。
エルルカ=クロックワーカー(飼育員)
グーミリア、ありがとう。お疲れ様。はいこれ、ココア。
グーミリア(リス、飼育員)
ありがとう。
 ココアの缶を空けると、そこからちびちびと出てくるものをのみはじめた。その様子を眺めていると、エルルカはふと後ろになにかを見つけた。
エルルカ=クロックワーカー(飼育員)
グーミリア、なんで端に寄せた雪に一定間隔で窪みが…
グーミリア(リス、飼育員)
んんっっ!?ごほっ、ごほ…!
 エルルカが問いかけると、グーミリアは驚いて咳き込んだ。なにかやましいことが…エルルカがまた質問を投げ掛けようとすると
グーミリア(リス、飼育員)
あ、あれは…お正月の、ために…ポスターの、間隔を…
エルルカ=クロックワーカー(飼育員)
あら?そうなの?
 エルルカがそう言うと、グーミリアはブンブンと首を縦に振った。まぁ、この様子だと、嘘としても悪いことをするつもりではないだろう。グーミリアもいやがっているようだし、これ以上深く追求するのはやめた。
グーミリア(リス、飼育員)
そう、あの、ネメシスのとこ、行ってくる…
エルルカ=クロックワーカー(飼育員)
滑らないように気を付けてね。
グーミリア(リス、飼育員)
うん…
 グーミリアは、駆け足で自分がよせた雪の間を駆けていった。ふぅ、と本日三回目の溜め息をつき空を見上げると、もうかなり日が傾いている。
 ここまで気づかなかった自分の集中力に驚きつつも、殆ど完了した雪掻きを速攻で終わらせて、放送室に走った。そして、休みであるためいつもの台詞とは少し違うものを、マイクに向かって話した。
エルルカ=クロックワーカー(飼育員)
皆様、本日もお疲れさまでした。ここから一気に気温が下がります。また、雪による暖房の不具合も解消されましたので、いつもの場所にお集まりください。
 放送室からでて廊下の窓を覗くと、動物達が全力疾走しているのが見えた。
カーチェス(ミーアキャット)
し、死ぬとこだった…
カヨ(蛇)
カーチェスさんしっかり…!
バニカ(マイクロブタ)
ここは暖かいわぁ…!
 下に降りてみると、特に寒さに弱い組の中の三人、カーチェス、かよ、バニカが集まっていた。
エルルカ=クロックワーカー(飼育員)
三人とも、ここを開けられなくてごめんなさい…朝話した通り、やっぱり昨日の夜中は霜取り運転になっていたわ。
 エルルカが説明すると、バニカは安心した顔をして口を開く。
バニカ(マイクロブタ)
故障じゃなくて本当に良かったわ…
エルルカ=クロックワーカー(飼育員)
えぇ、本当に…後、ほいっ。
 すると、エルルカがバニカの頭の上になにかをのせる。ニヤニヤとしているエルルカに、バニカがなんだろう…と、カーチェスとかよの方を見ると、二人はバニカを笑顔で見つめていた。
カヨ(蛇)
バニカさん、とても可愛いです…!
カーチェス(ミーアキャット)
嗚呼、似合ってる。
バニカ(マイクロブタ)
え?二人ともどうしたの?
 本当に何が…と頭を触ると、なにかフワフワしているものがバニカの指先に触れた。それを持ち、自分の顔の前まで下ろしてみる。
バニカ(マイクロブタ)
これ、サンタさんの帽子のカチューシャ…!?
エルルカ=クロックワーカー(飼育員)
そう。人数分用意したの。大きいイベントをやったりはできないけどね。
 かよにも同じ帽子を被せながらエルルカが答える。クリスマスイブ当日と言うことで、近くのお店でとても安く売っていた。予算の都合上大きなイベントはできないし、今年はお客さんも来れないと言うこともあって、せめてみんなに楽しんでほしいと今日の朝、今年のクリスマス用にエルルカが買ってきたのだ。
ビヒモ=バリゾール(飼育員)
ほら、カーチェスも!
カーチェス(ミーアキャット)
うおっ!?
 そんなことをしていると、いつの間にか後ろに立っていたビヒモにカーチェスもサンタにされてしまった。良く見ると、ビヒモもサンタ帽子を被っている。
ミカエラ(鳥、飼育員)
グーミリア!はいっ!
グーミリア(リス、飼育員)
ミカエラ…
 後ろでは、ミカエラがグーミリアにサンタ帽をつけている。恐らくここに入ったものに順番につけていくのだろう。
レヴィア=バリゾール(獣医)
エルルカ…健康診断のことなんだけど…
エルルカ=クロックワーカー(飼育員)
あ、レヴィア…って、なんだかんだつけてくれたのね。嬉しいわ。
レヴィア=バリゾール(獣医)
まぁ、クリスマスだし…
 獣医としての仕事も一段落つき、レヴィアが部屋にはいってきた。その頭には、雪掻きに行く前にエルルカがわたしたのカチューシャが乗せられてある。嫌そうな顔をされていたのでてっきりつけないと思っていたし、無理につけさせる気もなかったが…
 すると後ろから、きゃっきゃと楽しそうな声がする。そこを見ると、ミカエラとビヒモが入ってきた動物に対して、カチューシャを手渡ししていた。
リリアンヌ(ライオン)
どうじゃアレン!似合っておるだろう!
アレン(ライオン)
はい!とっても似合っております…!
シャルテット(猿)
あ、そこ!!
カイル(兎)
え!?どうしたの!?
リリアンヌ(ライオン)
カイル兄様、前後ろ反対じゃ!
カイル(兎)
あ、ほんとだ!ありがとう…!
アレン(ライオン)
フフ、みんなお揃いですね。




イヴ(熊)
どう?アダム。
アダム(熊)
とても似合っているよ。
イヴ(熊)
嬉しい…!雷降らせちゃいそう…!
アダム(熊)
イヴ!?イヴ!?
セト(蛇)
フフ、面白そうなことになってるね。
マルガリータ(熊)
メータさん、カチューシャとてもお似合いですね。記念にこのgiftを…
メータ(熊)
記念ってなに!?あと飲まない!
ヘンゼル(熊)
母さんサンタさんだー!
グレーテル(熊)
かわいい!!



カルロス(犬)
バニカ…か、かわいい…かわいすぎる…
バニカ(マイクロブタ)
カルロス!?落ち着いて!?
カヨ(蛇)
しっかり呼吸を…!
カルロス(犬)
うっっっ…
バニカ(マイクロブタ)
カルロスぅぅぅぅ!!
カヨ(蛇)
カルロスさん!!




ネメシス(馬)
えぇっと…向きちゃんと合ってる?
ミッシェル(狐)
うん!すごく可愛いよ!
ネメシス(馬)
そ、そうかな…ありがとう…
ミッシェル(狐)
どういたしまして!
ガレリアン(狐)
ブルーノ、カメラとか…こう、あそこの空間を残せるもっているだろうか…尊い…
ブルーノ(狐)
はい、こちらに。
ブルーノ(狐)
(自分が尊い自覚はないのか…)



ヴェノマニア(サソリ)
?なんだ、追いかけないのか?
カーチェス(ミーアキャット)
今日はクリスマスだからな、さすがに食わない。それに…
ヴェノマニア(サソリ)
それに?
カーチェス(ミーアキャット)
フフッ、うっ、そのカチューシャ…お似合い、だな…すまない、お腹が…フフッ…
ヴェノマニア(サソリ)
なるほど、ツボに入ってそれどころじゃないと…って、失礼だね!?






ビヒモ=バリゾール(飼育員)
みんな楽しそうだね!
エルルカ=クロックワーカー(飼育員)
えぇ、そうね。
 この仕事は大変だし、辛いこともある。だけど…



こうやってみんなが笑顔を見せてくれることが、何よりの幸せだ。

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