第32話

オオエヤマの鬼
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2026/04/09 03:44 更新
フブキは目の前の少女をまじまじと見つめた。

小柄な体格。

三度笠で顔の上半分は影になっているが、その声色には妙な落ち着きと威圧感がある。

見た目だけなら、祭りに紛れていても不思議ではない旅人だ。

だが、その場にいる全員が直感していた。

――ただ者ではない。
白上フブキ
…あなたは?
フブキが問いかけると、少女は少し首を傾けた。
百鬼あやめ
名乗る前に、聞きたいことがある
静かな声だった。

だが、質問というより確認のような響き。
百鬼あやめ
人の世で、“オオエヤマの鬼”はどんな存在として伝わっているのか
白上フブキ
…?
唐突な問いに、フブキは眉をひそめる。

代わりにミオが口を開いた。
大神ミオ
闘争を好み、町を破壊と混乱に陥れる怪物…
少し考えるように続ける。
大神ミオ
伊吹童子の伝承とも結び付いて語られたりする
猫又おかゆ
いろんなパターンがあるけど、どの物語でも悪の親玉って感じだよねぇ
さくらみこ
子供の頃、「悪い子のところには鬼が来るぞ」ってよく言われたにぇ
少女は、しばらく黙っていた。
百鬼あやめ
……そうか
短く呟く。

その声には、どこか諦めにも似た響きが混ざっていた。

まつりが首を傾げる。
夏色まつり
ヤマトなら誰でも知ってることだと思うけど…?
少女は小さく息を吐いた。
百鬼あやめ
……場所を移そう
お前たち以外の人間様に聞かれたくはないからな
ころねが目を細める。
戌神ころね
…まるで自分が人間じゃないみたいな話し方だね
少女は答えない。

ただ静かに、祭りの人波の外へ歩き出した。
町外れ。

祭りの喧騒は遠くなり、山の麓に近い静かな場所。

虫の声と、風に揺れる木々の音だけが聞こえる。

少女は立ち止まり、振り返った。

フブキたちは自然と距離を取って並ぶ。


緊張が漂う。
夏色まつり
こんな所まで来て、何を話すつもり?
少女は空を見上げた。

夕暮れの空を眺め、目を細める。
百鬼あやめ
イナリ……いや
百鬼あやめ
ヤマトの未来について
フブキの表情が変わる。
白上フブキ
……ッ
まさか、イナリの結界のことに……
少女は淡々と頷いた。
百鬼あやめ
気付いているとも
そして、ゆっくりと言った。
百鬼あやめ
余の名は百鬼あやめ
百鬼あやめ
オオエヤマの棟梁…
笠の影の奥で、紅い目が光る。
百鬼あやめ
お前たちの知る“オオエヤマの鬼”だ
白上フブキ
へっ!?
大神ミオ
なっ…!!
さくらみこ
オオエヤマの鬼が下山?
嘘だぁ、冗談きついにぇ
当然だ。

伝説上の存在。

それが目の前の少女だと言われて信じられるわけがない。

少女――あやめは、わずかに肩をすくめた。
百鬼あやめ
……なら見せてやろう
そう言うと三度笠に手をかけ、持ち上げる。

夕暮れの光が、その顔を照らした。

そしてその額には


ーー二本の角。
夏色まつり
ッ……
猫又おかゆ
……わお
百鬼あやめ
信じてくれたか?
目の前の少女は、人間ではない。

その事実が突きつけられる。
戌神ころね
…妖だってことはわがった
戌神ころね
でもさぁ、それだけで“あの鬼”だとは言えないよね?
百鬼あやめ
……なら、これはどうだ
あやめの左右に、青と赤の炎が灯る。
百鬼あやめ
カルマ”、“不知火シラヌイ
二つの鬼火が、意思を持つように揺れる。

ミオが息を呑んだ。
大神ミオ
伝承と同じ……
まつりが視線を落とす。

あやめの腰。
夏色まつり
ならその刀も…
百鬼あやめ
ああ、羅刹と阿修羅だ
伝説の妖刀。

鬼が振るう二振り。


紛れもない本物。

妖の王。

本来なら、その名は災害と同義。

しかし――

フブキはしばらく黙ってから言った。
白上フブキ
…伝承とは随分違う性格みたいだね
あやめは目を伏せた。
百鬼あやめ
……いや
百鬼あやめ
余が変わったんだ
あやめはフブキを見た。
百鬼あやめ
なあ、イナリの
白上フブキ
はい?
百鬼あやめ
名は?
白上フブキ
…フブキ
百鬼あやめ
あー…聞き方が悪かったな
百鬼あやめ
姓は?
フブキは首を傾げた。
白上フブキ
…?
イナリの祭司は太古の昔から白上家が担ってきていることぐらい知っているのでは?
あやめの瞳がわずかに動く。
百鬼あやめ
シラカミ…
百鬼あやめ
どう書く?
フブキはますます困惑する。
白上フブキ
色の“白”に上下の“上”…
その瞬間、あやめの表情が変わった。
百鬼あやめ
…“上”……
そうか、“白上”か…
白上フブキ
フブキが首を傾げる。

あやめは静かに言った。
百鬼あやめ
やはり白神の名は途絶えたのだな
誰も意味を理解できない。

だが、あやめは続けた。
百鬼あやめ
だから結界の綻びを修復できないのか
フブキの背筋に冷たいものが走る。

あやめはゆっくりと空を見上げた。

霊脈、ヤマト全土を流れる霊力の大河。

結界の綻び。

そして、妖たち。
百鬼あやめ
このままではそう遠くないうちに……
静かな声。

しかし重い。
百鬼あやめ
ヤマトは滅ぶぞ




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