第9話

背中 fin. 「黄と紫」
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2024/03/09 14:11 更新
座っているカウンター席の真後ろの個室から怒号が響いた所で店から出た。冷えきった寒空には相変わらず星など見えず、ビルの光が伸びて淡いベールがかかっている。それを穏やかな気持ちで見つめながら家に向かう足を早めた。
最近は便利なもので、俺が学生の時にはなかった携帯での電子決済を使って改札を通る。慣れたはずなのに未だに偶に感動するんだよな。電車に揺られて、タクシーで家まで行って、家に入った瞬間に素早く鍵を閉めた。ゆっくりしている暇は無いからバタバタと素早く風呂に入って、髪を乾かして、携帯を寝室で充電して、スーツを綺麗にハンガーにかけてクローゼットに仕舞い、ソファに寝転び数時間前から動いていませんよ風を装う。
暖房の音だけが響く、俺だけの空間は久しぶりで心地いい。
深澤 辰哉
深澤 辰哉
あ、忘れてた!
そのまま寝そうになる所を用事を思い出してすぐ体を起こす。危ない、ほんとに寝落ちるところだった。
冷たい廊下を歩いて、ほぼ俺専用みたいなクローゼットの下にある3段の棚を上から順番に漁っていく。
深澤 辰哉
深澤 辰哉
持ってきてたっけ〜?
お目当ては学生の時に着古た俺の青春が全部詰まったもの。
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高校の頃、俺も自分で自慢できるくらいモテたけど照も、特に男から人気だったな。多分その時は照の事を恋愛的な目で見てなくて、友達が俺に構ってくんない寂しいって感情だった気がする。まぁその時点でそれなりの執着はあったって事だね。だから同級生と放課後や休日に照を誘わないで遊びまくったことがあった。極端に遊ぶ回数が減った照も寂しくなって何かしら言ってくるだろうと想定して。
結果は、もちろん言ってきた。最近遊んでくれないねって。嬉しかった。照も同じ気持ちになってたことが分かって。でも、それだけだった。俺とも遊ぼって言うけど以前みたいに暇があればしょっちゅう誘ってくる事もなく、お互いその場にいて暇ならカラオケに行くくらい。嬉しい気持ちは徐々に薄れ、物悲しい気持ちに変わっていった。
そして同時期にふと視線を感じるようになった。
俺が高校を先に卒業して、大学入ったら俺はほんとに途端にモテなくなった。なんか、高校生特有の1人の大切な恋人と青春をすごしたいって純粋で可愛い気持ちから、誰でもいいから時間を潰せるやつがいいって言う汚い気持ちの方が勝ってるんだろうね。だから皆一人一人、顔も性格もあまり気にしないんだ。
でもあくまでもモテないだけで、遊ぶやつはいた。恋人って程でもなければ友達って程でも無い。会ってセックスしてはい終わり。女には正直うんざりしてきていたし、毎日の学校生活で照が居ないってことがかなりストレスで、あまり考えずにただ欲を発するだけで良かった。元々お堅いお付き合いとかそういうの苦手だし。
照が居ないとつまんないし、授業を受ける気も、サボる気も起きない。あの眩しい笑顔は俺に1番向けられていたはずなのに今は会えて月1が限界。それが凄く嫌。
そう考えてることに気付いてすぐに
『あぁ、俺照の事大好きなんだ』って案外簡単に自覚した。
夏に数回、照が家に招いてくれた。勝手を覚えた照の家も久しぶりに会った照の笑顔も何も変わってなくて安心した。弟くんと妹ちゃんと遊んで、沢山笑って、その後に2人で落ち着いた時間を過ごしていれば照からの分かり易く積極的な、しかし少し緊張気味のボディタッチやスキンシップ。
俺の名前を呼ぶ声は酷く甘ったるくて、体を撫でる手つきはいやらしくて、見つめる瞳は熱を持って。
すぐに分かった。照も、俺のことが好きなんだって。
両想いが分かって嬉しい反面、なんだか凄く苛立つ。
照は、笑顔は変わらなかった。笑顔は。
耳に光るピアス、前に会った時より焼けた肌、遊んだ前髪。女か、男か、誰でもいいけど俺が知らない場所で俺の知らない人達と俺のいない思い出を身に付けていると思うと凄く嫌だった。照も、高校生にしては少し荒れてるけどチャラチャラした感じだから、付き合いも多い。
だから仕掛けてやった。
照って俺に関すると簡単で可愛いなって思った。
大学2年目、春にあった入学式で照がいた。
『ふっかとまた学校通いたくて、内緒で受験したんだ』と微笑みながら軽く言ってくる照にまた好きなのを再認識させられた。それからまた2人で登下校を共にする時間を過ごした。
そして3年目、俺は21で照は20。お互い成人して酒が飲めるようになって更に二人でいる時間が増えた。照は俺との用事を最優先し、ほぼ毎日のように会っていた。以前連んでいたヤツらとは疎遠になって、下手な遊びもやめた。それくらい俺も照を最優先してた。
だから突然、学校終わりに1回だけ寝た女に詰め寄られるなんて思ってもなかった。本気を出した女ってのは怖いもので襲いかかってくる身体は何かスポーツやられてました?ってくらい強くて動かない。
人通りの少ない、普段使われない部屋に押しやられ正真正銘のピンチの時、待ってましたと言わんばかりに照が現れた。筋トレが趣味の男に一端の女性が勝つという奇跡的なこともなく、もう二度と俺たちの前に現れないという事を半ば脅迫のように約束させて追いやってくれた。好きな人が自分を守ってくれた。ときめかないやつなんていないよね。腰が抜けてる俺を強く抱き締めてくれる照の背中に遠慮もなく腕を回した。首から香る香水と柔らかい柔軟剤と汗の匂いが酷く安心した。暫く抱き合ってると、
ぽつり、『好き』とごぼした。
耳を疑ったよ。何が?って慌てた。
『ふっかが好き。付き合って』
今までの人生でいちばん嬉しくて、首を縦に何回も振って俺も好きと伝えた。大好きな笑顔を俺だけに向けてくれる照にやっと俺だけのものだと心の隅で思った。
そして3年後半、中退して就職した。
一応照には報告した。寂しそうな顔をしたけど『ふっかのやりたい事があるなら俺は否定しない。楽しそうなふっかが一番好き』と言ってくれて、それが糧になったのかわかんないけど余裕で某有名製菓会社の営業部に就くことができた。バイト経験が無いから自分で働いて稼ぐってことに楽しさを感じてあっという間に入社から1年が過ぎた。そして2年目の春、また入社式で照を見つけた。またしても聞いていなくてまだ大学3年目だろ?と問い詰めた。
『中退した。ふっかの言う通り、授業めっちゃつまんないね。だからやめた。でも俺甘いもん好きだしふっかもいるし、また楽しくなりそう』
平然と言ってのける照とそれから毎日出社退勤を共にした。
買い食いして歩いたり、遅くまで空いてるゲーセンに入ったり、出会った頃からなにも変わってない。
でも、変わったこともあった。前ならじゃあねと手を振ってまた日が登らないと会えなかった2人が貯蓄がそれなりに出来て、帰る家が一緒になった。
一人暮らしの時より増えたビールの空き缶。偶に照が料理できるようそれなりに充実した冷蔵庫。収集癖の俺と直感型の照のアクセサリーが並ぶジュエリーボックス。
生活のどこかしらに必ず照の面影があるから嬉しかった。
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深澤 辰哉
深澤 辰哉
あっ!あった!!
探し求めいていたパーカーをやっと見つけられて、思わず手に取る。当時はかっこいいと持ってたドクロや謎のフォントの英語。今見たらクソだせぇなって笑うけど、なんだか凄く愛おしい。ぎゅっと抱き締めてフードの中に手を滑らせた。
暫く思い出に浸っていると、家中にインタホーンが響いて急いで片付けて玄関に行くと少し酔った照がいた。
深澤 辰哉
深澤 辰哉
おかえり。どうした?いっぱい飲んだ?
岩本 照
岩本 照
ふっか…ふっか
俺の顔を捉えた瞬間激しいキスが降ってくる。息ができなくて少し離れたタイミングで息を吸おうとするとすぐに塞がれて呼吸困難と気持ちよさでクラクラしてくる。
満足したのかゆっくりと離れていく。照の表情は眉間に皺を寄せて悲しいものだった。
深澤 辰哉
深澤 辰哉
照好き。好きだよ。愛してる。
岩本 照
岩本 照
俺も、愛してる...俺だけのふっか
深澤 辰哉
深澤 辰哉
ふふっそーだよ。照だけのふっかさんですよ〜。
さ!風呂入って!
岩本 照
岩本 照
ふふっ、うん
もう一度抱きしめて浴室まで歩く背中を動かず見つめて、姿が見えなくなるとすぐに玄関のドアに近寄った。背を持たれて間接照明の淡い光を見つめる。
「フードの中に入れた盗聴器に気づかないやつなんて居ないよ!たまに抜けてるとこ可愛いけどこういうところは徹底してやんなきゃダメ!
高校の照以外と遊んだ時、田中くんも気配に気付いてたぞ!ストーカー中に気ぃ抜くな!
スーツの中のやつ聞こえるの!スマホケースと充電器は2つ纏めて忘れる可能性あるから!
着いてくるの少なくなったの結構寂しいんだよね。
はやくしてよ。」
言いたいことはいっぱいあるけどあえて言わない。
照の必死な姿を見れなくなるなんて嫌だから。
安心したような照の表情。でもまだ早いんだよ。これからが更に大変なんだから。気ぃ抜かないでね。
深澤 辰哉
深澤 辰哉
ごめん、康二、めめ、
深澤 辰哉
深澤 辰哉
そして照。秘密なんだ。俺だけの
照のダンスは好き。だから、バレてはいけない嘘を歌って、それに合わせた緻密な考えを重ねた素晴らしい振り付けをして、照の大好きな俺の手の中で俺だけに優雅に踊って見せてよ。
深澤 辰哉
深澤 辰哉
俺だけの可愛い照
fin.

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