山中side
3月の風は、まだ少しだけ冷たい。
高校2年生の俺にとって、今日は単なる通過点。
だけど、桜の散る下駄箱で響く下級生の黄色い歓声が嫌でも今日で終わりなんだ、という事実を突きつけてくる。
人集りの中心ではやちゃんが困ったような顔をしながら頭を掻いている。本当は嬉しいくせに、柄にもなく謙遜して逃げ出す姿はいつも後輩に見せる「勇斗先輩」そのものだった。
呼び止められて、俺は静かに頷く。
そう告げると、はやちゃんは照れ臭そうに笑って、広い背中を俺に向けた。
in教室
人気のない午後の教室は、埃っぽくてどこか寂しい感じがする。黒板にピンクで彩られた桜の花びらを眺め、しんみりとした気持ちに浸っていると、不意に隣の静寂が気になった。振り返るとはやちゃんが机に何かを刻もうとしていた。
悪戯に笑いながら机にイニシャルを彫ってる。そんなはやちゃんを見ながら…やめて、思い出を刻むのは、心だけにしてよ、と呟いた。するとはやちゃんは叱られた子犬のような顔をして、しゅんと肩を落とした。俺が喜ぶと思ってやったんでしょ。はやちゃんの期待に添えるような可愛い喜び方が出来なかったことに申し訳なさを感じる。でもその子犬みたいな顔を懐かしく感じる。
2年前の体育祭の時。
サボりがちな俺と、女の子の追撃から逃げてきたはやちゃんが3階の空き教室で出会った。あの時。あの時も、彼は同じように、困ったように笑ってたな。
そこから始まった俺たちの関係は、いつだって不確かなままだった。友達だけど友達じゃない。イレギュラーで名前をつけることさえ躊躇う、友達以上恋人未満の何か。俺はそんな関係を大切に育みたいと思っていた。だけど、結局言い出す勇気なんてなかった。
差し出された小指。それが嘘ではないことは分かってる。けれど過ぎる季節に流されて逢えなくなることも分かってる。
守れそうに無い約束はしない方がいいよ。ごめんね。俺はそう心の中で呟いてから俯いた。
制服のネクタイでこのまま時間を結んでしまいたかった。だけど東京で変わっていくはやちゃんの未来は縛れない。
俯いて黙り込む俺を覗き込むようにして、聞いてきた。
寂しいよ。寂しいに決まってんじゃん。でも、本当に寂しくなるのはこれからなんだよ。東京に行って俺の知らないはやちゃんに変わっていくのを見たくないんだよ。
心の中で叫んだはずの言葉が、震えた声となって溢れ出ていた。自分でも驚くほど、感情が溢れて止まらない。驚いたような、でも慈しむような表情ではやちゃんの腕が俺を包み込んだ。
手のひらに握らされたのは、さっき先約があるからと断っていた制服の第二ボタン。体温を孕んだ真鍮が、じわりと心を温める。
ずっとこのままがいい。ずっとこのままでいたい。そう願ってしまう自分が馬鹿で、愚かだと笑いたくなる。だから、だからお願い。これ以上優しくしないでよ。お守りなんて持たされたら、俺はいつまでも今日という日から卒業できなくなってしまう。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。