地球を出て、もう三か月が経った。
佐伯レンは訓練生用コロニー「ユーロパ・アカデミー」の窓辺に腰を下ろし、無数の星を見上げていた。ここは木星の衛星ユーロパの軌道上、最新の訓練施設を備えた巨大な人工コロニーだ。
地球と違い、空は真っ暗で星がやけに近い。
まるで無数の光の粒が、漆黒のキャンバスに無造作に散りばめられているかのようだった。
レンは機械の設計士を目指してここに来た。
母星の大気はもう昔の青さを失い、砂嵐が赤道地帯を覆い尽くしている。
地球の半分以上は「居住制限区域」となり、人類の未来は宇宙に向けられた。
けれどレンは最初から地球を離れることに抵抗はなかった。もともと内向的で、友達も多くはない。
宇宙の静けさの方が落ち着くくらいだ。
その日の午後、レンは整備実習のために訓練用ドックへ向かっていた。
無重力区画では、仲間の訓練生たちが推進装置の扱いを練習している。
声が響き、金属の匂いが漂っていた。
「おいレン、今日の課題は推進装置の分解だってさ」
同じ班のカイが声をかけてきた。カイはいつも陽気で、何でもゲーム感覚で楽しむタイプだ。
レンとは正反対の性格だったが、不思議と気が合う。
「分解か……故障しても自己責任だな」
「お前は慎重すぎるんだよ。宇宙じゃスピードも大事だぜ」
そんなやりとりをしながら整備区画に入ったとき、訓練用モニターが不意に警告音を鳴らした。
――ビーッ、ビーッ。
全員が作業の手を止める。
『緊急通知。木星軌道外縁で漂流物を確認。正体不明。訓練生チームD、回収任務を補助せよ』
スピーカーから流れる声に、班の全員がざわめいた。レンたちD班は補助任務担当だ。普段は教材回収や小型ドローンの点検がメインだが、「正体不明」となると話が違う。
「なんだろうな、宇宙ゴミか?」カイが呟く。
「分からない。けど指示は絶対だ」レンは端末を確認し、位置情報を同期させた。
彼らの任務は小型艇で現場に向かい、漂流物を回収し、安全な保管庫へ運ぶこと。簡単なはずだった。少なくとも、この時点ではそう思っていた――。
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小型艇〈リュミエール〉は、木星の巨大な縞模様を横目に進んでいた。漆黒の宇宙に、ガスの渦巻く巨体が不気味に浮かんでいる。レンは操縦席で緊張しながらも、視線をレーダーに集中させた。
「もうすぐだな……あれか?」カイが指差す。
モニターに、ゆっくりと回転しながら漂う物体が映った。球体のようで、外装はところどころ破損している。光を受けて鈍く輝く金属の塊。だが奇妙なことに、表面には見たことのない記号が刻まれていた。
「人工物……だよな? でも地球製じゃない」レンは眉をひそめた。
「異星人の遺物とかだったら面白いのにな」カイは軽い調子で言うが、声がわずかに震えていた。
回収アームが伸び、球体を小型艇に固定する。警告音は鳴らない。放射線量も危険値ではない。だがレンの胸には、言いようのない不安が広がっていた。
基地に戻ると、回収物は研究区画へと運ばれた。表面には古い傷と、ところどころに焦げた痕跡がある。解析担当の教官が装置にスキャナーを当てたが、材質データは既存のデータベースに一致しなかった。
「中に記録媒体らしきものがあるな……開けるぞ」
教官の言葉に、訓練生たちは息をのんだ。
外殻が慎重に取り外されると、中から透明なカプセルが現れた。カプセルの内部には、微細な光の粒がゆらめいている。それはデータチップのようにも見えたが、どこか有機的な輝きを放っていた。
「これ……動いてないか?」カイが小声で言った。
その瞬間、レンは確かに見た。光の粒が、一瞬だけ波のように揺れ、まるで呼吸するかのように明滅したのを――。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!