その違和感は、
本当に小さなものだった。
たとえば、
いつも通りの朝。
コーヒーを淹れて、
カーテンを開けて、
ニュースを流し見する。
変わらない。
何も問題ない。
……はずなのに。
スマホを手に取った時、
一瞬だけ
指が止まった。
理由は分からない。
通知も、
特別な連絡もない。
ただ、
何かを見落としている
そんな感覚だけが、
かすかに残る。
仕事に行っても、
集中はできていた。
同僚の話に笑って、
やることもちゃんとやる。
調子がいい。
悪い言葉じゃない。
むしろ、
今の自分には
ちょうどいい。
帰り道、
信号待ちで立ち止まった時。
ふと、
配信者の名前が
会話に混ざるのが聞こえた。
名前までは聞こえない。
でも、
胸の奥が
一瞬だけ反応する。
気にしすぎ。
そう思って、
イヤホンをつけた。
音楽が流れて、
世界は元に戻る。
家に着いて、
いつものように
配信の音を流す。
画面は見ない。
声だけ。
雑談。
笑い声。
コメントを拾うテンポ。
仕事だな、
と思う。
でも、その途中で。
ほんの一瞬だけ、
声が
いつもより低く聞こえた。
気のせいかもしれない。
マイクの調子かもしれない。
それでも、
なぜか
胸がざわつく。
名前は出ていない。
何も触れていない。
なのに。
誰に向けたわけでもなく、
ぽつりと呟く。
心配、というほどじゃない。
不安、と言うほどでもない。
ただ、
無関係でいられない感覚
が一瞬、戻っただけ。
すぐに、
その考えを振り払う。
もう、
踏み込まないって決めた。
自分の生活は、
ちゃんとここにある。
ベッドに入って、
明日の予定を思い浮かべる。
平凡で、
問題のない一日。
それが続けばいい。
続く、はずだ。
目を閉じる直前、
なぜか
スマホを手に取る。
検索窓に、
何かを打ちかけて、
やめる。
画面を消して、
枕元に置いた。
理由は分からない。
ただ、
静かな部屋の中に、
小さなノイズが
一つだけ残った。
それは、
不安になるほど大きくない。
でも、
完全な無音でもない。
叶の声が、
ほんの少しだけ
遠く聞こえた夜だった。













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!