第6話

#4 札幌凱歌
95
2025/09/19 06:00 更新
1988年12月15日(木)

津軽海峡に、夜明け前の暁光が差し込み始めていた。だが、その光を反射する海面を埋め尽くしていたのは、穏やかな漁船ではない。日韓米、三国連合軍の膨大な数の揚陸艦と、それらを護衛する新・連合艦隊の鋼鉄の城だった。

【北海道奪還作戦】――コードネーム:"オペレーション・ライジングサン"、和名では" 昇陽作戦しょうようさくせん"と名付けた。
ソ連軍のせいで冷え切ってしまった札幌に日章旗を、太陽を掲げるためにとぜんこぱす、Sレイマリが提案、統幕会議にていえもんによる推薦、めめんとの承認によって全体の称号として使用されることとなった。
本土決戦の勝利からわずか一週間。連合軍は、息つく間もなく、故郷を取り戻すための最後の聖戦に挑もうとしていた。

Sレイマリ総監は、旗艦である揚陸艦「おおすみ」の艦橋で、赤外線暗視装置越しに、闇に沈む故郷の海岸線を睨みつけていた。二ヶ月前、血の涙を流してこの地を去った。だが、今は違う。背後には勝利に沸く本土の国民と、頼れる同盟国の仲間たちがいる。
Sレイマリ
…帰ってきたぞ。
その呟きは、誰に言うでもない、彼女自身の魂の誓いだった。
午前04:30。闇を切り裂き、最初の雷鳴が轟いた。
習志野から飛び立ったC-1輸送機の編隊から、軍神・八幡宮率いる第1空挺団が、函館市街の背後にある敵の司令部及び砲兵陣地へと、神の雷の如く降下したのだ。完璧な奇襲だった。ソ連軍が海岸線に気を取られている間に、その頭脳と牙は、日本の最精鋭部隊によって内側から食い破られていく。
八幡宮
こちら八幡、上陸成功。
Sレイマリ
全軍、上陸開始!
八幡宮の降下成功を合図に、Sレイマリの号令が全軍に響き渡った。函館、そして室蘭の海岸線に、揚陸艇LCAC(エルキャック)が凄まじい水しぶきを上げて殺到した。
真っ先に雪の積もった砂浜にブーツの跡を刻んだのは、沖縄から駆けつけた米海兵隊の精鋭たちだった。彼らは、自衛隊のために道を開くべく、ソ連軍が構築した地雷原やトーチカ群へと、決死の突撃を開始する。
そして、海岸堡が確保されたその砂浜に、新生・士魂部隊が上陸した。
ぐさお
行くぞ! 私たちの美しき故郷を取り戻す! 敵は全て轢き潰せ!
臨時編成の74式で戦い抜いた本土決戦とは訳が違う。再編成され、米軍から供与された最新鋭のM1エイブラムス戦車まで配備された、新生・第7師団。ぐさお陸将補の怒りの咆哮は、ガスタービンエンジンの甲高い唸りと共に、北海道の冬の空気を震わせた。彼女の瞳に映るのは、もはや撤退の悲壮感ではない。故郷を汚した者への、容赦なき復讐の炎だけだった。
上陸作戦の成功に沸いたのも束の間、連合軍の進撃は、猛烈な雪と、ソ連軍の巧みな防御戦闘の前に、泥沼の様相を呈し始めた。
補給を絶たれ、士気も低下しているはずの敵は、しかし、追い詰められた熊のように獰猛だった。彼らはこの二ヶ月間、北海道の冬を生き抜き、その全てを味方につけていた。白い雪と地吹雪にカモフラージュされた対戦車陣地、凍てついた森林地帯に潜む砲兵部隊、そして市街地の建物を利用した狙撃兵。それらが、連合軍の前に分厚い壁となって立ちはだかった。
ぐさお
くそっ! またやられた! どこから撃ってきた!
ぐさおのM1エイブラムスの前で、僚車である韓国軍のK1戦車が、RPG-7の集中攻撃を受けて履帯を破壊され、雪原の上で動けなくなった。最強の戦車といえど、隠れた歩兵による執拗な攻撃には苦戦を強いられる。
ぐさお
ヒナちゃん! 聞こえますか! 負傷者が出た!至急メディバックを要請する!
ヒナ
了解! 天使の翼が、すぐそこまで行ってる!
無線からは、かつてのように気丈なヒナ三尉の声が返ってくる。兄のルカ二佐が構築した、本土からの潤沢な補給路のおかげで、今度は弾薬も燃料も、そして医療品も尽きることはない。それが、この消耗戦における唯一の救いだった。
12月18日〜19日。背後の刃。

戦況が膠着し始めた頃、Sレイマリは、二つの「刃」を解き放った。
Sレイマリ
ぜんこぱす陸曹、メテヲ技官。君たちの出番だ。敵の心臓を、背後から突き刺せ
メテヲ
了解!
ぜんこぱす
了解しました。
猛吹雪の中、純白の冬季迷彩服に身を包んだぜんこぱすとメテヲは、ソ連軍の防衛線の遥か後方、札幌へと続く最後の補給路となっている千歳線の鉄道分岐点に潜入していた。
メテヲ
さあ、冬の大掃除の時間だ。まずは、奴らの目を盗もうか
メテヲは、雪の中に埋めた自作の指向性電波発信機を起動させる。それは、ソ連軍の警戒レーダーに、ありえない数の友軍(つまりソ連軍)の増援部隊が、全く別の方向から接近しているかのような偽の情報を映し出した。
メテヲ
敵司令部、大混乱!『偽情報だ!』『いや、本当の増援かもしれない!』だってさ。いやー、馬鹿ばっかりだね
敵の通信を傍受しながら、メテヲが楽しそうに笑う。敵の指揮系統が混乱し、前線の部隊が疑心暗鬼に陥った、その一瞬の隙。

ぜんこぱすは、スキーを履いたまま、風のように無音で滑走し、鉄道の分岐点に設置された管制施設に忍び込んだ。特殊作戦群で叩き込まれた体術で衛兵を無力化し、メテヲの指示通りに制御盤を操作。札幌へ向かうはずだった弾薬と食料を積んだ軍用列車を、全く別の廃線へと引き込んでしまったのだ。
そして、その列車の最後尾に、手製の時限式爆弾を仕掛ける。
ぜんこぱす
仕事は終わった。花火の時間だ
二人がその場を離れた数分後、廃線に迷い込んだ列車は大爆発を起こし、猛烈な黒煙を上げた。それは、札幌で最後の抵抗を試みるソ連軍の生命線が、完全に断たれたことを示す狼煙だった。
12月20日(火)。崩壊の序曲。

背後からの補給を断たれ、正面からは日米韓の猛攻を受ける。さらに、ぜんこぱす達のゲリラ戦によって指揮系統まで麻痺させられたソ連軍の防衛線は、ついに限界を迎え、崩壊した。
それは、もはや戦闘ではなく、一方的な掃討戦だった。抵抗の意志を失った兵士たちは、武器を捨てて雪原を逃げ惑い、連合軍の前に次々と降伏した。

道南の防衛線を完全に突破した連合軍の前に、札幌へと続く道が開かれた。
だが、その報は、モスクワのクレムリンに、最後の狂気を決断させる引き金となった。
「……もはや、通常戦力での勝利はありえん」
書記長は、震える手で最後の命令書に署名した。それは、軍事的な勝利のためではない。日本という国家を、その国民の心を、恐怖によって永遠に屈服させるための、最後の賭け。
【日本本土への、核攻撃】という、狂気の命令だった。

最終決戦は、誰もが予想しなかった、人類の存亡そのものを賭けたステージへと、突入しようとしていた。
12月24日(土):クリスマスイブの奇跡

東京、市ヶ谷。統合幕僚監部。
米軍の偵察衛星が、シベリアの空軍基地からTu-95"ベア"が離陸したのを捕捉した。同時に、オホーツク海の深海から、K-19"ホテル"級原潜の不気味なエンジン音が、SOSUS(水中聴音監視システム)によって感知された。
司令部に、絶望的な緊張が走る。
めめんともり
……皆の見解を聞く。間に合うか
めめんともりの呟きに、各所の三人の天才が同時に応えた。
「なんとか間に合わせます」――ウパパロン。
「いや、間に合わせるられます。」――ラテ。
「絶対に間に合わせるに決まってるでしょ」――メテヲ。
ウパパロンの「奇想」が、敵の航路と攻撃タイミングを、確率論の果てまで計算し尽くして予測する。
ラテの「実現」が、その予測に基づき、悪天候の中で最も効果的な迎撃プランを構築する。
そして、メテヲの「天才」が、そのプランの成功確率を、極限まで引き上げる鍵を生み出した。
メテヲ
ラテ空将! 今すぐ三沢基地の滑走路を開けてください! 僕らの『奇跡の鍵』が、もうすぐ届きます!
メテヲの声が、司令部のスピーカーに響く。彼がこの数ヶ月、三菱重工の技術者たちと不眠不休で開発を進めてきた、日本の、いや世界の航空史を塗り替える機体が、ついに実戦投入されるのだ。
その名は、FS-X改 "F-16J2 スーパーイーグル"。
米軍のF-16をベースに、対艦・対空・対潜、全ての戦闘を単独でこなせるように魔改造された、究極のマルチロールファイター。後の F-2戦闘機バイパーゼロのプロトタイプとなる、奇跡の機体。
メテヲ
零戦再び、とでもいうかな。これが新たなる世界を作る奇跡の鍵になることを願って!
三沢基地。猛吹雪の中、まだペンキの匂いも新しい、青い洋上迷彩を施された2機のスーパーイーグルが、最終調整を受けていた。そのコックピットに乗り込むのは、この機体のテストパイロットを志願した、茶子と菓子の姉妹だった
茶子
菓子、すごいよこれ……レーダーの探知範囲が、今までのF-15の倍以上ある!
菓子
ええ……これが、メテヲの言っていた『奇跡』なのね
Tu-95は、護衛として最新鋭のSu-27フランカーを多数引き連れていた。通常の戦闘機では、護衛機を排除するだけで手一杯になる。だが、スーパーイーグルは違った。
茶子
菓子、護衛機は任せた! 私は本命をやる!
菓子
了解!
菓子の機体が高度を上げる。彼女がロックオンしたのは、Tu-95ではなく、はるか前方を飛ぶSu-27の編隊だった。
菓子
アウトレンジから吹き飛ばす! 新型AAM-4、FOX3!
国産の最新鋭アクティブ・レーダーホーミングミサイルが、Su-27がF-16J2の存在に気づくよりも早く、その編隊を火の玉に変えた。

護衛を失い、丸裸になったTu-95に、茶子が背後から音もなく忍び寄る。
茶子
メリークリスマス、赤熊さん。プレゼントは地獄への片道切符だよ。
FOX4!
スーパーイーグルが、機首に搭載された20mmバルカン砲を咆哮させた。毎分6000発の徹甲弾が、Tu-95の巨大な翼と胴体を文字通り「引き裂き」、搭載されていた核弾頭もろとも、日本海の冷たい闇の中へと葬り去った。
その頃、オホーツク海では、新・連合艦隊が最後の狩りを行っていた。
ガンマス
ウパパロン提督! 茶子たちの活躍で、空の脅威は消えました! あとは、海の悪魔だけです!
ガンマスの声が、旗艦「こんごう」の艦橋に響く。
ウパパロン
ああ。ラテ、聞こえるか。君の『未来への鍵』のもう一つの力、見せてもらうぞ
ウパパロンの静かな声に応えたのは、航空幕僚長Latteだった。
ラテ
任せて! 茶子と菓子、聞こえる?
これより対潜戦闘に移行する!
Tu-95を撃墜した2機のスーパーイーグルは、休む間もなくオホーツク海へと急行。その翼の下には、対艦ミサイルと共に、短魚雷と磁気探知機(MAD)が搭載されていた。
菓子
姉さん見つけた! あの氷山の下よ!
菓子の鋭い操縦で、スーパーイーグルが海面すれすれを飛行する。強力な磁気探知機が、深海に潜むK-19の金属船体を正確に捉えた。
茶子
プレゼント、第二弾だよ!
茶子の機体から投下された短魚雷が、氷を突き破って海中へ。K-19の艦尾で炸裂し、スクリューと舵を破壊した。コントロールを失った原潜は、たまらず海面にその黒い巨体を現した。
ウパパロン
よくやった、二人とも! あとは、我々の仕事だ!
海上では、みぞれの艦隊と、茶子・菓子のF-16J2が、その瞬間を待ち構えていた。
ウパパロン
全艦全機、撃ち方はじめ!
みぞれ
撃ちー方はじめ!
みぞれの号令一下、護衛艦隊からハープーンが、そして2機のスーパーイーグルから89式対艦誘導弾が、クリスマスプレゼントとでも言うように、一斉に放たれた。ソ連が誇った原子力潜水艦は、一発のミサイルも発射することなく、聖なる夜の海に、自らの墓標を立てた。
12月25日(日):聖なる日の停戦と凱旋

全ての戦略的手段を失い、北海道の地上部隊も壊滅状態に陥ったソ連軍は、クリスマスの朝、連合軍に対し無条件降伏を申し入れた。
その報が届いた時、札幌を奪還したSレイマリとぐさおは、雪が降り積もる大通公園に立っていた。どこからともなく、教会の鐘の音が聞こえてくる。それは、クリスマスを祝う鐘の音だった。
その音に導かれるように、三ヶ月以上にわたって鳴り響いた銃声が、一つ、また一つと止んでいく。
そして、その日の午後。雪が止み、奇跡のように晴れ渡った青空の下、札幌市で自衛隊による凱旋行進が始まった。
先頭に立つのは、泥と硝煙の匂いを未だに残す、ぐさおの新生・士魂部隊だった。雪を踏みしめて進む兵士たちの口から、自然と歌が湧き上がった。それは、かつて彼らの祖父たちが歌った軍歌、『凱旋』だった。

『あな嬉し 喜ばし たたかい勝ちぬ
百々千々(ももちぢ)の 仇はみな あとなくなりぬ』
その力強い歌声に、沿道に出てきた札幌市民たちが、涙を流しながら日の丸の小旗を振った。
沖合に停泊した、ウパパロン、ガンマス、みぞれが乗る護衛艦隊からは、スピーカーを通して、勇壮な行進曲『軍艦』が、冬の札幌の空に高らかに鳴り響いていた。陸と海が一体となって、この勝利を、そして故郷の奪還を祝っていた。
ぜんこぱす
…お父さん、勝ったよ。ありがとう。
ぽれ、勝ったよ。
ぜんこぱすは、父が殺された石狩の実家の跡地で、雪の中から見つけ出した父のよく首にかけていた認識票を握りしめて敬礼した。
彼の心の聖戦は、ついに終わった。
市ヶ谷の司令部で、めめんともりは、スクリーンに映し出された凱旋行進の様子を、静かに見つめていた。彼女の頬を、一筋の涙が伝う。それは、多くの犠牲の上に勝ち取った、暁光の凱歌だった。
めめんともり
…よくやった。万歳。
NHKニュース速報 - 昭和63年 1988年12月25日】

ヘッドライン:ソ連軍、無条件降伏―四ヶ月に及ぶ聖戦、終結へ

「…ニュース速報です。たった今、防衛庁及び首相官邸から正式な発表がありました。北海道で戦闘を続けていたソビエト連邦極東軍が、本日午前9時をもって、日・韓・米3国連合軍に対し無条件降伏しました。これにより、9月5日の開戦から三ヶ月以上に及んだ『第二次日ソ戦争』は、事実上、日本の勝利をもって終結しました。札幌では、先ほど市街を奪還した自衛隊による凱旋行進が始まっています…」
1989年1月6日。
焦土から復興を始めた函館市で、和平条約が締結された。日本はこの「日ソ聖戦」に勝利し、代償としてではなく、当然の権利として北方領土、樺太、千島の返還を勝ち取った。この敗戦は、ソ連邦の細分化、崩壊を決定づける最後の引き金となった。

その日、函館の五稜郭では、勝利を記念する大規模な軍事パレードが行われた。
日本の陸海空自衛隊を先頭に、米軍のスクリーミングイーグルス、そして韓国軍の猛虎部隊が、雪の星形要塞を堂々と行進する。その上空を、茶子と菓子の駆る2機のF-16J2スーパーイーグルが、祝福の翼を描いてフライパスを行った。

観閲台の上で、めめんともりは、隣に立つSレイマリ、いえもん、ウパパロン、ラテと共に、その光景を見つめていた。彼女たちの視線の先には、昇り始めた朝日と、復興への道を歩み始めた日本の、新たな夜明けがあった。
そして、翌日。1月7日。
日本中が戦争の勝利と平和の訪れに沸く中、もう一つの、時代の終わりを告げる報せが、静かに全国を駆け巡った。天皇陛下の崩御だ。

激動の昭和。戦争と敗戦、そして奇跡の復興に新戦争。その全ての象徴であった時代が、この極東の聖戦の終結を見届けたかのように、静かに幕を下ろした。

極東の聖戦は、終わった。
そして一つの時代もまた、終わったのだ。
だが、それは日本の終わりではない。焦土の中から立ち上がり、再び自らの手で未来を掴んだこの国の、再生の本当の始まりを告げる、希望の光でもあった。
その日のうちに皇位継承や元号制定が行われる予定だ。

この時代こそ、"平和な世の中が成る"といいものだ。
天皇陛下万歳

【朝日新聞 朝刊一面 - 平成元年 1989年1月8日】

【昭和終わる 天皇陛下崩御】
激動の64年、平和への祈り貫く
新元号、本日午後に発表へ

「昨日1月7日、天皇陛下が崩御された。戦争と敗戦、そして奇跡の復興という、日本の近代史そのものであった激動の昭和が、ここに幕を下ろした。政府は、新元号の制定手続きに入ると共に、国民に深い哀悼の意を表した…」

(同紙 裏一面)

【暁光の凱歌―函館和平条約、昨日締結】
北方四島・樺太・千島、祖国へ還る。
焦土からの再出発、日本、新たな夜明け。

「(一面より続く)天皇陛下崩御の報に先立つ1月6日、北海道函館市にて、日本とソビエト連邦との間の和平条約が正式に締結された。三ヶ月以上に及んだ『第二次日ソ戦争』の終結を告げるこの条約により、ソ連は敗戦を認め、1945年の終戦以降、実効支配を続けてきた北方四島、南樺太、及び千島列島の全てを日本へ返還することに合意した。
めめんともり統合幕僚長を首席代表とする日本側と、憔悴した表情のソ連側代表団が署名を交わした瞬間、会場の外に詰めかけた市民からは、割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こりました。」
happy end

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