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最初に話しかけられたのは、
放課後の体育館の前だった。
いつも通り、
練習が終わるのを待っていたとき。
「クロ待ってるの?」
声がして振り向くと、
そこにいたのは
孤爪研磨だった。
少し驚く。
ちゃんと話すのは初めてだったから。
『うん』
小さく答えると、
研磨くんは少しだけ頷いた。
それから隣に立つ。
静かな人だなって思ってたけど、
近くにいるともっと静かだった。
「寒くない?」
急に聞かれる。
『大丈夫』
答えると、
「そっか)
それだけだった。
会話が終わったかと思った。
でも、
終わらなかった。
「クロ最近早く帰る」
ぽつりと言う。
少し笑ってしまう。
『そうなんだ』
「うん」
短い返事。
でも続ける。
「たぶん君のせい」
思わず固まる。
『え?』
聞き返すと、
研磨くんは少しだけこっちを見る。
「待ってるから」
その言い方が自然すぎて、
胸が少し熱くなる。
そんなふうに思われてたなんて知らなかった。
『迷惑じゃない?』
思わず聞いてしまう。
すると研磨くんは首を横に振った。
「全然」
それから少し考えて、
続ける。
「むしろいい」
意外だった。
「クロ変わったから」
その言葉に、
少しだけ胸がざわつく。
『変わった?』
「うん」
研磨くんは静かに言う。
「前より楽しそう」
その一言で、
胸の奥がじんわり温かくなる。
『そっか』
それしか言えなかった。
でも、
嬉しかった。
「あと」
研磨くんが言う。
少しだけ間を置いてから。
「クロ本気だよ」
一瞬、
言葉の意味を考える。
本気。
その言葉が、
思っていたより重かった。
「分かってる?」
静かに聞かれる。
『……うん』
小さく頷く。
たぶん、
前より分かってる。
喧嘩した日も。
元彼に会った日も。
帰り道の言葉も。
全部思い出す。
「隣いろ」
って言われたこと。
「頼れ」
って言われたこと。
「好き」
って言われたこと。
全部本気だった。
『うん』
もう一度言う。
すると研磨くんは少しだけ安心した顔をした。
「ならいい」
それだけだった。
でも、
その言葉が少し特別だった。
まるで
許してもらえたみたいな気がした。
そのとき、
体育館の扉が開いた。
出てきたのは
黒尾鉄朗だった。
こっちを見る。
そしてすぐ止まる。
「……何してんの」
少しだけ驚いた顔。
『待ってた』
そう言うと、
鉄朗は安心した顔をする。
それから研磨くんを見る。
「何話してた」
少しだけ警戒してる声だった。
研磨くんは平然として言う。
「クロの話」
「やめろ」
即答だった。
思わず笑ってしまう。
鉄朗は少しだけ困った顔をして、
でもすぐ隣に来た。
自然に。
当たり前みたいに。
「帰るか」
その一言が、
いつも通りだった。
でも今日は少し違った。
隣に並びながら、
さっきの言葉を思い出す。
クロ本気だよ
その意味が、
ちゃんと分かる。
歩きながら、
ふと思う。
私も本気だ。
たぶん、
同じくらい。
もしかしたら、
それ以上に。
だから自然に言えた。
『鉄朗』
呼ぶと、
すぐ返事が来る。
「ん?」
その声が近い。
安心する距離だった。
『今日も待っててよかった』
そう言うと、
鉄朗は少しだけ笑った。
「俺も」
その一言が、
すごく嬉しかった。
そして思った。
この人の隣にいること、
ちゃんと選び続けたいって。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!