ああ、と小さく頷く。
蓮に拾われたあとから、不思議なほど体が軽かった。
出していた熱も、沢山の傷の痛みも。
ぜんぶ忘れたように感じなくなっていたのは、わたしが意識を失ったときにそうやって和らげてくれていたからなんだ。
じっと意味もなく渡された錠剤を見つめる。
蓮の何気ない優しさ。
それに気付いてじわっと心が温まった気がした。
「錠剤、苦手?」
そんなわたしに、蓮は勘違い。
なにも言わずに固まっていたからか、わたしが飲めないと判断してしまったらしい。
……ほんと、よく見てるなあ。
驚くほどの観察眼。
それもまた、【レン】を纏うもののひとつなんだろうか。
「ううん……、飲める」
「ん、そっか」
首を横に振って応えると、テーブル越しに腕を伸ばしてポンっとわたしの頭に手を置いた蓮。
会ったときから薄々感じていたけれど……。
「れん、って、……撫でるのすきなの?」
彼はよくわたしの頭に手を置く。
安心させるように、温もりを渡してくれる。
だから癖なのかな……と不思議に思って口にするも、蓮はキョトンとして首を傾げた。
「撫でるの? え、普通だけど」
あっさりそう言われてしまい、少しだけ……拍子抜け。
無意識だったらしく、蓮は少し考えるように天を仰いで言う。
「まあ、でも……あなたの頭撫でるのは好きかも。てか、あなたしか触んないけどさ」
「……そ、っか」
「そ。俺けっこー潔癖なの」
狡い。
わたしはそんな甘い言葉、掛けられたことないのに。
優しい瞳も、ぜんぶ。
蓮が……、ほんとに初めてだ。
わたしの記憶を塗り替えるように、壊れ物を扱うように、そんなふうに接してくれるのは。
だからこそ───。
わたしの “嘘” は浮き彫りになりそうで、怖い。
忘れたいこと、知らない振りしたいこと。
忌々しい記憶だって、もう無かったことにしてしまいたい。
蓮といるときは、その優しさに縋りたいと思ってしまう。
いつか、後悔するのはわかってるのに。
「ん、ちゃんと飲めよ」
わたしが何か考え込んでいるのは見ていたはずだけど、そうやって隙間に思いやった言葉を入れてくれるから。
こくりと頷いて用意してくれた水で、薬を含んだ。
…………、苦い。
思わず顔を顰めると、蓮は途端に笑い出して「不味いだろ?」と尋ねてきた。
「み、水……!」
これ、ほんとにちゃんとした薬なの?
錠剤なのに苦いってどういうこと……?
苦すぎて、慌てて余分の水を蓮に要求するとなんだか嬉しそうにグラスを渡された。
「ちゃんと効くから安心しろって」
なんとか不味さを消し、ひと息ついたわたしにそう言うと、蓮はまた微笑んだ。
「ちゃんと、感情表に出せるようになったじゃん」
その言葉に、言いようのない想いが胸を締めつけて。
───思わず、涙が溢れ出てきそうだった。
…………わたし、さっき苦いって思った?
薬を、……不味いって思えた?
それを……蓮に、人に、わかるように表情に出した?
あの “ 男 ” に、『お前の心など殺せ』って言われたあの日から。
はじめて、味なんて感じて。
感情に揺さぶられて。
そんな、心から安心できる場所で。
相手に。
微笑んでもらったことなんて、一度もなかったのに。
「……大丈夫だから」
大丈夫、という、その蓮の言葉は重く響いた。
けれど、蓮はきっとわたしの味方なんだと感じてしまった。
「うん……」
涙が、ぽとりと落ちた。
弱音なんかじゃない。
慌ててゴシゴシと目を擦る。
……やだ、どうして泣いてるの、わたし。
何年振りかわからない涙を見せまいと思っていたのに、蓮はわたしの腕を掴んだ。
「やめろ。目腫れる」
「……っ、」
水に溺れたみたいに苦しくて、ずっとここにいたくて、過呼吸気味になる。
荒い息を繰り返すわたしをじっと見ていた蓮は、優しくそっと抱きしめてくれる。
「俺の服濡らしていいから、好きなだけ泣きな」
どうして……そんな言葉をかけてくるの?
得体の知れないわたしなんかに。
あなたは一体、何を考えているの……?
相手は【レン】なのに、ここまで心の中に侵入してくるなんて。
わからない。自分も、相手も、この涙も。
ただ、叶うのならばこのままここで、彼とだけ関わって生きていけたらと思う。
もう、戻りたくない。日常なんかに戻れない。
蓮の手を取ってしまったわたしは────きっと罪悪だ。
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編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。