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所々から聞こえる卒業祝いの声に掻き消されないように声を掛けると、案外俺の声は届いていたようでびくっと前を歩いていた倉崎の肩が跳ねた。
振り向いた倉崎の表情はいつもと変わらない。
卒業の時まで、こいつはこいつのままだ。
倉崎は笑う。
そして珍しく、はにかむように口を開いた。
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ニヤニヤと笑う倉崎。
うざい。
内ポケットから取り出した物を渡す。
倉崎の手元、1つの茎から枝分かれして咲く青い花が、萎れることなくラミネートされている。
簡易的押し花だった。
倉崎が肩でクスクスと笑う。
俺もつられてへらっと笑う。
癖で頬をかいた。
頭をこてんと傾げ、文字通りバカにして聞いてくる。
俺は軽く微笑んだ。
*
倉崎が三階の廊下に向けて手を振った。
すると、西野と呼ばれた男はこちらに気づくと、笑顔で倉崎に手を振り返した。
あの時の男だった。
苦虫を噛み潰したように顔をしかめると、ふと目があった気がした。
それも束の間、西野は誰かに呼ばれたらしく、奥へと消えていった。
横目で倉崎を見ると、やっぱり倉崎の表情は、他人に見せるそれでも俺に見せるそれでも無かった。
悔しいけど、それが答えだった。
ぱっとこちらを向く倉崎と目が合いそうになり、慌てて逸らす。
まるで微塵も別れを惜しんでなどいないかのように、弾んだ声で倉崎は言う。
仮に俺がクラス会へ行くと言っても、多分こいつは行かない。そんな奴。
やっぱり変な奴だ。
キョトンとした顔で俺を見つめてくる。
俺はその間抜け面にぶはっと吹き出し、
ニヤニヤと聞き返してやった。
そんな様子など屁でもないのか、ニコッと笑って倉崎は言う。
目を細めて笑う倉崎の目に、俺の背景にある空の青色が移った気がした。
俺は奥歯を噛む。
とても綺麗だった。
俺が去ろうとすると、後ろから「須藤」と声が掛かる。
振り向くと倉崎が両手を後ろで組んで、あの意地の悪い笑顔で、だけど少し不細工に笑った。
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帰り道、俺は倉崎の瞳を思い出していた。
倉崎の身の回りにある文房具たち。
倉崎が晴れていると言った空。
それらは全て同じ色をしていた。
俺は街中の信号待ちだと言うのに、とても泣きたくなった。
ほんの数ヶ月。
最初は嫌いだった。あいつのせいでしばらく俺の評判がすこぶる悪かった。
だけど、あいつがただの変わった奴じゃなくて、自分の芯を曲げない、思ったことは口にする只々純粋な奴だということに気づいて。
いつの間にか、そういうとこに惹かれていった。
好きだと気づいた。
だけど。
だけど、遅かった。
俺より先に気付いて手を差し伸べる奴がいた。
そいつにだけに見せる表情があった。
そいつだけにしか見せない感情があった。
感情があった。
きっとあの表情が俺に向けられることはない。
そう自覚して無性に腹が立った。
悔しい。
悔しい。
悔しい。
振り向かせようと、奪い取ろうと考えたこともあったっけ。
だけど倉崎のことだ。
あいつは芯がブレない。
俺はそんなとこに惹かれた。
もうどうしようもなかったんだ。
気づけば何度目かの青信号の点滅がそこにあった。
渡らなければ。進まなければ。
花を渡した。
宣戦布告にしては頼りない花だけど、倉崎の記憶に残ればいいなって。
何度目かの青になった。
足が動こうとしない。
土に塗れ、よれよれになった靴が何十倍も重く感じて動けなかった。
きっついな、これ.....
俯いて自嘲するとふと、ある言葉が蘇る。
『今日は快晴だよ』
俺は聞こえるはずのない声を探して上を見上げた。
空。
倉崎の言う通り、雲ひとつない快晴だ。
澄み渡っていてどこまでも続く青。
眩しい。
街の喧騒に信号の鳩がGOサインを出した。
自然と足が前に出る。
さっきまでの鉛のように重い足が嘘みたいに軽かった。
きっとこれでいい。
俺は倉崎とは違う色。
きっと、交わることのない別の色。
しっかりと地面を蹴った。
力強く踏み出したその足は、もう止まることはない。
一足先に俺は社会へ出るよ。
自分の色を探しに行く。
*
卒業式の帰り。
高校生活最後の思い出づくりに、西野くんと公園に行くことにした。
2人で手を繋いで歩いていると、ふと西野くんが私の鞄のポケットから少し覗いている栞を見て言った。
ふふんと私は鼻高々に栞を見せて自慢した。
本当に綺麗で、私が好きな色をしていた。
西野くんは優しく笑いながら私の頭をわさわさと撫でると言う。
私は撫でられ続けている頭を少し傾けて「?」を浮かべる。
そんな様子に西野くんは教えてくれた。
西野くんが指で示した方を見ると道の端っこに栞と同じ花が、主張はせず、けれど逞しく咲いていた。
綺麗な青が点々と。
西野くんはふっと笑った。
栞を見た。
不器用さが伝わってくるラミネートに私は笑みを零した。
空を仰げば、そこには雲ひとつない快晴の青空が広がっていた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。