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『夢と現実のあいだで君を見つける」~m×r~
プロローグ
夢の中でしか会えないかけがいのない人がいる。
毎晩夢で会うけれど、朝になると記憶が消える。
それでも、心の奥底には確かに残る、温もりと笑顔。
これは、夢と現実の境界で紡がれた、奇跡の物語。
―――――――――――――――
都会の夜景は、まるで宝石箱をひっくり返したように煌びやかでそれでいてどこか冷たい。
大手広告代理店の高層階にあるオフィスから見下ろすその光の海は目黒の社会的成功を象徴しているかのようだった。
「目黒さん、先ほどクライアントから連絡がありまして、コンペの件、正式にうちで決定だそうです!おめでとうございます!」
後輩が満面の笑みで、少し上擦った声を上げながら駆け寄ってくる。
その声に、フロアのあちこちから「さすがだな、目黒」「またやったな!」「おめでとう!」と称賛と羨望の入り混じった声が飛んだ。
目黒は静かに微笑んで、軽く頭を下げた。
「ありがとう。みんなが頑張ってくれたおかげだよ。特に今回の企画書、お前のデータ分析が効いたな」
後輩にそう声をかけると、彼は「いえ、そんな…!全部目黒さんのおかげです!」と恐縮しながらも、顔をぱあっと輝かせた。
部下を立て、チームの手柄だと公言する。それもまた、彼が「完璧」と呼ばれる所以の一つだった。
しかし、胸の内で大きな達成感が湧き上がるかと言われれば答えは明確に否だった。
二十代にして若手エースと謳われ誰もが羨むようなキャリアを築いている。
クライアントからの信頼は厚く部下からの人望もある。
プライベートでも都心の一等地に構えたモデルルームのようなマンションに住み、何不自由ない生活を送っていた。
完璧な男――。
いつからか、周囲は彼をそう呼ぶようになった。
そして彼自身も、その評価に応えるように、常に完璧であろうと努めてきた。
仕事を終え仕立ての良い高級スーツに身を包んで夜の街を歩く。
ショーウィンドウに映る自分の姿は我ながら隙がなく洗練されているように見えた。
だが、その完璧な仮面の奥で、何かが音を立てて軋んでいるのを、目黒は感じていた。
「……何か、大事なものを置き忘れてる気がする」
ぽつりと誰に言うでもなく呟いた言葉が都会の喧騒に吸い込まれて消える。
それは、ここ最近ずっと彼を苛んでいる感覚だった。
満たされているはずなのに、心の中心にぽっかりと穴が空いているような奇妙な空虚感。まるで人生というジグソーパズルの最も重要な中央のピースがごっそりと抜け落ちているような感覚。
タクシーを拾い、自宅マンションへと戻る。
エントランスのコンシェルジュに会釈し、静かなエレベーターで自室のあるフロアへ。
寸分の狂いもなく整えられた部屋は、彼の性格をそのまま映し出しているようだった。
間接照明が照らすモダンなインテリア。
静寂を埋めるために、とりあえずテレビのスイッチを入れる。
聞こえてくるのは抑揚のないニュースキャスターの声ととってつけたような笑い声。
無機質な時間が、ただただ流れていく。
シャワーを浴びキングサイズのベッドに身を横たえる。
柔らかなシーツの感触も、高級なアロマの香りも、彼の心の隙間を埋めてはくれない。
(何が足りないんだろう……?)
自問自答を繰り返しながら、ゆっくりと意識が沈んでいく。
答えは見つからないまま、目黒は深い眠りの縁へと滑り落ちていった。
――ふと、意識が浮上する。
そこは、見慣れた自室ではなかった。
すべてが白く、柔らかな光に満ちている。霧の中、というわけではない。
輪郭は確かにあるのに、どこまでも曖昧で、現実感のない世界。まるで、未完成のキャンバスに迷い込んだかのようだった。
(ここは……?天国、とかじゃないよな……)
戸惑いながらあたりを見回していると、少し離れた場所から、やけに明るく、楽しそうな声が聞こえた。
「めめ!やっと会えた!」
声のした方に視線を向ける。
白い世界の中で、そこだけが鮮やかな色彩を放っているかのように一人の青年が立っていた。
ふわりとした茶色の髪。
人懐っこそうな大きな瞳。そして、満開のひまわりのような笑顔で、こちらにぶんぶんと手を振っている。
「めめ!」
もう一度、彼はそう呼んだ。
その響きは、なぜかひどく懐かしい。
まるで、ずっと昔から呼ばれ続けてきたかのようにすんなりと胸に落ちてくる。
聞き覚えのない声のはずなのに心の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
目黒は、夢特有の緩慢な思考の中で、必死に言葉を探した。
「……誰?」
やっとのことで絞り出した声は自分でも驚くほど掠れていた。
青年は、その問いにきょとんとした顔をしたが、すぐに納得したようにポンと手を打った。
「え?…そっか……そうなんだね。まあ、いっか。それも運命って事なのかな」
彼は悪びれる様子もなく、カラカラと明るく笑う。
そして、てくてくと目黒の方へ歩み寄ってきた。
「あのさ、めめ。俺、ラウール。以後お見知り置きを」
「ラウール……?」
その名前を口にした瞬間またしても胸の奥がチクリと痛んだ。
懐かしさと、切なさが入り混じったような不思議な感覚。
思い出そうとしても、記憶の霧は晴れない。
ただ、その名前だけが、暗闇に灯る一筋の光のように、鮮明に心に刻まれた。
「うん、ラウール。なあ、めめ。どうせ夢の中なんだからさ、俺にめめのこと、いーっぱい教えてよ。根掘り葉掘り聞かせてもらうからね!」
「俺のこと……?」
「そう!めめが普段、どんな仕事してて、何が好きで、何に悩んでるのか。全部聞きたい。好きな食べ物は?好きな色は?初恋はいつ?とか!」
ラウールと名乗る青年は、屈託のない笑顔で矢継ぎ早に言った。
その瞳は、まるでこちらの心の中まで見透かしているかのように、どこまでも澄んでいる。
「なんで……?個人情報をそんなに……」
「なんでって、そんなの決まってるじゃん」
ラウールは少しだけ首を傾げ、悪戯っぽく笑った。
「めめのこと、もっと知りたいからに決まってるからだよ?ファンなの、めめの」
その言葉は、何のてらいもなく、まっすぐに目黒の心に届いた。
現実の世界で、こんなにもストレートな好意を向けられたことがあっただろうか。
誰もが彼に求めるのは「完璧な人」という記号であり、その内面を覗き込もうとする者はいなかった。
夢の中だからだろうか。
それとも、目の前の「ラウール」という存在がそうさせるのか。
目黒は、張り詰めていた心の糸が、少しだけ緩むのを感じていた。
「……分かった。少しだけなら」
続きは、pixivにて同タイトルで公開中です。
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編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!