No side
血の海はない。
肉が飛び散っていたり、
心臓が止まったりもしていない。
しかし確実に、首は、
あなたの身体と、分離した。
いつも通りの調子でいながら、やはり彼女も酷く困惑していた。
その身体はいつも通り、神経が繋がっているような感覚がある。
手足だって、脳味噌の言うことを聞いているというのに。
自分の目の前には、首を失った自らの身体が突っ立っているのだ。
崩れ落ちたりすることもなく。
違和感しかないこの状態では、彼女もうまく身体を動かすことが出来なかった。
「あの女」を呼んだ彼らは、先程までの躊躇が嘘かのように飄々としていた。
それだけ彼女が強く、頼りになるということなのだろう。
エミーリエは口を開いて、そして自らの過去について語り始めた。
先程から話している「あの女」はエミーリエの実の姉で、
我々国唯一の女性幹部にして、最強。
その名をユノという。
彼女はまさに息が止まるほどの美人で、仕事もできる完璧な女性だった。
人間もできていて、顔のいい幹部に媚を売ることもなければ、
人をいじめたりなんか、絶対しなかった。
その点妹のエミーリエは、顔はいいが能力も人並みでユノに比べて劣っていた。
しかしながら彼女たちの両親は、小さい頃は体の弱かったエミーリエを溺愛し、
逆にユノは虐げられて、邪魔者として奴隷のような扱いを受けていた。
甘やかされて育ったエミーリエは、親の威を借りて横暴な性格になり、
実の姉であるユノでさえ、汚いもののように扱い嫌っていた。
完璧なのに愛を知らずに育ったユノと、凡人なのに溺愛されて育ったエミーリエ。
結果ユノは家から逃げ出し、そこを我々国の総統に拾われ忠誠を誓った。
全てが真逆の二人が再会したのは、この城でのことだった。
隣国のスパイとして、エミーリエは我々国に潜り込んだのだ。
そのとき、既にユノは幹部たちに溺愛されていたため過去を忘れかけていた。
しかしそれを、エミーリエが許すはずもないのである。
汚物が、自分より愛されているということに腹を立てた彼女は、
ユノを貶めて、人間関係をぶち壊すという、狂気的な行動に出た。
ユノの人生は、極悪非道の少女エミーリエによって潰されたのだ。
そしてエミーリエは、ユノが悪者であるかのように見せかけることで、
彼女の信用の全てを幹部たちからも失わせることに成功した。
見事騙された彼らはユノを嫌い、虐め、無能などと罵った。
そんな混乱状態にある我々国に目をつけた、例の隣国はここぞとばかりに攻め込んだ。
最高戦力を失い、エミーリエに唆され訓練もろくにしなかった彼らが、
万全の状態で攻め込んできた隣国に、勝てるはずもなかった。
エミーリエは絶望する幹部たちの前で、全て打ち明けたのだ。
全て私が仕組んだことだ、私は隣国のスパイだったのだと。
それからこうも言った。
お前らは馬鹿だ、愛した女をこんな新入りの操作で傷つけたのだ。
私だけが悪いんじゃない、騙されたお前らも悪かったんだと。
そして彼らはエミーリエに、怒りと憎しみを強く感じた。
そのまま死んだ。
だから、幽霊になったのだ。
エミーリエへの復讐と、幸せな生活を未練として残したから。
エミーリエはなんと幸せなことに、罪悪感に苛まれることもなく老衰で死んだ。
それなのに彼女が幽霊になったのは、最初にひとらんらんが復活させ、
それから全員が呪ったからだ。
記憶がなかったのは無理矢理復活させたからだったのである。
エミーリエはそこまで話すと、あなたの反応を伺ってニコリと笑った。
エミーリエは実の姉を、その生涯にわたって虐め抜いた極悪人であり、
例のおぞましき十五人目は、虐め抜かれた、可哀想なユノだったのだ。
普通に考えればエミーリエが悪いし、ユノは守られるべきであるのだが、
幽霊であるという時点で、彼女の中では区別などなかった。
——わざわざこの世に留まって、人々を怯えさせてまでやることだろうか?
彼女の倫理はもちろん正常だが、幽霊たちは皆敵だと思っているから、
どんな不幸な身の上話でも、この世に留まる理由にはなり得ないのである。
人間だったら同情したが、
先程の話を聞いて尚、彼女は幽霊に対して、軽蔑と嫌悪しか持っていなかった。
エミーリエは躊躇した。
シャオロンとロボロは、言うことに反対しているわけではないが、
それでも言いたいわけではない。
あなたにとっては酷な現実だからだ。
ショックのために暴走する者をたくさん見てきた彼らだからこそ、
彼女が暴走したとき手に負えないと理解していたのだ。
しかしエミーリエは、思い切って言った。
掠れた声が出た。
——何を言っているんだ、こいつ。
死んだあとに絶対幽霊になる。
よりによって、幽霊を最も嫌う彼女が。
言葉の意味を、全く理解出来ずにいる彼女を置いてエミーリエは続ける。
彼女の耳に、エミーリエの言葉は何も入ってこなかった。
代わりに、彼女の脳に、生まれて初めて、
「死にたくない」の六文字が浮かんだ。
賢彦の言っていた、「無限の可能性」という言葉とともに。
そして自分の能力を、今までよりも深く強く恨んだのであった。
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![[参加型?]空の上で最後の遺言を、](https://novel-img-gcs.prepics-cdn.com/prcmnovel-tokyo-prod-converted-images/p/fLidrLhRSUUik4ZkTr7M83BhU0V2/cover/01KCTXMWS5RZ2WT40YN9XJ0C3Y_resized_240x340.jpg)



編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!