第68話

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2024/03/05 09:30






威尊side








何から話せばいい。



この世界で彼だけに色がついて見える、今。





『…6年ぶりとかやんな?』



池崎「そんなになる?」



『元気そうで…変わってなくて安心したわ。』





あの頃の俺たちは誰かに触れられたら崩れてしまうくらいに若すぎた。



それでも今の自分を作り上げた大事な時間であったことに気づいたのはもう少し大人になってから。








「悩みなんてなさそう。」



「人生勝ち組。」





昔から他人の不幸を自分のせいにされながら無自覚に突き放されては、それを笑い誤魔化す日々。



人に期待することを諦めて、自分をも諦めて。



それでも独りになるのは怖くて、そんな矛盾した考えを持つ自分が心底嫌いだった。





「賞状、池崎理人殿。貴方は__」





ないものねだりだな、と思った。



自分の夢に一心で向き合うことができてる人ほど輝いているものはなくて、羨ましくて。





池崎「俺の絵に、付き合ってください。」





初めて頷いた告白は、改めて思い返せば意味が分からなくて。



彼が感情に任せたように直感的に放った言葉は純粋無垢そのもので、一つの濁りもなかった。



だから、嬉しかったのに。



彼だから良かったのに。





「威尊といるだけで友達ができる。」



「客寄せパンダ。」



「努力しなくてもなんでも出来る人は羨ましい。」





置いていかれることが怖かったから。



興味のない話にみんなが笑えば自分も笑って、周りに必死にしがみついて話も行動も合わせた。





逃げたかった、捨ててしまいたかった。



そんなこと最初からなかったみたいに、君とふたりだけのこの部屋に逃げ込んで嫌なこと全部。





池崎「俺と威尊じゃ住む世界が違うんやなー。」





どうしてもう何も思わなくなった言葉が、彼に言われるとこうも深く傷ついてしまうのだろう。



彼にとっても俺は所詮ただの見世物で、被写体で、あくまで作品を仕上げる為の道具でしかなかったのだと。



俺の方が耐えられなくなってしまった。





あの場所、理人と初めて顔を合わせた同じ夜。



描かれる側であってもおかしくないほど美しい彼が、俺を見て描きたい衝動に駆られていたことを思い出す。





『…もう、しんどいわ。』





口にしたところでますます心が荒んでいくばかりで。



今までの選択が全て間違っていたとすら思う。





「威尊。」





下唇を噛み締めて顔を伏せようとした時、低くて優しい笑いかけてくれてるであろう声がした。



後輩に気を遣わせてしまった、謝らなければ。



いつものように皆が求める自分を思い浮かべて、笑顔を作って振り返ると。





池崎「…よっ」



『うわっ、びっくりした…』



池崎「ここにいると思っとった。」





してやったりと笑う理人の指は白の絵の具で汚れていて、それを自分の頬に付けられたことは明白だった。



今考えていたことがどうでも良くなって、頬にあるまだ乾ききっていない白を彼にやり返す。



いつしかお互いを汚す色は何十色にも増えて、空は夜明けを示す茜色に染まっていた。





池崎「これ、バレたら停学やな。」



『もうなんでもええ、理人と一緒なら。』



池崎「それは…俺も同じや。」





キャンバスとなった屋上で、ふたりで寝っ転がる様子はまるで絵画の一部になったようで。





『ずっと、このままでいれたらええのにな。』



池崎「じゃあずっとこのままでいいじゃん、死ぬまで。」





若さ故の、突拍子のない責任もない言葉。





『うん、そうしよか。』



池崎「やろ?」



『理人。…ずっと、俺だけを描いてや。』



池崎「いいの?」



『理人やから言っとる。』





どちらから重なったのかは分からない。



左手と彼の右手が合わさっているのは事実で、その後視界に彼が映って唇が重なったのもまた。








池崎「いい?」



『うん。』



池崎「無理しとらん?」



『優しいな理人は。大丈夫やで。』



池崎「少し怖いやろ?本当は。」





彼との初めては、夜明けが近づく絵の具の匂いと道具の散らばったこの部屋で。



二人掛けソファに俺を押し倒し見下ろしてネクタイを緩める彼は、年下であるのにいくつも大人であった。



彼は割れ物のように、ひとつひとつ優しく抱いてくれた。





高い幸福感と彼がいる毎日が一瞬で壊れてしまったのは、卒業する直前。



まだ寒さの残る月。





『なんやこれ。』





誰かに荒らされ酷い有様になった部屋と。








彼が何日も時間を掛けて完成に導いていた、跡形もなく傷つけられた俺の絵だった。






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