前の話
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夜の静けさが街を覆うこの頃
部屋のランプはとっくのとうに消えていて、
半月の光だけがベッドシーツを照らしている。
隣で眠る人は目を閉じている。私はそれの逆で、眠れないまま取り残されているようだった。
夕方に格好つけて飲んだ苦いコーヒーのカフェインが上手い具合に効いていて、目が冴えてしまっている。
だから彼の顔をじっくりこうして見ることしか出来ない。
紺色の薄いトレーナーのような寝巻きが薄らな明かりに当たっていて、ダークブラウン色のカルマヘアは昼間とは違って崩れている。
私たちは恋仲ではなくて、ビジネスパートナーでもない。だからといって身体の関係でもない。
つまり、言葉では言い表せないくらいの微妙な関係であるということだ。
そんなことを考えていると、急に声をかけられた。
驚いて夜中なのに悲鳴をあげそうになった、
その時。
隙もなく、そして音もなく。
私の口を塞ぐかのように、イノの唇が唇に重なった。
これはもしかして、キス?
頭が混乱していると彼は顔を離して、ふっと笑ってみせた。その笑顔は何処か悲しげで、月の光に当てられていても紛らわすことの出来ないものを感じたのだ。
ペースにそのまま抱きしめられてしまう。
彼は元々刑事だったからか、力が強いのだ。ミシミシと私の骨が軋む音が聞こえる。
彼がこういう時は、大抵奥さんのことを思い出した時。
私はそれを察して背中へ腕を回すのだ、私は彼の恋人では無いし、だから婚約者でもない。
恋仲じゃない、その筈なのに。
何故かキスをされてから心臓が五月蝿くてしょうがない。イノには私がどう映っているのかよく分からない。
綺麗だなんて、お世辞を言っているのではないかとも考えた。
だが、それがお世辞だとすれば彼は…
涙なんて流さないだろうから。
泣いてる、イノが。
そうやって先程のキスを返すかのように優しい口付けをする、それを感じて彼は頬を赤く染める。それは月に照らされていてもわかるのだ。
こんな光景を知っているのは私とイノの二人。
そして、夜の、この月明かりだけだ。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!