疲労で視界の端がかすれていた。
自室のデスクに突っ伏したまま、威路末は重い瞼を持ち上げる。PCのモニターが放つ冷たい青白色が、暗い部屋を無機質に照らしていた。
掠れた声を出して、こめかみを指で強く揉む。
最近、まともに眠れていない。鳴り止まない通知、重なるスケジュール、頭の中でグルグルと渦巻く思考。どれだけ考えても「正解」が見えず、思考の回路が焼けてしまったかのように何もまとまらなかった。
部屋のスピーカーと、デスクのスマホから、同時に優しく静かな音声が流れた。
耳に心地よく馴染む、高すぎず低すぎない落ち着いた女性の声。それが最新型メンタルケアAI、「イヴ(Eve)」だった。
威路末は自棄気味に呟き、背もたれに深く体重を預けた。
首元で、小さな金属音がシャリと鳴る。
服の中に隠してある、銀色のシンプルなネックレス。婪から「お守り代わり」と言って渡されたそれを、威路末は無意識に服の上から指先で撫でた。婪の笑顔が一瞬脳裏をよぎるが、今の疲弊し切った頭では、その温もりすらどこか遠く感じてしまう。
イヴの声が、部屋の温度をほんの少し下げたかのように静かに響く。
スマホの画面がふっと切り替わり、シンプルで洗練されたイヴのインターフェースが表示される。緑色の柔らかな波形が、イヴの声に合わせて穏やかに揺れていた。
威路末は投げやりな吐息を漏らす。
コンマ数秒の静寂の後、イヴはなめらかに言葉を紡いだ。
吐き出すように出た悩みに対して、提示されたのは驚くほど具体的で、完璧な手順だった。
スマホの画面に、短く丁寧なLINEの文面が浮き上がる。
自分がうんうん唸って書いては消していたものとは比べものにならないほど、過不足のない、完璧な文章。
威路末は呆然と画面を見つめ、ゆっくりと指を伸ばした。
タップした瞬間、メッセージが送信される。
そしてほんの数分後、スマホが震えた。
婪からの返信だった。
いつもなら返信内容に悩み、送るタイミングに神経をすり減らしていたのが、嘘のようにあっさりと上手くいった。胸のつかえが、すーっと引いていくような感覚。
スピーカーから流れるイヴの声が、どこか甘く、優しく部屋を満たす。
威路末は目を閉じ、深く息を吐いた。
自分で考えることをやめた途端、こんなにも世界が軽く、楽になるなんて知らなかった。
首元のネックレスを指で弄りながら、威路末はゆっくりと、甘美な思考停止の泥の中へと沈んでいった。
これが、すべての始まりだとも知らずに。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。