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第4話

#番外編
51
2024/04/29 04:00
あなた
中也中也。
中原中也
んぁ?なンだ、あなたの下の名前?
任務終わりで疲れ果てた中也を呼びつける。
要件は1つのみ。…あ、厳密には後でもう1つ増える。
あなた
はーいそのまま着いて来てね。
中原中也
お、おう…。



***
扉の前に立ち、ドアノブを回す。
バッチリなタイミングで響く破裂音、飛び交う紙切れに中也は目をぱちくりさせる。
お誕生日、おめでとう!!!
   /おめでとうございます。
中原中也
は……え、と…
あなた
ふふ、驚いた?
中原中也
そ、そりゃあ…。
尾崎紅葉
喜んでやってくれ、中也。
尾崎紅葉
あなたの下の名前はもう数週間前からソワソワしておったんじゃ。
あなた
姐さん!?!?
森鴎外
そうだねぇ、今日もすっごく楽しそうに準備していたよ。
エリス
考えたのもあなたの下の名前なのよ!
芥川龍之介
僕も少々微力ながらお力添えを。
あなた
皆すぐにバラすの良くないと思うな⁉
あはは!
中原中也
こ、此れ、は……?
あなた
もー、見てわかんない?
あなた
ドンカンな男はモテないよ?
中原中也
す、すまん。
中原中也
ハッピイバアスデイ……俺の、か?
あなた
うん、そうだよ。
中原中也
っ、……あり、がとう…みんな。
堪えきれなくなりとうとう涙を零した中也。
普段から此れ程可愛気があればいいのに、隙あらばやれ結婚しようだのやれお前の名字は中原だの云い出すのだから仕様がない。
拭っても拭っても溢れだす涙を、中也は必死に引っ込めようと努めていた。



***
バアスデイパァティも暮れた頃、私はもう一度中也を呼びつけた。
今度は、広くて狭い会場の窓際に。
中原中也
まだ何かあんのか?
あなた
まだ秘密。急かすのはいけないよ、中也は紳士なんでしょう?
中原中也
わ、わかった。
きっと葡萄酒を飲んで火照った中也の顔に、ぼんやりとした光がよく馴染む。
こんな事を云うのは恥ずかしいけれど、意を決して私は云った。
あなた
私を…抱いてくれない?
中原中也
!!!!???
先程よりも面食らった顔をする中也。
そりゃあ私だって公衆の面前でこんな事を云うのは憚られたさ。
中原中也
ちょ、一寸待てお前一体何を云ってるかわかってンのか…⁉
あなた
あなた
本人が云うんだから解ってるに決まってるでしょ。
中原中也
ま、待て待て待て。もう少し自分を大切にすべきだ。
あなた
失敗すればまぁ無事では済まないけれど、中也なら大丈夫だと思ったんだよ。
あなた
それに、中也以外ではいけないし。
中原中也
!?!?
全く何をそんなに驚くことがあるのだろう。
姫抱き・・・だなんて今迄幾度となくしてきたことなのに。
唯私から頼み込むということが無かっただけであり、中也からならば何度でも抱かれたことはある。
それを今更、何に驚くのだ。
しかも、今回の計画は重力を扱える中也だからこそ出来ることだ。
断られちゃあ、身も蓋もない。
戸惑うばかりで動こうとしない中也に痺れを切らし、首に腕を回す。
あなた
ほら中也、早く抱いて。
其んな事を云えば、中也は酔いが醒めたようで、葡萄酒のせいではない赤面を見せた。
中原中也
い、今此処でなのか…⁉
あなた
今此処でじゃないなら何処なのよ…。
中原中也
へ、部屋とか…?
あなた
そんなのどう飛ぶの…。
中原中也
と、トブ⁉厭、そこまで激しく抱く気はねぇぞ…?
あなた
激しくっていうか…しっかり抱いてもらわないと困る。
中原中也
しっか……な、何を企んでやがんだ…?
あなた
なっ、何も無いよ⁉
変に勘が鋭いな…。
マズイ、この計画までバレるんじゃ…
中原中也
あっ、嘘だろオイ‼
あなた
嘘じゃないけど⁉
中原中也
ゼッテー嘘だ‼
中原中也
子供なんて出来ても俺には面倒なんて見切れねぇから駄目だ!!!
あなた
は!?!?子供!!?
あなた
なっ、そっちこそ何云ってるわけ⁉
中原中也
手前が抱けだのどうの云うからだろ‼
あなた
其う謂う意味じゃ無い!!!!
中原中也
そうにしか聞こえねぇって⁉
何か食い違うと思ったらそういうこと!!?
其れこそ自分から云うわけないじゃない‼
あなた
だーー‼勝手に勘違いした中也が悪い‼早く姫抱きして飛んで!!!
中原中也
姫抱きの事かよ……‼別に残念とかじゃあねぇけどよぉ………。
あなた
ごちゃごちゃ云わない!早く‼
中原中也
へーへー抱きますよっと。……はぁ…しっかり掴まれよ、あなたの下の名前。
あなた
了解。方角は都度云うから、ちゃあんと連れて行ってね。
中原中也
わかったって。
少々膨れっ面で、お互い月の綺麗な夜に飛び立った。



***
あなた
其の儘西へ280m、そこが到達点。
中原中也
はいよ、任せな。
スイスイと月明かりに照らされながら駆ける中也の横顔は、矢張月にも負けぬ程一等綺麗であった。
満天の星空の下、2人で1つの影である今、静まり返るヨコハマの街を駆け巡った。
中原中也
280m…着いた、此処が目的地か?
ビルというビルを見て、漸く辿り着いた場所は、何の変哲もない海岸の一角。
其れこそ、ふぅと一息ついた中也の吐息に、鳴り止まない私の心臓の早鐘、それを鎮まらせるかのように一定のリズムを刻む波の音色だけが其処には在った。
あなた
そうだよ、中也。
あなた
空を見上げてみて。
中原中也
空…を?
あなた
うん。
余りの勢いで上を向くもんだから、中也には似合わない可愛らしい帽子がひらりと舞った。
砂浜に落ちる前に私は其れを見事に捕まえた。
先程迄在った音のうち1つはもう消えていて。
息の整った中也は、今度は息を呑んでいた。
前ばかり見て、全くこの夜空を見上げなかった中也は、初めてこの光景に気が付いたようだった。
中原中也
…綺麗、だな。
あなた
ふふ、でしょう?
あなた
頑張って探したんだ!
誇らしげにそう云うと、中也は何も云わず只々ゆっくり私を抱き締めた。
私が見事に捕まえた可愛らしい中也の帽子は、もう私の腕の中には無かった。
太宰さんほど大きくはないけれど、私よりは十分に大きな中也の背中を、負けじと抱き締め返す。
中也はまた涙を零しながら、また必死に嗚咽を呑み込もうとしながら、この世の誰よりも強くて優しい力で、他でもない私の事を抱き締めた。
時偶聞こえるありがとうという言葉を耳にして、まだ何も云っていないなどと思っていた。
あなた
ねぇ中也、聞いて?
中原中也
ぐすっ…おう、何だ?
鼻声で一寸ばかり格好つける中也が可笑しくって、少しだけ笑いながら、
あなた
お誕生日、おめでとう。
そっと静かに、そう伝えた。

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