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第26話

君とつくる未来 -5-
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2022/04/27 05:45
いや、はっきりとはわかんないんだけど……。いい加減、ちゃんとしないととは思って。今日は髪を切りに行って、昔お世話になってたイタリアンレストランの店長に連絡して挨拶に行ってた。
コンビニバイトは今月いっぱいで辞めて、来月からは、その店長の店で働かせてもらうつもり
未來
そうなんだ……!
嬉しくなって声のトーンをあげたわたしに、朗くんが照れ臭そうにうつむいて笑う。


見た目が変わったことにも驚いたけど、朗くんがまた料理の仕事を始めるなんて。

少し前までのことを思うと、考えられなかったほど大きな変化だ。
沙希がいなくなってから、俺、ほんとうに何もかもどうでもよくなってたんだよ。じーちゃんの土地も、本気で売るつもりだった。
でも、ちゃんとしないとって思えるようになったのは、未來が毎日一生懸命ヘタクソなオムライスを作りに来てくれたおかげ。
未來
ヘタクソって……
わずかに眉をしかめると、朗くんがふっと笑う。

呼吸に紛れてしまいそうなほど些細な笑い声だったけれど、それでもひさしぶりに見た朗くんの笑顔に胸が詰まった。
未來はまだ若いから、この先、俺みたいなおっさんより若い男のほうがよくなっちゃうかもだけど……。
いつか未來と一緒に、沙希と叶えられなかった夢が叶えられたら嬉しい。
この3年間、生気の薄かった朗くんの瞳が、しっかりとした意志を持ってわたしのことを見つめていて。

それだけで、嬉しくて胸がいっぱいになる。
未來
朗くん。それってなんか、プロポーズみたい。
ふふっと笑ってそう言うと、「は?」と口を開けた朗くんの顔がじわじわと赤くなる。

そんな朗くんの表情も新鮮で、朗くんが閉じ込めていた感情をこれからはもっとたくさん引き出せていけたらいいと思った。
未來
朗くん、今の気持ちを沙希さんにもちゃんと報告しよう!
玄関に靴を脱ぐと、朗くんの手を繋いでリビングへと引っ張る。
報告って、なにを……
困惑している朗くんを、リビングの沙希さんの遺影の前に立たせると、わたしもその隣に並ぶ。

小さな長方形の額の中で微笑む沙希さんは、今日も変わらずとても優しい目をしている。

わたしはその目をしばらくじっと見つめりと、顔の前でパチンと手を合わせて目を閉じた。
未來
沙希さん、わたし、ノートのオムライスがだいぶうまく作れるようになりました。そのほかのレシピも、頑張ってマスターします。
未來
だから、沙希さんが叶えられなかった夢は、朗くんと一緒にわたしに叶えさせて。
未來
朗くんのことは、わたしがちゃんと幸せにするから。
は?未來、何言ってんの?
隣から聞こえてきた声に振り向くと、朗くんが耳まで顔を赤くしていた。
未來
プロポーズだよ。
ふふっと笑うと、朗くんがぎゅっと真横に結んでなんとも言えない顔をする。
未來
さあ、キッチンに行こう。今日作るのは、ハヤシライスね。朗くんのハヤシライスソース、オムライスにかけても絶対おいしいよね。
にこっと笑いかけると、朗くんが表情を和らげる。



笑い合うわたし達のことを、わたし達の未来を──、沙希さんがすぐそばで優しく見守ってくれているような気がした。

fin.

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